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十五之皿 『ヤイトハタ②』

十五之皿 『ヤイトハタ②』


「何、これ...」 白ワイン、次に日本酒。


「最初のが、美味しい。これは、ちょっと脂がキツい感じ。」

「何が、違うんでしょうね?」


星野さんはオレを見つめ、暫くして、ニヤリと笑った。


「あの店でも、ヤイトハタを買った?養殖もの。」

「何故、養殖ものだと?」

「餌が十分で脂はたっぷり。だから、炙ると焦げた脂が少しキツいのかも。」


「御名答、お見事です。」

素晴らしい。味覚に限れば、星野さんは多分オレより上だ。


「じゃ、確かめましょう。二番目、星野さんが釣った方を炙って刺身に。」


「凄く、良い香り。でも、自分が釣ったから...錯覚、かな?」


「錯覚じゃ、ないです。天然ものは養殖ものより脂の乗りは薄い。

ただ色々な餌を食べるから脂の成分が複雑で、

それが炙った時の香りに出ると言われてるんです。

その香りを是非、白ワインと日本酒でどうぞ。」


「...私、ホントに幸せ。司君は、私の彼氏は、料理の天才。」


「いや、これも受け売りですよ。父の行きつけの料理屋の大将から。」

「教えてもらったら全く同じ事が出来る。そんな簡単じゃない。それにね。」


星野さんは真っ直ぐにオレの目を見つめ、優しく微笑んだ。


「言わなければ、受け売りなんて絶対分からない。何故、それを正直に?」

肩の力が抜ける、そんな感覚。


「じゃあ、質問です。天然ものをしゃぶしゃぶにしたら、味の予想は?」

「もともと少ない脂が熱い出汁に溶けて抜けるから、あっさりし過ぎるかも。

それならポン酢...ううん、それだとポン酢の酸味に負けちゃう。」

「実際に食べて、確かめましょう。」


「大体、予想通り。身の繊維がしっかりしてるから歯ごたえは良いけど。

しゃぶしゃぶなら、養殖かなぁ。こんなの、食べ比べないと分からないね。」


「それで、星野さんはどっちが好きですか。養殖ものと天然もの。」

暫く考え込んで、星野さんは懸命に言葉を絞り出した。


「決められない。料理法や、合わせるお酒との相性でも変わるし。」

「じゃあ、質問を変えましょう。」 「え?」

「何故、この食べ比べを企画したと思いますか?」

「分からない、全然。」



「今日の会議。俺の提案。まあまあの出来でした。皆の反応も上々で。」


星野さんは怪訝な顔をした。突然、別の話題に飛んだように感じただろう。


「そうね。司君なら当然だと思う。

正直、○山さんが意図したより上の結果でも、私は驚かない。」


そう、星野さんが午後有給で釣りに行ったのは、成功を信じてくれたから。


「でも、どうしてそれが食べ比べにつながるの?」

「会議の後、桜ちゃんが缶コーヒーを御馳走してくれたんです。」


星野さんの顔色が変わった。伝わってくる、激しい感情。

しかし星野さんは、深呼吸を1つ。見事に感情を抑え込んだ。


「彼女は、何て?」

「会議でのオレの発言が凄く良かったって。」

「それだけ?」


桜ちゃんの話をするべきだったのか。正直、分からない。

でも今更止められない。止めたところで、星野さんが本気になれば容易に。


「それから、『キャンセル待ち』を宣言されました。」

「キャンセル待ち...?」 「はい。」

「司君は、私を、怒らせたいの?」 「違います。」

「じゃあどうして、わざわざ、彼女の話を?」


「オレ、今まで『ここ一番』の時には、養殖ものを使ってたんです。

天然ものに比べて、品質が安定していて、外れが少ないから。」


「話を逸らさないで。」 「逸らすつもりはありません。」

星野さんの我慢が限界に近づいているのが伝わってくる。しかし。


「星野さんは桜ちゃんのこと、嫌いでしょ?」


星野さんは自分の胸元に右掌を当て、思い直したように膝に戻した。

「そうね。でも、理由は言いたくない。」


やっぱり...胸の大きさは、コンプレックスなのか。


「彼女と、ちゃんと話したのは初めてでしたけど、それで思ったんです。」

「何を?」


多分、星野さんの我慢は限界ギリギリ。 慎重に、言葉を選ぶ。


「彼女の『あざとさ』は、養殖ものの魚みたいだって。」


一瞬、憑きものが落ちたように、星野さんの表情が緩んだ。


「美人で、しかもあのスタイルです。

彼女の『あざとさ』が同性の反発を招くことも有るでしょう。

でもそれは、『あざとさ』を好む大多数の異性に適応した結果。

養殖ものの魚が一生懸命生きるうちに、求められる資質を身に付ける。

例えば、タップリの脂質を蓄えるのと同じです。」


「司君の言いたい事は分かる。でも、彼女の境遇は養殖の魚と違うから。」

「自ら望んで、彼女自身がその生き方を選んでる。それはオレにも判ります。」


今日の会議でオレの評価が上がった。

だから彼女はオレに近付いた訳で、彼女が好きなのはオレじゃない。

あくまで『オレを好きな彼女自身』だ。


「だけど、彼女も一生懸命生きている。それは間違いないと重います。

そして彼女の存在が、職場にある種の潤いや華やかさをもたらしている事も。」


星野さんは暫く黙った後で、優しく微笑んだ。


「そうね。私、養殖ものは天然ものより、格下だと思ってた。

でも司君が、ここ一番の時には養殖ものを使う理由が理解出来たし。

何より、私自身が食べ比べても、どっちが上だと決められなかったから。」


「無理に仲良くする必要はありません。」 「え?」

「星野さんの生き方が、彼女の生き方と相容れないのは分かります。

ただ、彼女も、彼女なりに一生懸命生きているという事だけは。」


「...私が、あからさまな敵意を抑えれば良いって事?」

「そうです。」 「分かった。出来るだけ、努力する。」

何といじらしく、可愛らしい。思い切り抱きしめたい衝動を必死で抑える。

「それから今日、オレ自身が認識を改めた事もあります。」


「司君の、認識?」 「はい。」

「養殖もの、天然もの。どちらにもそれぞれ長所がある。

でもオレは今日、天然ものが好きだと分かったんです。

これからは、ここ一番の時には天然もの。そう、決めました。」


「私、馬鹿だから。比喩や暗喩じゃなく、真っ直ぐな言葉を聞かせて。」


うん、もっともだね。比喩にしろ暗喩にしろ、例え話には違いない。

しかも星野さんは、オレの真意を理解してなお『真っ直ぐな言葉を』と。

こんな素敵な人が、彼女になりたいと言ってくれた。

そして『一口惚れ』、『誰にも取られたくない』と。


なのに今日までオレはただ、その好意に甘えているだけだった。

しかも、まるでそれが成り行きで、オレ自身の意思とは関係がないかのように。


「馬鹿な人は、オレの言葉のが比喩に気付きません。まして暗喩には。」


真っ直ぐにオレを見つめる、星野さんの視線が心地良い。


晶、姉さん...あの人への想いを捨てる訳じゃない。

だがあの人なら『今、目の前にいる人を大事に。』と言ってくれただろう。

そう、『絶対にその人を離しちゃ駄目よ!』と。


深呼吸、腹の奥に力を入れる。

オレにとって、この人が、星野さんがどんな存在なのか。真っ直ぐに。


「オレは星野さんが好きです。友人ではなく、恋人として。

だから、今年の仕事納めが済んだら、オレの両親に会って下さい。」


小さく頷いた星野さんは、涙を拭ったように見えた。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「じゃあ、お祝いっすね。言ってくれたら、何か買ってきたのに。」

「...婚約したって聞いたら、悄気るかと思ってたけど。」


「何で悄気るんすか。司さんが結婚する相手は先生。

自分の願いは結婚じゃなくて、『女の子』。司さんとの子供。

二人の関係がキチンとまとまってくれたら、

司さんが自分の事をしっかり考えてくれる余裕が出来ると思うし。」


「何て言うか、ポジティブだなぁ。」

「ネガティブになる必要はないって言ってくれたのは司さんですよ?

自分がこんな風なのは『頑張った結果。狡くないし、醜くもない。』

辛い選択をしてきたのも『悪気が有った訳じゃないんだから。』って。」


それは確かに、そうだ。

瞳ちゃんの、兄の件も祖父の件も、言わば自業自得。

身内の悪行を始末する、損な役回りを引き受けるしかなかった。


星野さんの、楽しそうな笑い声。


「確かに『天然もの』ね。私とはタイプが違うけど。」

「天然ものって...何すか?今まで、天然系って言われた事は無くて。」

「天然系じゃなくて天然もの。意味は司君が教えてくれる。

今度、二人きりの時に聞いてみて。」

「はいっす!」


十五之皿 『ヤイトハタ②』了/『ヤイトハタ』完

本日投稿予定は1回、任務完了。

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