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十三之皿 『オニダルマオコゼ②』

こんな社会状況の中、脳天気なお話を投稿して良いものか。

悩みましたが、読んで下さる方が少しでも楽しんでくださるなら。


R04/6/25 追記

こちらにも「いいね」を頂きました。

自分でも、かなり気に入っている作品なので嬉しいです。

本当に、有り難う御座いました。

十三之皿 『オニダルマオコゼ②』


「司さんも知ってるんですよね。『巫女』が女系だって事は。」

「ああ、前に星野さんから聞いてるよ。」


普通、巫女の資質を持つ子は女系に生まれる。しかも数が少ない。

だから、女系じゃ無いのに資質をもつ星野さんを本家に迎える話が出た。

それが以前の、お見合いの件。まあ、何とか断ったらしいけど。


「女系なのに、巫女の血に繋がる女性は、妊娠し難いんですよ。」


「え?でも、瞳ちゃんには...」 言いかけて、止める。

海神様に処理された、兄が。


「二人だけっす。兄貴とは、年の差が11。

母は周りの期待を一身に受けて、避妊せずに15年以上。それでやっと、ね。

まあ、それでもメッチャ褒められたそうですよ。

『ホントに良く出来た嫁だ』って。」


「いや、星野さんは兄弟が沢山...あ。」

「そうっす。先生のお母さんは巫女の家系じゃ無い。

先生は、巫女の血とは関係ない女性から生まれた、極めて稀な『例・外』。」


ずいっ、て感じで。瞳ちゃんは顔を近づけた。


「今、自分だけなんです。兄貴が、死んだから。

ぶっちゃけ、兄貴に資質が有る娘が生まれたらマズかったっしょ?

あんなのに育てられたら、どんな巫女になるか。

自分、それだけは絶対に阻止したいと思ってました。」


寒気が、した。

瞳ちゃんは、この娘は、この歳で一体どれ程の重荷を。


「祖父ちゃんより、兄貴より、優れた資質。

ズルして貯めた、五億の軍資金。そして...そして最高の、先生。

私は必ず、一族を立て直す。海神様に、真摯に向き合う者として。

そのために。」


瞳ちゃんは右手を伸ばし、掌で、俺の左頬に触れた。

とても柔らかく、そして何処までも冷たい感触


「そのために、巫女を継ぐ者を残す。要するに、私が女の子を産まないと。

「妊娠、し難いのに?」

「そ。大好きな人となら、ちょっとでも確率が上がるかなって。」

「大好きな、人?」

「司さん。あの晩、とっても格好良かったっす。一目惚れ。」

「ちょっと待って。じゃあ、『それともワタシ』って、マジ?」

「当然マジっすよ~。それに、司さんには資質が有る。好都合。」


『マジ』、そんな事が。でも実際、星野さんは瞳ちゃんに鍵を渡した...

頭が混乱して考えが上手く纏まらない。取り敢えず、1つずつ疑問を。


「俺に資質が有るって、どういう事?」

「司さん、普通に受け容れてるじゃないですか。先生の力も、私の力も。

大抵の人は受け容れるどころか、全く信じませんよ。自分の父親もそうでした。」


それは星野さんと一緒に過ごして、色々な経験をしてきたから。

いや、確かに...受け容れる素地が無ければ、

早い段階で星野さんを拒絶していたかも知れない。


「じゃあ『都合が良い』ってのは?」

「先生は司さんと結婚したいし子供も欲しい。私も子供が欲しい。

先生は男の子でも女の子でも良いけど、私は絶対女の子っす。

でも、これまでの例から言って、産めるのは二人が限界。」


「ちょっと待って...もしかして、子供を交換するとか。」

「交換なんか、出来る訳ないでしょうに。」 


ちょっと冷たい視線。

この流れで常識的な指摘をされると、かえって戸惑う。


「じゃあ、一体何を。」

「共同で子育てするんです。先生と、私が。

私は在宅勤務なんで、先生は育休取らなくて良い、と。」


「『在宅勤務』?」

「今、21世紀っすよ。世の中は変わりました。

自分、ずっと考えてたんです。新しい時代に対応した巫女のあり方。」


「それで、答えに辿り着いた、と。」

「はい。伝統的な儀式や祭祀のプロデュースとコンサルティング。

勿論、良心的な料金設定。良い考えでしょ?」

「それ、宗教法人みたいなもの?」


「自分、『教祖様』になるつもりはないんで。

どっちかというと会社とか事務所とかの感じですね。

伝統的な文化とか資料の研究・保全の役割を果たしていけば、

自治体との繋がりも作れると思うんですよね。資料館みたいな。

で、全ての裏付けになるのが『軍資金』っす。」


きっと色々な経験を、経験に伴う感情を、積み重ねてきたんだろう。

態度や言葉遣いとは裏腹に、とても真剣な想いが伝わってくる。


でも、何か違う。足りないし、危うい。このままでは、必ず。


「一応、大体の事は分かった。話の筋は通ってると思う。

でも、瞳ちゃんの話しか聞いてないから、何とも言えない。

それに俺は、その、瞳ちゃんを。」


「先生の、言った通りっすね。」 瞳ちゃんは優しく微笑んだ。


「言った通りって、星野さんの?」

「はい。『あなたは若くて可愛いけど、簡単にはいかない。』、

『部屋に二人きりで、あなたが誘っても手は出さない。』って。」


...俺は星野さんが好きだけど、それでも半年、かかったからね。


「まあ、焦らなくても大丈夫。チャンスは幾らでも有ります。

明日も明後日も。それに先生の出張は今回だけじゃないし。

ゆっくり好きになって貰えるように頑張りますよ。

あ、もうこんな時間。朝御飯と弁当、ちゃんと作らないと先生に怒られるから、

今日はこの辺で。お休みなさいです。」


「泊まってくんだ。」

「当然っす。取り敢えず今夜は別々に寝るって事で。」



翌朝。

朝御飯も弁当も瞳ちゃん作。眼が醒めたら全部、準備が出来ていた。


弁当はオムライスがメイン。白身魚のムニエル、野菜と海藻の和え物。

職場の皆は俺が料理するのを知ってるから、手作りの弁当でも不審に思われない。

ただ、オムライスの卵にケチャップでハートが描いて有ったのには焦った。

誰にも見られない内に消したからセーフだったけど。


帰宅すると、当然のように瞳ちゃんがいて夕食を作っていた。

問題は、明日が公休日で俺の仕事も休み。瞳ちゃんもそれを知ってるって事だ。

『明日はお休みだから、今夜は時間有りますね。』とか言われたら...

いや、今夜は理性を保つ自信が有る。ただ、明日は一日中二人きり。マズいかも。


!! そう、此処は先手。それしかない。


「うん、美味しい。瞳ちゃん、ホント料理上手だね~。」

「そうっすか。えへへ、何か嬉しいです。」

「ところでさ、明日公休日で俺も仕事休みでしょ。

折角だから一緒に釣り行こうよ。天気も良いみたいだし。

瞳ちゃんは、釣り、した事有る?」

「いや、無いですけど。」


少し、不満そうな表情。でも、ここは押し切る。


「じゃあ、簡単に出来る釣りが良いね。

今夜仕掛け準備するから、明日は早起きだよ。」

「あの、朝御飯は?」

「お握りが良いな。釣りしながらブランチ。うん、そうしよう。」

「...はい。」


セーフ。

力業もいいとこ。何となく心が痛むけど、仕方ない。うん。仕方ない。



「ホントに、これだけで魚が釣れるんですか?」

「そう。最初だから糸と鉤とエサ。シンプルイズベスト。」


今日のポイントは島の南側、小さな漁港の波止。

足場が良くて、外海側にはテトラが積まれている。

胴付き仕掛けをテトラの隙間に落とすだけ、いわゆる穴釣り。

この島の釣りはマイボートの沖釣りがメイン。陸っぱりなら夜釣りの大物狙い。

年寄りや子供達はサビキで小物釣りをしてるけど、

テトラの穴釣りは見た事がない。多分、魚影は濃いだろう。


「エサは、こうやって...縫い刺しって言うんだけど。

で、仕掛けをテトラの隙間に落とす。

重りが底に付いたら、少しだけ持ち上げて待つ。簡単でしょ?」


最初は気乗りしない感じだったけど、瞳ちゃんは直ぐに夢中になった。

一投目から、アタリが有ったらしい。


「司さん。今、引っ張られた。なんかコツンって。」

「上げてみて。あ、エサ取られてるね。

引っ張られたら仕掛けを強く持ち上げて。それで魚の口に鉤をかける。」

「了解っす。絶対釣りますよ。」


「あ!あ~、またエサ取られた。」 「もう、何で?」

うんうん、熱中してるね。アワせのタイミングも合ってきてる。

何より、いつもと違う子供っぽい表情が良い。可愛い、な。


何度目の投入だったろう。瞳ちゃんが鋭くアワせた。

「何?何これ、ブルブルしてる。」 「仕掛け上げて、早く!」

「釣れた~。」 「やったね!」


余裕で20cm越え。良型のカンモンハタ。


「これ、食べられるんすか?」

「美味しいよ。塩焼き、味噌汁も良いな。」

「じゃあ、両方食べられるように、ドンドン釣らないと。」

「ただ、小さいのは逃がそうね。身が少なくて捌くのが大変だし、

釣り過ぎるとポイントが荒れちゃうから。」

「資源保護って奴ですね。」 「そう。」 「了解っす。大物狙いますよ。」


少しずつ移動しながら、二人で4尾を追加。

良型のカンモンハタとサツマカサゴ。小型も釣れたけど、リリース。

ここらでお握りタイムにしよう。


「遠足みたいで楽しいっすね。外で食べるお握りも最高!」

「俺、後半は別の魚を狙ってみようと思ってるんだけど。

その方が、料理の種類も増えるしさ。」

「別の、魚っすか?」 「ちょっと沖に仕掛けを投げてね。」

「あの...」 「何?」

「自分も、別の魚釣りたいな~って。司さんの、傍で。」


ダメとは、言えないな。これは。

「分かった。ポイント探してみよう。」

瞳ちゃんは凄く嬉しそうな顔をした。


後半のポイントに選んだのは波止の先端近く。

テトラの外側、海の色が濃い場所を見つけたからだ。

多分、大きな潮溜まり。満ち潮に乗って入り込んだ大物が残ってるかも。


「テトラの隙間じゃなくて、そこ、色が変わってる所に仕掛けを投げて。

テトラとは違う魚が釣れると思うよ。エサ付けて重りをポイッ、と。」

「せ~の、ポイッ。こんな感じで良いっすか?」

「上出来、あとは糸を張って待つだけ。」 「了解!」


俺はロッドとリールを使ったチョイ投げ。

狙いは少し沖目の白っぽく見えるポイント。多分底は砂地。

既に夕食の魚は確保してるし、気楽。

それが良かったのか、立て続けにメッキとベラが釣れた。


俺の傍に座っていた瞳ちゃんは大喜び。

でも、自分の釣りに集中してる感じじゃない。

ニコニコしながら、俺の釣りを見てるだけ。

そろそろ飽きた、かな?


まあ、不満そうじゃ無いから、もう少し。

晴れて気持ちの良い休日。長閑に時間は過ぎていった。


最初のメッキが釣れて20分位、経っただろうか。


「あ。」 瞳ちゃんの体が前にのめった。

「どしたの?」 「何か、今、グンって、でも全然ブルブルしない。」

「根掛かりかな?思い切り、引っ張ってみて。」


引っ張られたなら、カニか。エサを挟んで岩の隙間に?


「重いけど、寄ってきます。何だろ?」

「そのまま、ゆっくり寄せて。ゆっくりね。」

カニなら、重くは無い筈。岩?


やがて、足下に黒い影が寄ってきた。

これは、マズい。念のために持ってきたタモを伸ばす。

「そのまま、そのまま。網で掬うから、もう、寄せなくて良いよ。」


「何すか、これ?めっちゃグロい...魚?」

「凄い毒が有るんだ。障ったら危ないよ、たまに死人が出る位。」


瞳ちゃんは2m位、飛び退いた。


「毒で死ぬって...洒落にならないんですけど。」

「オニダルマオコゼ。凄く美味しい魚だよ。」

「美味しいって、毒が有るのに?」

「毒が有るのは棘だけ。身は上品な白身で、知る人ぞ知る、高級魚。」


瞳ちゃんは恐る恐る近寄って、タモの中を覗き込んだ。

「全然、ブルブルしなかったけど...

どうやってエサ食べるんすか。毒で殺して食べるとか?」


「いや、毒は護身用。ちょっと過剰防衛っぽいけど。

基本、海の底でじっと待ってて、近くに来た小魚をパクッと。

擬態って言うんだけど、見た目が岩にソックリだから油断するんだね。

ずっと、そこの潮溜まりに住んでたのかな。」


「ずっと、この潮溜まりで...じっとエサを待って。

それに、毒と擬態。」


何だか、瞳ちゃんの表情が暗い。流石に疲れたかな?

この魚を締めるのを見せたら余計に...車の鍵を渡した。


「この魚、危なくないようにしてから持って帰る。

他の魚と荷物持って、先に車に戻ってて。」

「了解、っす。」


帰りの車の中でも、瞳ちゃんの表情は暗かった。



オニダルマオコゼ、胸ビレと背ビレをニッパーで切り取る。

胸ビレと背ビレは厳重に新聞紙で包み、ゴミ袋へ。


「司さん、お湯沸きました。」 「有り難う。」


大鍋にたっぷり沸かしたお湯をまんべんなく、オコゼに掛ける。

白っぽく浮き上がった粘液を丁寧に擦り洗い。


「何で、お湯を掛けるんすか?」

「白く浮いてくる粘液が凄く苦いんだ。」

「ヒレの毒とは、別に?」

「そう。この魚を美味しく食べるには、結構手間が掛かるんだ


オコゼを捌こうと思って包丁を持った時、瞳ちゃんの涙に気付いた。

ダメだ。女の子の涙は、見てるだけで辛過ぎる。


「あの、俺、何か悪い事言ったかな。だったら謝る。」

「司さんは悪くないです。この魚、私にそっくりだと思って、それで。」

「いや、そんな。全然似てないよ。」


「私は!」

不意の大声、呆気に取られた。こんな瞳ちゃんを初めて見る。


「私、小さい時から自分の力に気付いてた。

でも嫌な仕事したくないから。力が無いふりしてて。

ずっと自分の得意な場所に潜んで力を貯めて。

それだけじゃない。海神様と兄貴の件も、祖父ちゃんの件も。

凄く良いチャンスだと思って...二人共、身内なのに。

全部、私の、毒と擬態のせい。ホントに、グロいのは、私。

それなのに、良い気になって。こんなんじゃ、絶対、司さんに。」


顔を覆って、押し殺すような嗚咽。胸の奥から湧き上がる激しい感情。

瞳ちゃんは、この娘は、小さい頃から一族の行く末を思って。

思わず、小さな肩を抱き寄せた。


「違う、違うよ。落ち着いて。」 「でも。私、狡いし、醜い。」


肩を抱いた腕に力を込める。


「この魚は、悪気が有って、こんな風に進化した訳じゃ無い。

そうしないと生き残れなかっただけだよ。生存競争は厳しいから。

瞳ちゃんだって、頑張ったんでしょ。狡くないし、醜くもない。絶対に。」


腕の中で、嗚咽は止んだ。


「ホントに、そう思う?」

「思うよ。この魚に悪気が有ったら、食べられないような毒を持ってた筈。

でも、ちゃんと手間を掛ければ、凄く美味しく食べられるんだから。」

「私には手間、努力が足りないのかな?」


この娘に足りない、危うい事。


「努力はしてると思うよ。ただ。」

「ただ、何?」 真っ直ぐに俺を見詰める、綺麗な瞳。


「株で軍資金を作ったって言ってたけど、働いた事有る?」

「ううん、無い。」

「十分な軍資金を作ったのは、ホントに偉いと思う。

でも、働いてお金を稼ぐっていう実感が、足りない気がするんだ。

だから一度は働いた方が良い、バイトでも良いから。それと。」


「それと?」


...ここまで来たら、全部言って置いた方が良いだろう。

結果どうなるかは分からないけど。


「言葉遣い。」 「言葉、遣い?」

「会社でも事務所でも、立ち上げたら瞳ちゃんは代表者でしょ。

自治体との繋がりを作るつもりだって言ってたし。

それなのに、今の言葉遣いはマズいよ。

いや今でも可愛いし魅力的だけど、仕事では、その、TPOって言うか。ね。」


「私にも、望みが有るんだ。」 「え?」

「ちゃんとバイトして、言葉遣いを直したら、私も、司さんに。」

「いや、それは。」

「私、頑張ります。絶対、頑張ります。バイトと、言葉遣い。」



その夜。二人で捌いて食べた魚はとても美味しかった。

カンモンハタの味噌汁、サツマカサゴの刺身。

極めつけは、オニダルマオコゼの鍋。


そして明日、星野さんが帰ってきたら、聞きたい事が出来た。


十三之皿 『オニダルマオコゼ②』了/『オニダルマオコゼ』完

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