十二之皿 『ニホンウナギ』
十二之皿 『ニホンウナギ』
逆立ちしても敵わない。
そう思う程、頭の良い人は確かにいる。
星野さんはその好例。
仕事が出来るのは勿論だけど、それだけじゃ無い。
大きな成果が挙がっても、絶対に、それを自分の手柄にはしない。
何時も他の誰かの手柄にして、不審に思われない。
まさに『能ある鷹は爪を隠す』だ。
ただ、『メッチャ頭が良い』=『完全無欠』じゃないみたいだ。
たまに思考が妙な螺旋に引き込まれるのか、とんでもない結論に辿り着く。
それも何故か、複雑な問題では無い、ごく単純な問題で躓く。
オレには理由が良く分からないが、頭が良過ぎるからだろうか。
きっと今朝の星野さんも、そうだったんだろう。
三日前、木曜の夜。久し振りの夜釣りで大物をゲットした。
超高級食材、天然のウナギ。何度も確かめたがウツボじゃ無い。
しかも全長1m21cm、重さ4600g。
星野さんも大喜びだったけど、あまりに大きかったし、次の日は仕事。
その夜は捌く所までで精一杯。
一昨日は金曜。早起きして白焼きを作った。朝食と、弁当。
ほんの少し濃い口醤油を垂らし、ワサビを添えると、まさに絶品。
ただ、流石に夜はサッパリした料理が食べたくなる。
夜はウナギを封印。○×ストアーで買った豚肉で雲白肉を作り、大満足。
昨日は土曜日。朝から気合いを入れて皮ごと旨煮を作った。
とろとろのコラーゲンが最高。白飯との相性は抜群で大満足。
で、昼前に鍋の中を見たら煮凝りになっていた。
これを小さく切り分け、薬味と一緒に御飯に合わせる。
じわっと溶けていく景色も、味も最高。うん、高級料亭も真っ青。
でも、やっぱり夜はウナギを封印。
エスニック風のサラダと餃子、サッパリ煮麺。これも、大満足。
で、今朝は日曜。
朝一番で蒲焼き用のタレを作っていたら、
星野さんが『焼きソバを食べたい。』と言い出した。
「ウナギの出汁を使えば、凄く美味しいのが作れますね。」
「えっと、ジャンキーなのが食べたいな。インスタントの。」
「インスタント焼きソバ...買い置き、無いですよ。」
そう、カップラーメンは幾つか買い置きがあるけど、焼きソバは。
そもそも、星野さんもオレもインスタント食品は殆ど食べない。
買い置きのカップラーメンも台風とかの非常食。
料理を作る所から二人で楽しむ。それが今までの流れだったのに。
「ちょっと行って買ってくる。○×ストアーで。」
「もうすぐ、蒲焼きの用意も出来るのに、わざわざ。」
「蒲焼きはお昼御飯って事で。朝は軽めにしようよ。」
「まあ、それでも良いですけど。」
ウナギの蒲焼きはコッテリ系だから、それでも良いだろう。
「じゃ、ちょっと行って来るね。」
「それで...何でこんな事に?」
星野さんが買って来たインスタント焼きそばは、『激辛』系。
赤いパッケージが、何というか、見るからにヤバそう。
以前、職場で話題になってた奴だ。しかも、3つ。
「○×ストアーで見つけたの。
1個200円だけど、3個セットなら500円。お得でしょ。」
「食べた事、有るんですか?」 「無い、けど。」
3個セットで100円の値引き。売れてないんだろう、多分。
「取り敢えず、1つ作って試食。良いですね?」 「分かった。」
「...辛い。」 「だから言った」
いや、言ってないな。そもそも、こんな事になるなんて思ってなかったし。
「辛いけど、旨味も有るし...」
半年以上一緒に過ごせば、星野さんの考えてる事は分かる。
残り2つを『処分』するつもりはない。
そんな事をする位なら、辛さに、いや痛みにのたうち回っても、食べ切る。
麺だけを使って、激辛ソースを『処分」するのも不可。
ふと、気付いた。オレ、朝から蒲焼きのタレを作っていたぢゃないか。
なら、麺もソースも『処分』せず、美味しく食べる方法が有る。
「確かに、旨味も。だから、それを活かしたアレンジもアリですね。」
「アレンジ?」 「丁度、蒲焼き用のタレを作ってたから。」
星野さんの表情がパアッと明るくなる。
「流石は師匠。あ、じゃ私は、援軍を呼ぶね。」
「援軍?」 「二人より...美味しいものは三人で食べる方が良いよね。」
『援軍』って、星野さんの友達?
食事に呼ぶような友達がいるなんて話、今まで聞いた事も無い。
ただ、アレンジが成功しても、残りは2つ。不安だ。
一緒に食べてくれる仲間は一人でも多い方が良い、それは確かだな。
「分かりました。オレはクレソンを採ってきます。その間に援軍を。」
「了解。電話したら、すぐに来ると思う。」
5分程歩いた公園。以前、川エビを獲った小さな川。
その岸辺に大量のクレソンが生えている。
薬味代わりだから沢山は要らない。一掴みだけ採取。
ついでに、根っこの部分を流水で丁寧に洗っておく。
帰り着いた、寮の駐車場の入り口。
ミニバイクがオレを追い越した。
白いダウンの上着に、膝上のミニスカート。この寒さで?
『お洒落は我慢』って奴か。女の子は大変だな。
しかし、ヘルメットを脱いだ顔に見覚えが。
「あ。」 「先生の彼氏、だよね。丁度良かった。」
『バケゴン』を釣った夜。
巫の一族を再建したい、と。
その為に星野さんの力を借りたいと言った女の子。
それから何度か、星野さんが『指導』していた筈だ。
あの時は高校生くらいかと思ったけど、もう少し大人っぽい。
「何で、君が此処に?」
何となく、悪い予感。
今までの『指導』は寮じゃ無くて、何処か別の場所だったのに。
「『御飯食べにおいで』って、先生が。
ホント、丁度良かった。この寮は知ってるけど。部屋は知らなかったから。」
星野さんの『援軍』って、この娘の事?
「これ、どうぞ。手土産って事で。」
ミニスカートの娘はレジ袋をテープルに置いた。
悪い予感は、見事に的中。
レジ袋から取り出したのは、赤いパッケージ。激辛焼きそば。
「三個セットで500円。お得ですよね?そう、それと、和風キムチ。」
...これじゃ、『援軍』呼んでも意味ないでしょ。
いや、『意味ない』んじゃなくて『増えてる』よ。 激辛焼きそばが、5つに。
「『激辛・旨辛料理』って聞いたから、来る途中、○×ストアーで。」
ああ、星野さんがそんな風に言った訳ね。
後、この娘も星野さんの『同類』っぽい。
頭が良過ぎて、たま~に、負の螺旋に囚われる。
それにしても、『激辛』って聞いたからって、わざわざ追加分買ってくるかね?
「それで、師匠の旨辛アレンジ焼きソバって?」
「旨辛アレンジって、何だか楽しみ~。」
星野さんと、『援軍』の女の子の笑顔
...プレッシャーがヤバい。3人で、5人分の麺と激辛ソース。
でも美味しく食べ切る為にはやるしか、しかも成功させるしか無い。
「5パックの麺は全部、一気に作ります。
パックを開けて、かやくとソースを取り出して下さい。
あと、大鍋でお湯の準備を。」
二人は何事か小声で話して、すぐに相談が纏まったらしい。
星野さんは大鍋、女の子は焼きソバのパックを開封。
その間に、雪平(小)にウナギの出汁を注ぐ。
そして、みりんを多目に。これが多分、今回のキモ①。
「完了!」 女の子から受け取ったソースを雪平に次々投入していく。
星野さんが見てるからズルは出来ない。キッチリ5つを使い切る。
コンロに点火。煮立ってきたら、丁寧にアクを取り、焦げないように攪拌。
「師匠、麺のタイミングは?」
「タレと具が準備出来たら指示するんで、そしたらお湯を入れて下さい。」
「了解。」
15分程煮立てた所で、雪平の攪拌を女の子に任せた。
その間に冷蔵庫から白ワインを取り出す。
実家から届いた宅急便に入っていた、ドイツのデザートワイン。
これが、今回のキモ②。
枝に付いたまま、完熟ブドウを凍結させて収穫し、醸造する...
そう。確か、アイスヴァイン。
本来なら、こんな高級ワインに火を通すなんて考えられないけど、
星野さんも俺も、極甘ワインは少し苦手だからね。
この機会は、丁度良いとも言える。
「OK、代わります。」
女の子から引き継いだ雪平にデザートワインを注ぐ。
ハーフボトルの、更に半分。約180cc?
暫くすると、甘い香りが漂い始めた。
「何か、良い匂い。ハチミツっぽい?」
「これなら、確かに『旨辛』になるかも。」
10分程煮詰めて、クレソンを投入。まずは茎の部分。
これで特製タレが出来る、筈。
「じゃあ麺にお湯を。湯切りした麺は全部、一番大きなフライパンに。」
「分かった。」 「手分け、しましょう。」
言葉遣いの割に、女の子の感覚は繊細。雪平の攪拌も完璧だった。
「フライパンに胡麻油を敷いて、中火。麺の準備は良いですか?」
「うん。」 「了解!」
フライパンに火が入り、二人が麺の湯切りを始める。
雪平の火を止め、クレソンの葉を入れる。
タレに絡めれば、予熱で良い感じに火が入る筈。特製タレ完成。
フライパンに投入された5人分の麺。其処に特製タレを投入。
ここで今回のキモ③。
インスタント焼きソバには贅沢すぎる気もするが、
荒く刻んだウナギの白焼きをたっぷり加える。
中火のまま手早く攪拌。匂いは良い、後は味だ。
5÷3だから、一人当たり2人分弱の激辛焼きソバ。
「何コレ?超美味しいんですけど。」
「最初に甘さが来て、次に辛さと旨味が来るね。」
「このウナギも麺と相性抜群、最高っす。」
「ホント、美味しい。」
二人の反応を見ていると、プレッシャーが消えていく。
甘くて美味い。クレソンとウナギの白焼きも良い仕事してる。
勿論、めっちゃ辛いけど。
熱々の内に、焼きソバは完食。
その後、ウナギの白焼きと皮ごと旨煮。辛くないタレの蒲焼きと炊きたて御飯。
追加した料理を食べながら、日本酒とワイン。飲みながら話が弾む。
星野さんは言うまでも無いけど、ミニスカートの女の子も相当可愛い。
それに3連休で明日も休み、最高のシチュエーション。
心置きなく食べて、飲む。
「ウナギ、ホントに美味しい。これなら、『激辛・旨辛料理』じゃなくても。」
「う~ん。確かに、蒲焼きと御飯増量の方が良かったかもね。」
...感覚は普通なんだ。今回は二人共、妙なループに囚われただけで。
そして、ミニスカートの女の子。
星野さんの教え子は『瞳』という名前だと分かった。
「瞳ちゃん。お酒、強いね。」 「先生も、見かけによらないです。」
二人とも上機嫌。という事は、瞳ちゃんは未成年じゃ無い。
見た目は二十歳ギリギリって感じだけど。
その後も3人交代で料理を作り、お酒を追加。大宴会が続いた。
俺が意識を無くしたのは、何時だったか。全く分からない。
翌日。眼が醒めたのはベッドの中。何だか窮屈。
...当然だ。俺の隣に瞳ちゃん、その向こうに星野さん。
しかも、毛布の下の感触。少なくとも瞳ちゃんは下着だけ。
確かめる訳にはいかないが、これ、マズいんじゃない?
そ~っと毛布を抜け出す。俺は、一応Tシャツと短パン。セーフか?
ノンビリと料理を作る。妙なプレッシャーがない、気楽だね。
う巻きと肝吸い、あと御飯を炊く。二日酔い気味の体にはピッタリだ。
ゆっくり起きてきた二人とブランチを食べた。
星野さんはいつも通りだし、瞳ちゃんも上機嫌で帰って行った。
三人一緒にベッドで寝てた経緯は分からない。
でも藪蛇が怖いから、星野さんに経緯を聞くようなヘマはしない。
でもそれから、瞳ちゃんがちょくちょく御飯を食べに来るようになった。
星野さんがいる時も、いない時も。
「問題無いんですかね?」 「何が?」
「星野さんがいる時は良いとして、いない時に瞳ちゃんが来るのは。」
「別に、構わないでしょ。他人じゃ有るまいし。」
「ちょっと待って。他人じゃ無いって、どう言う?」
「言葉通りよ。それとも、瞳ちゃんの事、嫌いなの?」
「いや、嫌いな訳じゃ。」 「それなら、問題無いじゃない。」
問題、無いんだ。何となく腑に落ちないけど。
十二之皿 『ニホンウナギ』完
本日投稿予定は1回、任務完了。




