表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/35

十一之皿 『年越し蕎麦①』

皆様、明けまして御目出度うございます。

久し振りの新作ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。


R04/6/29 追記

こちらにも「いいね」を頂きました。

自分としては、かなり気に入っている作品なので嬉しいです。

本当に、有り難う御座いました。

十一之皿 『年越し蕎麦①』


「寒~い。何だか、急に冷え込んだ気がする。」

「気のせいじゃ無くて、実際、気温下がってますよ。まあ、年の瀬ですから。

それで。ホントに釣り、するんですか?」

「寒いから...風裏の釣り場で、チョイ投げかな~。

司君なら、そういう場所も知ってるでしょ?」


やっぱ、釣り、する流れ?こんな寒いのに。

でも実は、釣りを躊躇うホントの理由は寒さじゃ無い。

それは12月中旬の月曜日、職場の私書箱に入っていたメモ。


『しばらく、二人で釣りするな。片付いたら知らせるまで。』


A4の白紙に印字された文字。多分10.5ポイントの明朝体。


クリスマスが近かったから、

星野さんとオレの関係をやっかんだ同僚の冷やかし。最初はそう思った。

でも、それだと『片付いたら知らせるまで』が分からない。

疑問が強くなったのは2枚目のメモ。昨日、仕事納めの朝に届いた。

やはりA4の白紙。文面は全く同じ。

違うのは、既にクリスマスを過ぎていると言う事。


ただ、年末は忙しくて早朝出勤や残業も多い。

冷たい風と雨が続いていたから、釣りはしていない。

出来ればこのまま、釣りを控えた方が良い、そんな気がしていた。

そう、『片付いた』という知らせが有るまでは。



でも、星野さんにメモの事を話したら心配をかける。

『護り神様の力を借りて解決する』なんて言い出したら大事だ。

それ以外の理由を付けて、抵抗を試みる。


「あの、○×ストアーで買いましたよね?

肉・野菜・チーズ・米・パスタ。あ、刺身用の魚も。

年末年始の食材は十分。特に釣りをする必要も無いのでは。」


「そうね。ただ、私、とても楽しみにしてるから。」 「何を?」

「蕎麦、年越し蕎麦。」 「でも、蕎麦はその日に買った方が。」

昨日は28日。仕事納めで夕方から忘年会。今朝は二人とも2日酔い気味。

中華料理店で昼食を食べ、帰りに買い物を済ませた。


「蕎麦は31日に買うけど、スープの準備は必要でしょ?」

「スープも売ってるし、今日買った食材で自作も。」


星野さんは微笑んだ。少し悪い、笑顔。


「警告文を気にしてるの?」

!? 星野さんにもメモが。だとしたら、あのメモの主は?


「可能性①。職場の誰かのイタズラ。

昨日も届いたから、送り主は女性かもね。

最近、何だか女性陣に、司君の評判が良いんだよね。

『隣の芝生は青く見える』だっけ?」


...『海神様』の件で上◇さん達から聞き込みをして以来、

女の子達と話す機会は確かに増えた。でも。


「可能性②。真剣な警告。私達に関わる危険の。」

「その可能性が有るのに、わざわざ釣りを?」

「私に対する警告なんて無意味。知らせてくれた好意には感謝するけど。」


『無意味』 それなら、星野さんは『使う』つもりだ。


「他の方法で避けられるのに『護り神様』の力を使うのは賛成出来ません。」

「『他の方法』って、釣りに行かない事?解決の知らせが来るまで?」

「そう、です。この所天気が悪いし、寒いし。

年始まで様子を見るのが得策かと。」


『護り神様』の力を使えば、星野さんの生命力が消費される。

使う力の規模によっては、命そのものまで。


「私ね。」

星野さんの、寂しそうな表情。オレ、何かマズい事言ったか?


「私、長生きしたいって思ってない。

望んで、こんな風に生まれた訳じゃないし。

『あれ』と折り合いを付けるために不自由も多い。

正直、もう沢山って気もしてる。だから、腹が立つ。もの凄く。

何でこれ以上我慢しないといけないの?

折角、初めての彼氏が出来て、一緒に年末年始を過ごせるのに。」


心臓を、何かが貫いた。心の奥深く、激しい痛み。

もしオレが...


次の瞬間、星野さんは明るい笑顔を作った。

「ホントに、初めてなんだよ。

大好きな、初めての彼氏と過ごす大晦日。

特別な年越し蕎麦を一緒に...それ位、期待しても良いでしょ?」


...そうだね。その期待にも応えられないなら、オレは。


この数日、特に北風が強いから海は荒れているだろう。

当然、寒さで魚の活性も落ちる。スープの出汁を取る魚を釣るのは難しい。

だけど。


「此処数日の条件、出汁を取れる魚を釣る。難しいです。」

「でも。」

「でも、オレもずっと考えてたんです。

大好きな彼女と一緒に、特別な魚を釣る日の事。

そうなったら、どんなに楽しいだろうって。」


「司、君。」


「釣り、行きましょう。ただ、天候が悪化したら直ぐに撤退。

何か有っても『護り神様』の力はなるべく使わない。

それが条件です。どうですか?」

「分かった。釣りに行ったからって必ず釣れる訳じゃ無いし、

釣れなかったら、別の材料で作れば良いよね。二人で。」


輝くような、笑顔。


「それと。」 「はい?」

「『なるべく』よね?使うべきだと思ったら、私、躊躇しない。」

「そう、『なるべく』です。」


星野さんの笑顔とは対照的に、オレの心は暗い深みに沈んでいた。



北風の影響を受けにくい風裏の釣り場。

夜釣りだから、近くに外灯が欲しい。そして出来れば足場が整った。

...すると、残るのは1つだけ。

それは『工事現場裏』。


港に隣接する大規模な河口。

工事のために封鎖された漁港側からはアクセス出来ない。

でも、少し離れた公園からポイントに入れる。

草叢を抜ける獣道みたいな通路、工事現場の常夜灯も明るい。

ポイントに入れば地面はコンクリート。

河口側の堤防は1m50cm位有るけど、長目の竿ならOK。


「やっぱり、チョイ投げの打ち込み?」

「そう。風裏だけど、水面の追い風はかなり強い。

遠投するとラインが風にあおられます。」

「分かった。」


星野さんの竿は8フィート半、オレのは9フィート。

普通の打ち込み仕掛け。ただ、風が強いからハリスは短めの30cm。

このポイントは小さなカニが多い。餌取りに強いイカの切り身。


10分、20分、30分...アタリが、無い。

まあ、常夜灯の光で分かるくらい濁ってる。

続いた雨で塩分濃度も低下、おまけに寒波で水温も低下。

どう考えても、無理ゲーだぞ、これ。


風裏とは言え、上空の風は強く雲の動きが速い。

時折月が顔を出す。雨が降っていないのがせめてもの救いか。

でも、このまま続ける訳にはいかない。


公園のトイレは21時に施錠される。それが事実上のタイムリミット。

星野さんは一度もトイレに行ってない。

天気と釣り場の状況がどれだけ過酷でも釣りを続ける。

多分、そのために水分の制限とか...この人は、そういう『釣り人』だ。

何でも良い、釣れてくれたら。


「司君。」 我に返る。

「あ、はい。」 「此処で釣れるとしたら、どんな魚?」

「ええと、ヒラアジ・コトヒキ・ウツボ・ゴマフエダイとか。

あと、ヒイラギですかね。河口ですから。」


「出汁を取るのに良いのは?」

「蕎麦と合わせるから...ウツボと、ヒイラギ。」

「よ~し、そのどっちか。頑張る。」

もう、20時45分を過ぎてる訳だが。


「あ!」 「今、動きましたよね?」

星野さんの竿先が揺れた。二人で見たなら、気のせいじゃ無い。

一気に、緊張感が高まる。


竿先は微妙に揺れ続ける。

「アワせた方が良い?」 「いや、このまま。引き込む魚じゃないと」

次の瞬間。竿先が大きく曲がり、竿尻が浮いた。

星野さんの体が跳ねて、アワせが決まる。


「どんな感じですか?」オレの仕掛けを急いで回収。

もしヒラアジだと、走り回って仕掛けが絡む。

「あれ?何か、引きが変。」 


竿先は曲がったままだから、魚はかかっている。でも、引きが...


「けっこう重いけど、引きが弱い。カニ?」

「カニだと、蕎麦に合わせるのは難しいかも。」


数秒後、星野さんは体勢を低くした。抜き上げる気だ。

と言うことは、大物では無い。

竿が大きく曲がり、弾力で魚を抜き上げる。

コンクリートに落ちたのは、想定外の『大物』だった。


「何?この魚。」

紫がかった黒い体、白い縦縞。一繋がりの背鰭・腹鰭・尾鰭。

そして何より、特徴的な口元のヒゲ。6本?


見覚えは有る。でも大きさが、おかしい。ざっと、40cm?

「ゴンズイ、みたいだけど。こんな大きい?」

「ゴンズイなら、せいぜい20cm。でも、ソックリですね。」

「うん。大きさ以外、どう見てもゴンズイ。」


ホントにゴンズイなのか、それは分からない。

でもナマズ系なのは間違いないし、ゴンズイもナマズも美味い魚。

それに、この大きさなら出汁を取るのに十分だろう。


「帰りましょう。この一尾で十分です。」 「うん!」


十一之皿 『年越し蕎麦①』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ