十一之皿 『年越し蕎麦①』
皆様、明けまして御目出度うございます。
久し振りの新作ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
R04/6/29 追記
こちらにも「いいね」を頂きました。
自分としては、かなり気に入っている作品なので嬉しいです。
本当に、有り難う御座いました。
十一之皿 『年越し蕎麦①』
「寒~い。何だか、急に冷え込んだ気がする。」
「気のせいじゃ無くて、実際、気温下がってますよ。まあ、年の瀬ですから。
それで。ホントに釣り、するんですか?」
「寒いから...風裏の釣り場で、チョイ投げかな~。
司君なら、そういう場所も知ってるでしょ?」
やっぱ、釣り、する流れ?こんな寒いのに。
でも実は、釣りを躊躇うホントの理由は寒さじゃ無い。
それは12月中旬の月曜日、職場の私書箱に入っていたメモ。
『しばらく、二人で釣りするな。片付いたら知らせるまで。』
A4の白紙に印字された文字。多分10.5ポイントの明朝体。
クリスマスが近かったから、
星野さんとオレの関係をやっかんだ同僚の冷やかし。最初はそう思った。
でも、それだと『片付いたら知らせるまで』が分からない。
疑問が強くなったのは2枚目のメモ。昨日、仕事納めの朝に届いた。
やはりA4の白紙。文面は全く同じ。
違うのは、既にクリスマスを過ぎていると言う事。
ただ、年末は忙しくて早朝出勤や残業も多い。
冷たい風と雨が続いていたから、釣りはしていない。
出来ればこのまま、釣りを控えた方が良い、そんな気がしていた。
そう、『片付いた』という知らせが有るまでは。
でも、星野さんにメモの事を話したら心配をかける。
『護り神様の力を借りて解決する』なんて言い出したら大事だ。
それ以外の理由を付けて、抵抗を試みる。
「あの、○×ストアーで買いましたよね?
肉・野菜・チーズ・米・パスタ。あ、刺身用の魚も。
年末年始の食材は十分。特に釣りをする必要も無いのでは。」
「そうね。ただ、私、とても楽しみにしてるから。」 「何を?」
「蕎麦、年越し蕎麦。」 「でも、蕎麦はその日に買った方が。」
昨日は28日。仕事納めで夕方から忘年会。今朝は二人とも2日酔い気味。
中華料理店で昼食を食べ、帰りに買い物を済ませた。
「蕎麦は31日に買うけど、スープの準備は必要でしょ?」
「スープも売ってるし、今日買った食材で自作も。」
星野さんは微笑んだ。少し悪い、笑顔。
「警告文を気にしてるの?」
!? 星野さんにもメモが。だとしたら、あのメモの主は?
「可能性①。職場の誰かのイタズラ。
昨日も届いたから、送り主は女性かもね。
最近、何だか女性陣に、司君の評判が良いんだよね。
『隣の芝生は青く見える』だっけ?」
...『海神様』の件で上◇さん達から聞き込みをして以来、
女の子達と話す機会は確かに増えた。でも。
「可能性②。真剣な警告。私達に関わる危険の。」
「その可能性が有るのに、わざわざ釣りを?」
「私に対する警告なんて無意味。知らせてくれた好意には感謝するけど。」
『無意味』 それなら、星野さんは『使う』つもりだ。
「他の方法で避けられるのに『護り神様』の力を使うのは賛成出来ません。」
「『他の方法』って、釣りに行かない事?解決の知らせが来るまで?」
「そう、です。この所天気が悪いし、寒いし。
年始まで様子を見るのが得策かと。」
『護り神様』の力を使えば、星野さんの生命力が消費される。
使う力の規模によっては、命そのものまで。
「私ね。」
星野さんの、寂しそうな表情。オレ、何かマズい事言ったか?
「私、長生きしたいって思ってない。
望んで、こんな風に生まれた訳じゃないし。
『あれ』と折り合いを付けるために不自由も多い。
正直、もう沢山って気もしてる。だから、腹が立つ。もの凄く。
何でこれ以上我慢しないといけないの?
折角、初めての彼氏が出来て、一緒に年末年始を過ごせるのに。」
心臓を、何かが貫いた。心の奥深く、激しい痛み。
もしオレが...
次の瞬間、星野さんは明るい笑顔を作った。
「ホントに、初めてなんだよ。
大好きな、初めての彼氏と過ごす大晦日。
特別な年越し蕎麦を一緒に...それ位、期待しても良いでしょ?」
...そうだね。その期待にも応えられないなら、オレは。
この数日、特に北風が強いから海は荒れているだろう。
当然、寒さで魚の活性も落ちる。スープの出汁を取る魚を釣るのは難しい。
だけど。
「此処数日の条件、出汁を取れる魚を釣る。難しいです。」
「でも。」
「でも、オレもずっと考えてたんです。
大好きな彼女と一緒に、特別な魚を釣る日の事。
そうなったら、どんなに楽しいだろうって。」
「司、君。」
「釣り、行きましょう。ただ、天候が悪化したら直ぐに撤退。
何か有っても『護り神様』の力はなるべく使わない。
それが条件です。どうですか?」
「分かった。釣りに行ったからって必ず釣れる訳じゃ無いし、
釣れなかったら、別の材料で作れば良いよね。二人で。」
輝くような、笑顔。
「それと。」 「はい?」
「『なるべく』よね?使うべきだと思ったら、私、躊躇しない。」
「そう、『なるべく』です。」
星野さんの笑顔とは対照的に、オレの心は暗い深みに沈んでいた。
北風の影響を受けにくい風裏の釣り場。
夜釣りだから、近くに外灯が欲しい。そして出来れば足場が整った。
...すると、残るのは1つだけ。
それは『工事現場裏』。
港に隣接する大規模な河口。
工事のために封鎖された漁港側からはアクセス出来ない。
でも、少し離れた公園からポイントに入れる。
草叢を抜ける獣道みたいな通路、工事現場の常夜灯も明るい。
ポイントに入れば地面はコンクリート。
河口側の堤防は1m50cm位有るけど、長目の竿ならOK。
「やっぱり、チョイ投げの打ち込み?」
「そう。風裏だけど、水面の追い風はかなり強い。
遠投するとラインが風にあおられます。」
「分かった。」
星野さんの竿は8フィート半、オレのは9フィート。
普通の打ち込み仕掛け。ただ、風が強いからハリスは短めの30cm。
このポイントは小さなカニが多い。餌取りに強いイカの切り身。
10分、20分、30分...アタリが、無い。
まあ、常夜灯の光で分かるくらい濁ってる。
続いた雨で塩分濃度も低下、おまけに寒波で水温も低下。
どう考えても、無理ゲーだぞ、これ。
風裏とは言え、上空の風は強く雲の動きが速い。
時折月が顔を出す。雨が降っていないのがせめてもの救いか。
でも、このまま続ける訳にはいかない。
公園のトイレは21時に施錠される。それが事実上のタイムリミット。
星野さんは一度もトイレに行ってない。
天気と釣り場の状況がどれだけ過酷でも釣りを続ける。
多分、そのために水分の制限とか...この人は、そういう『釣り人』だ。
何でも良い、釣れてくれたら。
「司君。」 我に返る。
「あ、はい。」 「此処で釣れるとしたら、どんな魚?」
「ええと、ヒラアジ・コトヒキ・ウツボ・ゴマフエダイとか。
あと、ヒイラギですかね。河口ですから。」
「出汁を取るのに良いのは?」
「蕎麦と合わせるから...ウツボと、ヒイラギ。」
「よ~し、そのどっちか。頑張る。」
もう、20時45分を過ぎてる訳だが。
「あ!」 「今、動きましたよね?」
星野さんの竿先が揺れた。二人で見たなら、気のせいじゃ無い。
一気に、緊張感が高まる。
竿先は微妙に揺れ続ける。
「アワせた方が良い?」 「いや、このまま。引き込む魚じゃないと」
次の瞬間。竿先が大きく曲がり、竿尻が浮いた。
星野さんの体が跳ねて、アワせが決まる。
「どんな感じですか?」オレの仕掛けを急いで回収。
もしヒラアジだと、走り回って仕掛けが絡む。
「あれ?何か、引きが変。」
竿先は曲がったままだから、魚はかかっている。でも、引きが...
「けっこう重いけど、引きが弱い。カニ?」
「カニだと、蕎麦に合わせるのは難しいかも。」
数秒後、星野さんは体勢を低くした。抜き上げる気だ。
と言うことは、大物では無い。
竿が大きく曲がり、弾力で魚を抜き上げる。
コンクリートに落ちたのは、想定外の『大物』だった。
「何?この魚。」
紫がかった黒い体、白い縦縞。一繋がりの背鰭・腹鰭・尾鰭。
そして何より、特徴的な口元のヒゲ。6本?
見覚えは有る。でも大きさが、おかしい。ざっと、40cm?
「ゴンズイ、みたいだけど。こんな大きい?」
「ゴンズイなら、せいぜい20cm。でも、ソックリですね。」
「うん。大きさ以外、どう見てもゴンズイ。」
ホントにゴンズイなのか、それは分からない。
でもナマズ系なのは間違いないし、ゴンズイもナマズも美味い魚。
それに、この大きさなら出汁を取るのに十分だろう。
「帰りましょう。この一尾で十分です。」 「うん!」
十一之皿 『年越し蕎麦①』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




