十之皿 『テナガエビ&ヌマエビ』
今回、オカルト成分は極薄めです。
R04/6/25 追記
こちらにも「いいね」を頂きました。
自分でも、かなり気に入っている作品なので嬉しいです。
本当に、有り難う御座いました。
十之皿 『テナガエビ&ヌマエビ』
窓から差し込む、柔らかな日差し。土曜日の、朝。
ソファに寝そべって、見逃した釣り番組の録画を堪能する。
優雅な週末、の筈だったのだが。今朝はちょっと違う。
腕の中に良い匂いの女の子が収まっていて、当たり前のようにTVを見ている。
「星野さん。」 「何?」 「えっと、ちょっと重いな~って。」
「失礼ね。寝るのは別々なんだから、これ位良いでしょ。」
「いや、正直言うと...目のやり場とか、腕の置き場とか、落ち着かなくて。」
星野さんはオレの右腕を取って抱きしめた。当然、右腕に胸が。
「それが狙いなの。司君、約束を忘れてるみたいだから。」
忘れてなんかいない。約束は『肉体関係の覚悟』。
でも、言っている事とは裏腹。きっと星野さんも怖いんだ。
きつく抱きしめられたオレの右腕は、それ以上動かせない状態だから。
兎に角、今朝の朝御飯の片付けが終わった後、ずっとこの状態。
暫くこのままでいる気らしい。まあ、これはこれで優雅な週末、だな。
「それより、エビが食べたい。」
星野さんがエビを食べたいと言いだしたのは、昨日の夕方から。
それから今朝までに、もう五度目。
まあ確かに、オレも無性にエビが食べたくなる事は有る。
そうなるともう、エビの味しか思い出せない。
「じゃ、お昼はエビで。○×ストアーなら、
バナメイでもブラックタイガーでも選び放題。」
腕の中で星野さんの体が回転し、思い切り左頬をつねられた。
「痛。」 「あのね、私は釣師なの。」 「はい?」
「でも、エビの釣り方は知らない。」 オレも知りません。それが何か。
「だからって、スーパーで買って来るのは何だか『負けた』気がする。」
釣れないなら買うしかない、自明の理だろうに。もしかして、素潜り?
痛。また、左頬をつねられた。
「あからさまに『面倒臭い』って顔しないで。」
「でもオレ、エビ釣りも素潜り漁も出来ませんよ。素直にスーパーで」
その時。ふと、思い出した。
初めて親父が連れて行ってくれた釣りは海でなく、川。
親父が作った竹竿でテナガエビを釣った。
それと、虫取り網でヌマエビも沢山掬ったっけ。
その日の夕食は豪華なエビ尽くし。あれは、ホントに美味しかった。
「海じゃなくても、自分達で獲ったエビなら良いんですか?」
途端に、星野さんの顔が輝いた。
「流石、師匠。策があるのね。」
「策というか、父と川でエビ釣りしたのを思い出して。」 「川のエビ釣り?」
「はい。テナガエビ釣り。あと、ヌマエビを虫取り網で掬って。」
「それ、最高。でも、テナガエビとヌマエビ...どこで?」
「あの公園の近くに、湧き水と小さな川があったから、可能性は有ります。
ただ、仕掛けが...特に釣り針が問題ですね。」
「テナガエビ用の釣り針が手に入らないって事?」 「そうです。」
寮から近い小さな釣具店には何度か行った事が有る。
海釣りメインの品揃えで、小物仕掛けと言ってもせいぜい小アジ用のサビキ。
淡水魚やテナガエビを狙う仕掛けは期待できない。
「そっか。やっぱりスーパーかな。」 寂しそうな表情。
いや待て。あの時、釣り竿だけじゃ無く、釣り針も親父が作ったんだ。
「自作、出来るかもしれません。」 「自作?釣り針って、作れるの?」
「父が作ったんです。凄く小さな釣り針。確か、ピアノ線で。」
「でも、ピアノ線って、この島でも手に入るかな。」
それが、問題だ。ホームセンターは望み薄だし、金物屋は土日休業。
「今日、今からすぐにとなると難しいでしょうね。なら、手持ちの材料。」
「手持ちの、材料?」 そう、細くて強度があり、釣り針を作るのに適した素材。
「縫い針は、曲げたら折れちゃうね。安全ピンだと、太いかな。」
安全ピンは論外。縫い針だって太すぎるから。
突然、『それ』が踵に刺さった事を思い出した。自転車を整備した後に。
あれは数日前。不燃ゴミをまとめたレジ袋の中身を確かめる。
有った。自転車のブレーキワイヤー。
「何、それ?」 「これをほぐして曲げればそれっぽくなるかも。」
...駄目だ。細いのは良いが強度が足りない。
焼き入れと焼き戻しを試したけど、むしろ強度が落ちた気がする。
テナガエビが踏ん張ったら、耐えられずに伸びるか、折れる。
「やっぱり、難しい?」
寂しそうに首を傾げた星野さんに萌えた訳じゃない。
もう、これは俺の戦い(?)だ。親父に出来たんだから、俺にも。
ブレーキワイヤーより強度が有って、この部屋で手に入る素材。
そうか、もしかしたら...
ペーパークラフトの型紙用にストックしてある、インク切れのボールペン。
あの中に仕込まれているバネなら、使えるんじゃないか?
取り出したバネはブレーキワイヤーより太いが、その分強度は有る。
ダイヤモンドシャープナーで先端を丁寧に研いで、釣り針の形に曲げた。
太いから、出来るだけ小さく曲げて形を整える。
イメージはタナゴ用の極小釣り針。確か、形は『新半月』だったか。
気休めに焼き入れと焼き戻し。強度が落ちた感じはない。
反対側の端は結んだラインが止まるように、直角に曲げてカット。
同じ手順で幾つか作って選別。選別したものを更に研ぐ。
約1時間で、3本の極小釣り針を仕上げた。
手持ちのPEラインで一番細い0.5号を結び、念のために瞬間接着剤。
釣り針の3cm上にガン玉を一個。親父の仕掛けを、ほぼ再現できた。
星野さんはポケットルーペで出来たばかりの釣り針を観察中。
「うわ。ホントに釣り針だ。それにこの形、司君、技持ちだね。」
「そう言ってもらうと、ちょっと悔しいけど、全部親父の真似です。」
「真似って...真似しただけでこれが作れるなんて、変だよ。」
「オレよりずっと変な人の依頼で作ったんですけどね。気に入りませんか?」
「気に入った。これ、最高!!」
「それは何より。じゃ早速準備しましょう。」
自作の釣り針は当然バーブレスだが、合わせが決まれば問題ない。
手釣り、餌は魚肉ソーセージ。何より星野さんはオレより釣りが上手い。
初めてとは言え、餌付けも取り込みも問題ないだろう。
次第に釣りのイメージがまとまってくる。あとは、あの湧き水にエビがいれば。
何時の間にか星野さん以上にワクワクしている自分に、呆れていた。
全ての準備が整い、湧き水に着いたのは日暮れ前。静かに眼を凝らす。
いた。岩陰に見える細長い腕。
手釣り、上流側から湧き水の流れに仕掛けを入れる。
あまり時間は無い。兎に角、効率重視。
「テナガエビを釣った事は?」 「ない。」
「じゃ、しっかり見てて下さい。」 「うん。」
「違和感があったら軽く合わせて様子を見ます。ほら。」
ラインを手繰り、上がってきたのは大きなテナガエビ。
素早く針を外し、バケツに放り込む。
飛び跳ねて逃げられないように、バケツの水位は5cm位。
「今ので分かりました?」 「多分、大丈夫。」
「流れのヨレに仕掛けを流して、
アタリがあったら一呼吸待って合わせて下さい。」
「それで、さっきの師匠みたいに抜き上げる?」
「はい。エビがいれば勝負は早い筈ですから。なるべく広く探って。
完全に日が暮れる前まで...多分、制限時間は30分位です。」
「分かった。」 「じゃ、30分後に。」
そう、公園の近くとは言え、人通りは少ない。日が暮れたら強制終了。
先日のような事は避けるべきだ、ソレが幾ら美人に見えるとしても。
テナガエビ釣りは星野さんに任せ、オレは少し離れた下流でヌマエビを掬う。
そっと下流側に移動。
星野さんとの距離は約30m。何か問題が起こればすぐに分かる。
階段から川に降り、そっと、サンダルで湧き水に踏み込んだ。冷たい。
水草の茂みをステンレスのザルでガサガサと掬う。
ザルの中で、小さな影が元気よく跳ねた。ヌマエビ、間違いない。
ハゼやグッピーをより分け、ヌマエビをビニール袋に入れる。
この分だと、思っていたより沢山獲れそうだ。
30分後。
集合場所に戻ると、星野さんはバケツを高く掲げた。満面の笑み。
「釣れたんですか?」 「うん、小さいのはリリースしたけど、10匹。」
小物をリリースして、30分で10匹? やはり、この人は只者じゃない。
「それで、司君は?」 「沢山獲れました。計画通り。」 「素敵!」
星野さんがキープしたテナガエビは、どれもなかなかの大物だった。
「ね、見て。スマートなのはミナミテナガエビ。
太っちょなのはコンジンテナガエビに似てるけど、この島にもいるのかな?」
PCの画面とにらめっこしていた星野さんが振り向いた。
「う~ん、ミナミテナガエビは間違いないですけど、コンジンテナガエビ?
それ、日本最大種ですよ。この島にいるとしたら新記録かも。」
「でも長さならミナミも負けてない。模様が綺麗だし。」
確かに、どちらも地元にいたテナガエビよりもかなり大きい。
コンジン(?)が6匹、ミナミが4匹。皮をむき、背ワタを取る。
水は綺麗だから、そんなに泥臭くない筈だ。
「味の違いを確かめるなら塩焼きが良いかと。」 「うん、賛成。」
あとは串を打ち、グリルで焼くだけ。味付けはシンプルに塩胡椒のみ。
残った頭部にはミソがたっぷり。むいた皮と一緒にフライパンで炒めておく。
「それで、司君が獲ったヌマエビはどうするの?」
「ピザにしましょう、モツァレラチーズと合わせてオープンで焼きます。」
「凄~い。じゃあ、ワインは白ね...モーゼルのリースリング。」 「はい。」
急ぐ必要はない。交代でシャワーを使った後、いよいよ料理。
グリルのテナガエビ、焼き加減は星野さんに任せた。
その間にタマネギとニンニクを刻み、エビの頭と皮に炒め合わせる。
十分に炒めたところで水を加えた。
そこでついに、星野さんは我慢できなくなったらしい。
「ねぇそれ、もしかしてビスク?」
「ビスクにするにはエビの量が足りないので、エビ味噌汁にしてみます。
それよりグリルのテナガエビ、大丈夫ですか?」
「あ、いけない。焦げちゃう!」
「頂きま~す。まずはエビ味噌汁ね」 「はい、どうぞ。」
星野さんは汁椀にそっと口をつけた後、軽やかに微笑んだ。
「優しくて、でも凄く濃厚な旨味。流石は師匠。」
「ありがとうございます。次は塩焼きを。」 「は~い。」
テナガエビ塩焼き二種盛り。
焼いてしまうと見た目はほとんど変わらない、少し腕の太さが違う?
「どっちもプリップリで、凄く美味しい。
意外に太っちょの方が味が繊細で上品、スマートは味が濃い。かな。」
確かに、スマートは身の繊維がしっかりしていて歯ごたえが良い。
一方太っちょはそれより柔らかく、しかし、噛むほどに優しい滋味が溢れてくる。
「これだと、お酒は?」 「断然日本酒ね、純米辛口。」 「賛成。」
「次はピザですから、お酒を追加で。」
「ピザなら、白ワインで良い?」 「はい。」
○×ストアーで調達した餃子の皮をフライパンに敷き詰める。
重なる部分や隙間が大きくなりすぎないよう、丁寧に。
直前まで活かしておいたヌマエビを氷締めして、丁寧に水洗い。
キッチンペーパーでしっかり水を切ったら、餃子の皮に乗せる。
さらにお玉で掬ったエビ味噌汁を塗りつけた。
様子を見ながらグリルで焼く。焼き色が付き始めたら弱火。頃合いをみて、
薄切りトマトとスライスチーズ(モツァレラとチェダー)を乗せ、さらに3分。
焼き上がったら皿に取り、胡椒を振って完成。
「どうぞ、材料はたくさんありますから遠慮なく。」
「今まで食べたピザの中で一番美味しい。」
切り分けたピザを一切れ。噛み締めて、白ワインを一口。
焼いた粉物の香ばしさ。それを上回るエビの風味。
極上の釜揚げシラス、いや、タタミイワシのような。
それらがトマトと二種のチーズと相まって...うん、これは堪らん。
「確かに、エビパーティーは週末の定番にしても良いですね。」
「駄目。今日は特別、当分エビパーティーはなし。」 「え?」
凄く美味しい、と星野さんは言った。日本酒も、白ワインも。なのに。
でも、淡水の釣りが初めてだとしたら。もしかして。
「あの湧き水の、水質が心配なんですか?」
「下流にクレソン畑があったし、それは心配してない。心配なのは、規模。」
「規模?」 どういう、事だ?
「小さな湧き水と川。毎回、こんなにエビを獲ったら、いなくなっちゃう。」
ああ、そうか。確かに。
「あはは、そうか。ホントにそうですね。」
「何?私何か変な事言った?」
「いや、ホントはオレがそれを考えなくちゃいけなかったのに。
オレ、星野さんが彼女で良かったと、心から思います。」
「それは嬉しいけど、大袈裟。毎週獲っていなくなるより、
たま~に獲って何時までも食べたい。それだけ。
次は絶対エビチリだし。私利私欲ね。結局『釣り人は業の深い人種』。
父の言ってた事が、今になって分かる気がするな。」
...もしそれが私利私欲なら、どんな資源も枯渇する心配はない。
おそらく環境問題の大半も、それで大きく改善する筈だ。
「だけど、今日は食べる。獲った分は全部、ありがたく。
ね、次のピザはハバネロパウダー使ってみようよ。」
「はい。全て、姫君の仰せのままに。」
「何言ってるの。『姫君』だなんて。そういうの、止めてよね。」
しかし、そう言った星野さんの顔は、少し嬉しそうだった。
十之皿 『テナガエビ&ヌマエビ』 完
本日投稿予定は1回、任務完了。




