八之皿 『アカカマス②』
R04/6/25 追記
こちらにも「いいね」を頂きました。
自分でも、かなり気に入っている作品なので嬉しいです。
本当に、有り難う御座いました。
八之皿 『アカカマス②』
翌日は土曜日。まずはカマスの一夜干しを作る。
刺身用に4尾を冷蔵庫で熟成させて、残りを干す。
昨夜捌いておいたから、塩水に浸けて干すだけ。塩分濃度11%で30分。
(標準は10%、+1%は魚から染み出した水分で薄まる分の対策。)
一夜干しとは言うが、夜中に干して一日で出来るとは限らない。
たいていは昼間、風通しの良い場所で陰干し。
ホームセンターで買ってきた干し網。カマスを並べて物干し竿に吊す。
二段になってるから4尾ずつ、8尾を一度で干せるのが有り難い。
...なら、持ち帰ったカマスは12尾。あの女性に6尾。
多過ぎたか。我ながら、かなりビビってたからな。何だか可笑しくなる。
お礼に大きなノコギリガザミ、結構な高級品を貰ったけど、
アカカマスも高級品だから、まあ『等価交換』って事にしとこう。
ビールを飲みながら、時々寄ってくるネコやカラスを追い払う。
日がな一日、ボンヤリ干し網を眺めて過ごす。う~ん、最高。
これで星野さんがいてくれたら...帰ってくるのは水曜のお昼。
正直、寂しい。それに不安。お見合いの話はどうなったんだろう。
周りを海に囲まれた島の夏、湿度が高い。当然、干物の乾きも遅い。
夕方が近くなって、ベランダに西日が差し込んで来ている。
直射日光で温められるのは避けたい。一旦取り込んで冷蔵庫へ収納。
一夜干しじゃなくて『二昼干し』だな。
更に翌日。日曜日も朝からベランダでカマスの陰干し。
様子を見ながら簡易スモーカーを作成。
段ボールの空き箱。天板に長さ12cmの切り込みを4つ入れ、
針金ハンガーを逆さまにセット。底板近くにコの字型の切り込みも、これは扉。
扉の反対側には小さな空気穴を2つ。
グシャグシャにした(←これ重要)アルミフォイルで火受け皿も作る。
アルミフォイルをケチらず贅沢に使うのが、父に習ったコツ。
大体20cm×20cm位の大きさ、この上にスモークチップを置けば、
段ボールは燃えない。扉を開けて、火受け皿を底板に設置。
カマスが良い感じに干し上がったのは、昼過ぎになってから。
4尾はラップで包んで◆ップロックに入れ、冷蔵庫へ。一夜干しは完成。
残りの4尾で燻製を作る、今回は温燻法。
一夜干しの状態から燻すから時間は短めだけど、かなり煙は出る。
部屋の中に煙が充満して火災報知器が反応したり、
煙が妙な方向に流れて近くの部屋に迷惑が掛かるのはマズい。
作業は、ちゃんと風向きを調べてから。
寮の駐車場、西側の隅が好適と判断。
ネコ避けの為にスモーカーは1m程の高さ、針金でフェンスに固定。
再利用の段ボール箱に妙な匂いがあると困るので、先ずは空燻し(?)。
本番と同じリンゴ、線香型のチップ(小)だけを入れて火を点ける。
扉を閉めて放置。一応『燻製作成中』の張り紙をしておく。
約一時間後、スモーカーの中を確認。
内側が良い感じに燻されて、良い香り。これなら大丈夫。
一夜干しのカマス、鰓蓋をハンガーのフックに引っかけて吊す。
風向きが変わっていないのを再度確認、チップ(中)を入れて点火。
これも後は放置。一応、『燻製作成中』の張り紙。
風呂に入り、夕食の準備。ナポリタン&ワイン。
雑多な家事を済ませた所で5時。約2時間経過、もう良いだろう。
煙は出てない。はやる気持ちを抑え、スモーカーごと回収。
缶ビールをグラスに注ぎ、スモーカーをテーブルに乗せた。
そっと扉を開け、LEDライトで中を照らす。
薄茶色に染まった魚体。燻製独特の、良い香り。
此処でビールを一口。燻製を作った時の『開封の儀式』。
この香りだけで何杯でもビールが飲める。
燻製は摘まみに最適だけど、此処はグッと我慢。
星野さんが帰るまで、燻製も冷蔵庫で保存&熟成。
何しろアカカマスは高級品。更に天然塩とリンゴのチップで手作り。
? 何だか外が騒がしい。イヌの吠え声、近い。
一夜干しと燻製の匂いに釣られて、ネコが寄ってきたかも。
しっかり戸締まりをして、匂いが漏れないようにしよう。
それから燻製を冷蔵庫に収納、そして夕食。
眼が醒めた。やっと、やっと水曜日。
星野さんが帰ってくる日、俺も夏休みを取った。
朝御飯を食べて、TVで録画を見る。
なかなか時計が進まないのがもどかしい。
そう言えば、電話、掛かって来なかったな。
『気まずいから、予定変更があった時だけ電話する。』って言ってたし。
もっと早く、俺が自分の気持ちを整理できていたら...
星野さんのご両親に、二人で挨拶に行けたかも知れない。
『同棲報告』は流石に気まずいけど。
でもまだ、駄目だ。思い出すと、心の奥で。
アラームの音、12時。やっと、迎えの時間。
空港のロビー、星野さんの便は『定刻』の表示。
表示が『到着』に変わってから数分後、星野さんの姿が見えた。
美人だし、スタイルが良いからすぐに分かる。
「ただいま。」 「荷物、持ちます。」 「アリガト。」
何気ない遣り取りにホッとする。
星野さんはお見合いの話をしない、俺も聞かない。
でも、いや、だからこそ大丈夫。そんな、気がした。
帰りの車中、話題は新しく見つけた釣り場。
当然、あの女性と、その胸の話は封印。
「アカカマス?」 「そう。手作りの一夜干しと燻製。最高級品ですよ。」
「じゃあ、今夜は御馳走ね。」 「全~部、熟成中だから、最高の状態かと。」
「食べなかったの?」 「勿論。」 「有り難う。」
星野さんは、右手を俺の左手に重ねた。温かい。
寮の駐車場で車を降りて、星野さんの表情が一変した。
「何これ?」 「え?」 「結界が反応した跡が、残ってる。」
「結界?」 「私の留守中、何か変わった事は無かった?」
「そう言えば、ここ何日かは、夕方になるとイヌが吠えてましたね。」
「イヌ?」 「イヌ。」 「そんな筈、無いけど。」
夕食の準備。待ちに待った一夜干しと燻製。
「司君、それ、どうして?」
お風呂上がりなのに、星野さんは厳しい表情。
「いや、だから新しい釣り場で釣ったカマス。一夜干しと燻製。」
「...話は後で聞こうかな、良い感じで御飯が出来てるみたいだし。」
「美味しい、凄く美味しい。一夜干しも燻製も。
軽く炙った一夜干しは御飯にピッタリだし、燻製は最高のお摘まみ。」
「良かった~。」 「でも、これ、普通じゃないよ。」
「普通じゃないって。」 「やっばり、気付いてないんだ。」
「え?」 「ほら。」
何故気付かなかった? 星野さんの言う通り、普通じゃない。もしかして。
残りの一夜干しと燻製を確認、やっぱり...全部片眼、左眼が無い。
「じゃあ、話を聞かせて、この魚を釣った時、何が有ったのか。」
新しく見つけた釣り場、そこで会った女性。
話を聞いた後、星野さんは溜息をついた。
「それで毎晩、一緒に釣りに行った?」
「いや、それから一度も釣りには行ってないけど。」 「え?」
「だって、怪し過ぎるし。それに星野さんがいないのに釣りをしても。」
キョトンとした表情。
「行かなかったの?呼ばれたのに?」
「呼ばれたって?」一体、何? それに、魚の左眼は。
「そうね。司君なら、呼ばれても気付かないかも。」
星野さんは笑った。小さな、乾いた笑い声
「さっきから、何の話をしてるんですか?」
「妖。例えば『ソレ』はキジムナーに近い。」 「キジムナー?」
「海岸で『ソレ』に会うと、釣りでも網でも、大漁に恵まれる。
でも、それからは毎晩毎晩連れ出されて、最悪取り殺される。」
突然、背筋が冷える。
そうだ、キジムナー。一緒に釣った魚は片眼を抜かれて。
「でも、『ソレ』とキジムナーは少し違う。
『ソレ』に会った人は何故、毎晩毎晩連れ出されるんだと思う?」
「いや、それは分からないけど。」 あの『胸』を思い出したが、これは秘密。
「ふ~ん。司君は実際に会ったんだから、分かってると思ったけど。
じゃあ、ヒントをあげる。今でも漁師や釣り人は男性が多いよね。」
確かに、あの女性は凄く綺麗だった。そして、あの胸。男なら誰でも。
星野さんには、見えるのか? あの女性や、胸も。
でも、見えたとしても、俺はあれ以来釣りをしてない。大丈夫、多分。
「えっと...綺麗な女の人に見える、とか。」
「やっぱり分かってたんじゃない。それで、綺麗な人に見えた?」
「見えたけど、他の人も同じように見えるなんて。」
「同じじゃない。あなたは連れ出されなかったんだから。
正直、ここまで深刻だとは思ってなかった。
ううん、気付いてたのに。認めたくなかったの。」
「認めたくないって、一体何を?」
「司君の心の中にいる人。
その人が、妖の誘惑も効かない位、大きな存在だって事。」
心の奥の、深い傷。どうして星野さんは知っているんだろう?
その時、イヌの吠える声が聞こえた。近い。
「来た。司君は、此処にいて。」 「妖、ですか?」
「そう。」 「ええっと、どうするつもり?」
「帰って貰うの。ちゃんと話して、もう来ないように。
『他人の彼氏に手を出すのは良くないよ』ってね。
だから、司君は此処から動かないで。分かった?」
良いの? そんな、悪ガキを諭すみたいな調子で?
でも、星野さんの目。瞳の奥が緑色に光っている。
「分かった?」 「...分かった。」 「行ってくる。」
2分も経たずに、星野さんは戻ってきた。
新聞の勧誘をバッサリ断る時と変わらない。妖はどうなったんだろう。
「アレが美女に見えるなんて、昔から、おめでたい男が多いのね。」
それきり黙ったまま、晩ご飯を食べ続ける。少し、怖い。
星野さんが口を開いたのは食後のコーヒーを淹れた後。
「お見合い、断ってきたよ。」 「...良かった。」 「ホントに?」
「ずっと、怖かった。もし星野さんが誰かと結婚したらどうしようって。」
「じゃあ、どうして?どうして私を。」
思わず星野さんを抱きしめる。
「星野さんが好きだよ。ホントに大好きだ。それは嘘じゃ無い。
でも、俺だけ幸せになるなんて、出来ないんだ。御免。」
「何時まで待てば良いの?今回は断ったけど、次はどうなるか分からない。」
「今週末、話を聞いてくれるかな。」 「良いけど、何の話?」
「俺が幸せになっちゃいけない、星野さんと肉体関係を持っちゃいけない理由。」
「今夜、聞いても良いのに。」
「話を聞いたら、星野さんは俺に愛想を尽かすかも知れない。
でも、せめて週末までは、彼女でいて欲しいんだ。」
「馬鹿ね、ホントに馬鹿。でも、私も司君が大好きだから、週末まで待つ。
それと、1つ、確認したい事があるんだけど。」
「何ですか?」 「あの妖、どんな『顔』に見えた?」
「...星野さんに、似てた。歳はかなり上みたいだったけど。」
「そう、じゃあ未だ、望みがある。」 「望み、って?」
「あの妖、男の人には美人に見える、絶世の美女にね。」
それから週末まで、星野さんはずっと上機嫌。
あの女性の、胸の話をしなくてホントに良かった。
八之皿 『アカカマス②』了/八之皿 『アカカマス』完
本日投稿予定は1回、任務完了。




