八之皿 『アカカマス①』
本日投稿予定は無かったのですが、思いの外作業が捗ったので
八之皿『アカカマス①』を投稿します。明日②を投稿出来るか分かりませんが、
新作をお楽しみ頂ければ幸いです。
八之皿 『アカカマス①』
プチ残業の後、事業所からの帰り、馴染みの中華料理店で夕食。
帰って、灯りを点けた部屋が広く感じる。ちょっと、寂しい。
今日から土日を挟んで一週間、星野さんは不在。
夏休みを取っての帰郷だけど、その理由がちょっと複雑。
昨日の晩ご飯は星野さんが作った麻婆丼。とても美味しかった。
「久しぶりで実家に帰るのに、何だか元気がないですね。」
「最愛の彼氏と一週間も離れ離れなんだから、当たり前でしょ。」
「真面目に。心配してるんですよ。」 「御免、なさい。」
少し重い沈黙。
「家族に病気の人が、とかじゃないですよね?」
「うん。実は、お見合いの話。」 「お見合い?」 「そう。」
「末っ子で、女の子は1人だけだから、ご両親が?」
「う~ん。両親はお見合いには反対だけど、親戚がね。
ほら、前に言ったでしょ、父親が『海神の巫女』の家系だから。」
海神様の一件で、星野さんは『海神の巫女の末裔』と名乗った。
「女系で継承されるのが普通だし、そもそも父親は傍系。
全然関係無いって思ってたら、何故か私に憑いちゃったんだって。」
「憑いちゃったって...護り神様が、ですか?」
「護り神っていうか、正確には『眷属』。海神様の家来みたいな感じ。
本来8柱だけど、現時点で女の子に憑いてるのは4柱。
女の子の資質とか、眷属と女の子の相性とか、色々条件が有るみたい。」
「ちょっと待って、それじゃ星野さんは4人の内の1人って事に。」
「複雑なのは其処。しかも継承順位が2位だから、
本家としては早い内に取り込んでおきたいって魂胆だと思う。
私が本家の血筋以外の人と結ばれると面倒だから。」
「継承順位が2位って、護り神様が。」
「そう、アレでも結構有力な眷属なんだって。」
「え~っと、それ、もうお見合・結婚内定コースじゃ。」
「司君は、良いの?」 「え?」
「それで良いの?私が他の、司君以外の誰かと結婚しても。」
いや、駄目。それは駄目だ。だって、星野さんはもう。
「良くないです。出来れば、いや、絶対断って欲しいですけど。
でも、俺は星野さん達の事情とか分からないし。それ以上は。」
星野さんは、小さく溜息をついた。
「私達、同棲してから、もう4ヶ月。」
「ええと、確か『同棲』じゃなくて、『ルームシェア』だったかと。」
「私は司君の、何?」 「...彼女、です。」
「じゃあ、同棲よね。」 「はい。」
最初は『友達』で、『ルームシェア』という約束。
でも、アオリイカ事件やパヤオ釣りの頃から、俺自身が約束を違えた。
今の俺にとって、星野さんは『彼女』、間違いない。
「予定では、先月までに『彼氏と同棲してる』って両親に報告して、
見合いの話なんか来る訳がない、そんな状況になってる筈だった。
でも、まだキスまでだし、寝るのも別々。こんなのアリ?」
「『同棲』は事実なんですから、そう報告すれば済む話でしょうに。」
「肉体関係もないのに、『同棲』してるなんて言えない。」
「そんな、ワイドショーみたいな言い方、肉体関係って。」
「じゃあ、何て言えば良いの? セックス? 子作り?」
「だからそれは。」 「私が大切だから?」 「そう、それ。」
「司君らしい答えね。でも、それで彼女を失いそうになってるけど。
もし、まだ間に合うとしたら、どうする?」
「まだ間に合うって、それは?」
「今夜、肉体関係を持ってくれたら、明日両親に同棲の報告。
父親は大威張りで、『ウチの娘は傷物ですから巫女は継げません』って言える。」
「...幾ら何でも、『大威張りでウチの娘は傷物ですから』とか。」
「話にならない。少しも譲ってくれないんだもの。将来を考え直すべきかも。」
「良い、機会です。」 「え?」
「お互い、将来を考え直しましょう。」 「どういう事?」
「出逢って、魚の料理を食べただけで俺を好きになってくれた。でしょ?」
「それは認める、惚れた弱みね。悔しいけど、司君の魚料理は美味しいから。」
「なら星野さんは全力でお見合いを断る。そして俺は、星野さんと、その。」
「肉体関係を持つ覚悟をする?」 「はい、それで。約束します。」
「足りな~い。一週間で新しい釣り場も開拓して。」 「了、解。」
と言う訳で、取り敢えず星野さんの宿題を片付ける。
正直、全く気は進まないが、新しい釣り場の開拓。
何時も通り、グー○ルマップで島の海岸を検索。
星野さんが探すような波止は避けて、でも足場の良い釣り場。
見つけたのは小さな河口。両岸がコンクリートの堤防で足場は良さそう。
橋の近くから堤防にアクセス出来るかもしれない。
今日は取り敢えず、明るい内に様子を見る。
橋に近い広場に車を駐め、橋の周りを探索。
上流側の歩道から堤防に延びる獣道を見つけた。
コンクリートの堤防に降りて、河の様子を見ながら歩く。
頻繁に釣り人が来る場所には色々な痕跡があるが、此処にはない。
まあ、一番近い集落からでも、かなり山側に入った場所だし、
わざわざ此処まで釣りに来る人はいないんだろう。
一番先、河口まで行くと、足下から結構水深があった。
川幅は広くないが、ルアーを沖目に投げて探れば...うん、良い感じ。
ゴマフエダイとかの大物が出た場合に備えて、ギャフを用意すれば完璧。
これは良い釣り場を見つけた。何時の間にか、そんな高揚感に包まれていた。
翌日。日暮れ少し前に、その釣り場へ到着。やはり、広場に他の車はない。
いそいそと釣り具を持ち、堤防へ降りた。目指すは河口。
? 堤防から河に伸びるロープが3本。これ、昨日は無かったな。
...カニ網、か? この場所なら大型のカニもいるだろう。
ただ、釣りをする予定の場所とは少し離れているから大丈夫。先を急ぐ
到着後、念のために装備を再確認。クーラーボックスは大丈夫。
LEDライト、ギャフ、携帯型の香取線香、ナイフ。大小のレジ袋数枚。
あと、水汲みバケツ。全て問題なし。後は竿を継ぎ、ルアーを投げるだけ。
さて、夕まずめの好時合い。勝負は早いだろう。
微かな風が、上流から河口に向かって吹いている。
かなりの好条件。すると...ミノーだな。9cmを遠投、これで様子見。
2・3投に一回、着水直後にアタリが出るが掛からない。魚が小さいのか?
ミノーのサイズを落とすと距離が落ちるだろう。
それに、着水直後のアタリだから、魚は表層付近にいる。
14gのスプーンに変更、これでサイズダウン&飛距離維持。
これが大正解。
30cm近いアカカマスが連発、美味しい魚だ。
一尾ごとに丁寧に締めてクーラーボックスへ入れ、氷袋で覆う。
(魚体に直接触れないように、氷はビニール袋に入れてある。)
その後も釣れ続く。どうやら大きな群れがいるようだ。
サイズが揃っているのも都合が良い。定番の一夜干し、変化球で燻製。
後は3枚におろして冷蔵庫で熟成、星野さんが帰ってきたら刺身。
ふと、キツい匂い。魚の匂いでも、磯の匂いでもない...香水?
上流側で水音が聞こえた。振り向くと、ロープを見た辺りに人影。
やっぱり、カニ網だったのか。仕掛けた人が回収に来たんだな。
おっと、またヒット。これで8尾目?
釣り過ぎ...いや、魚が小さいし、干物と燻製は保存食。
『2人分』だから、もう少し釣っても大丈夫。
それに、もう少ししたら大物が回遊してくるかも知れない。
その後もポツポツ釣れたが、全部カマス。大物の気配はない。
もう20尾近いから、流石に潮時だ。片付けにかかる。
部屋に戻ったらカマスを捌いて、干物と燻製の準備。
星野さんが喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「沢山、釣れたようですね。」
突然、声を掛けられた。ちょっとビビる。女性の、声?
ランタンモードのLEDライトに照らされた甚兵衛っぽい服。
白く、細い脹ら脛。やっぱり女性?
「はい。群れがいたみたいで、カマスが。」
警戒しつつ、当たり障りのない返答で様子を見る。
「カマス、ですか?」 「はい。アカカマスですね、多分。」
女性はクーラーボックスの傍にしゃがんだ。
「見せて頂いても、宜しいですか?」
大きな目、上目遣い。凄い美人、なんでこんな人が此処に?
年上っぽい。顔は何だか、星野さんに似てる。
似てないのは、ゴージャスな、胸の谷間。
「どうぞ、カマスは歯が鋭いので気を付けて下さい。」
ゆるやかに、大きく開いた襟元から、何とか視線を引っぺがす。
怪しすぎる...美人局か何か? でもこんな人気の無い場所で?
手早く釣り具をまとめ、撤収準備完了。
振り向くと、女性はクーラーボックスの中を熱心に確認していた。
「じゃあ、俺、帰るんで。」 女性は俺を見詰めて微笑んだ。
「済みません。この魚、少し譲って頂けませんか。」 「へ?」
「この魚、網カゴでは獲れないんです。」 悲しそうな、表情。
その時、気付いた。女性の足下に、竹で編んだ魚籠。
やっぱり、あのロープ。カニ網の回収? 怪しい人じゃないのか。
「私、この魚大好きなので...あ、代わりにこれ、差し上げます。」
女性が魚籠の中から取り出したのは、メッチャ大きなカニ。
ノコギリガザミ? 最近はTVとかでも取り上げられる、高級品。
草の蔓で、鋏と足を縛ってある。綺麗。 やっぱり、漁師?
「いや、沢山釣れたので、カマスは差し上げます。カニは要りません。」
女性の胸元に目が行かないようにしつつ、カマスを数尾、レジ袋に入れた。
「いいえ、それでは私の気が済みません。」
女性はカニをクーラーボックスに入れて蓋を閉めた。
押し問答になって時間が掛かるのはマズい。何となく、そんな気がした。
クーラーボックスを肩に。素早く女性の脇をすり抜ける。
「カニ、頂きます。有り難うございました。じゃ、これで。」
そのまま、橋に向かって歩き出した。急ぎ足。
「また今度、そう、明日にでも、此処に釣りに来て下さいな。
今度はもっとちゃんとしたお礼を致します。お待ちしてますね。」
釣り場じゃなく、ママさんのいる飲み屋から帰るような気分。
そう言えば、言葉遣いも何となく上品で古風な感じ。それに、あの胸。
いや、あの映像は封印。星野さんが帰ってくるまでに、忘れよう。
後部座席に釣り具とクーラーボックスを乗せる。
運転席に乗り込む前に振り向いたが、女性の姿は見えなかった。
やっぱり他の車やバイクも見えない。
あの女性は歩いて来たのか? でも、一体何処から?
一番近い集落でも数Kmは離れてるのに。
八之皿 『アカカマス①』了
R04/6/25 追記
こちらにも「いいね」を頂きました。
自分でも、かなり気に入っている作品なので嬉しいです。
本当に、有り難う御座いました。




