七之皿 『スマガツオ①』
9/21追記
『スマガツオ①』と『スマガツオ②』の重複部分を修正致しました。
お見苦しい点がありました事、心よりお詫びします。
R04/6/25 追記
こちらにも「いいね」を頂きました。
此処までで一番気に入っている作品なので、とても嬉しいです。
本当に、有り難う御座いました。
七之皿 『スマガツオ①』
「昨日、友達から変な噂聞いたんだけど。」 「何々?」
昼休み。 弁当を食べながら、女の子3人は噂話に忙しい。
上◇さんと、●城さん。それに、山■さんだな。
彼女達から離れて、一人で弁当を食べている。星野さんが作ってくれた弁当。
星野さんは、今日から2日間の出張。出勤前に、空港へ送り届けた。
星野さんは『宿題』を残していったけど、
正直、一人で釣りをするのは気分が乗らない。
「ほら、先週の○山さんの、サメの話。」
「サメに襲われた遺体が見つかったって話?3人、だっけ?」
「そう、それ。」
ドキッとして、聞き耳を立てる。
「3人の内、2人は入院中だったらしいの。
何ていうか、メンタルがやられてたみたいでさ。」
「そんなんで、わざわざ海に行ったの?変じゃない。」
「だ・か・ら、それが、問題なんでしょ。」 「え?」
男が2人、少女を追いかけて海神様の祠の前に。
転倒した少女は倒木に頭を打って意識不明、それは知っていた。
だが、男2人に何が起きたのかは初耳。
上◇さん達の話から察するに、海神様は男達の精神に干渉して、
男達が少女にそれ以上の手出しするのを許さなかった。
当然、2人が見つかったのと同時に、少女も見つかって入院。
そして情報統制が敷かれた、と。 ふむ、これは興味深い。
食べかけの弁当を持って、女の子達のテーブルに移動。
「ね、何だか面白そうな話してるけど。俺にも聞かせてよ。
朝礼で○山さんにあんな事言われて、ホント迷惑してるんだから、さ。」
3人は顔を見合わせた。
「へぇ~、今日から彼女が出張だから、退屈してる感じ?」
「そう、○山さんに釣りは禁止されてるし。面白い事に飢えてる訳。」
「だからって、そんな都合の良い話、有り?」
好感触。あと一押しで、仲間に入れてもらえそうだ。
「あ~、勿論、話聞かせて貰うだけじゃないよ。俺も情報提供する。
女の子が見つかったって日より前、月曜日の事なんだけどさ。」
3人は固唾を呑んで俺を見詰めた。
「朝礼で『女の子が行方不明』って連絡有ったの、月曜だよね。
それで星野さんと2人、海の様子を見に行った。」
勿体を付けて、弁当の卵焼きを食べる、それからお茶を1口。
「もう、焦らさないで続き聞かせてよ。」
「じゃあ、俺も仲間に入れてくれる?」 「OK!」
よし。あとは適当なフィクションに真実を幾つか混ぜて、話を進めるだけ。
上◇さん達が食いついてくれれば、俺の知らない情報が手に入る。
「行方不明なのは、一緒に釣りした子かも知れないって、星野さんが。
それで、◎間の集落を抜けた所にある海岸に行った。え~と、7時頃かな。」
「あ、私が聞いた話と一緒だ。◎間の無料ビーチ。」
「でも、集落からビーチに抜ける道は通行止めになっててさ。
パトカー2台、警察官が5・6人?とてもビーチまでいける状況じゃない。
仕方ないから県道に戻って、コンビニで買い物。」
3人は残念そうに溜息をついた。
「でも、寮に帰ろうとしたら、集落に続く道から救急車とパトカーが出てきた。
何となく気になったから、星野さんと相談して、尾行した訳ね。」
途端に3人の目が輝く。コロコロ表情が変わって、面白い。
此処で唐揚げを1個食べる。
「ね、それで?」
「救急車は◎◆会病院に入った。それを確認して寮に帰ったけど。」
「やっぱり、私が聞いた話と一緒。水野君の話は信用できる。」
「あ、信じてもらって嬉しいから、パトカーの事も話しちゃおうかな。」
「え、パトカーって。パトカーも病院に入ったの?」
「そう。救急車は緊急搬入口だから、誰が運ばれたのか見えないでしょ。
でも、パトカー2台は正面入り口に停まったから、見えたんだ。
降りてきたのは男、警察官に付き添われて。2台ともね。」
「じゃあ、運ばれた男は2人って事?それ、ビンゴじゃん?」
「ちょっと待って。」 話を遮ったのは、●城さん。
最初にこの話題を持ち出して、その後、俺を『信用できる』と言った人だ。
「水野君。今の話、別の場所で誰かに話した?」
「いや。だって今日この話を聞いて、色々思い出した訳で。」
「じゃあ、今からは此処だけの話。絶対、他所で話しちゃダメよ。
友達の話だと、情報が隠されてるみたいだから。」
うん、俺は星野さんに話すし、上◇さんと、山■さんも絶対誰かに話すね。
今まさに、『此処だけの話』が噂として拡まっていく過程の、
最初の切掛を目にしている訳だ。
「それで、その話は誰から?」 「だから友達、◎◆会病院の看護師なの。」
まあ、情報流出の原因は大抵、内部の人間。
「それでね。」 ●城さんの表情は、怖い話専門の芸能人みたい。
「水野君が話した通り、月曜日の夕方、運び込まれたんだって。
行方不明になってた女の子と、男が2人。3人が、◎◆会病院に。」
「女の子は意識不明。頭を強く打ってたみたいで、頭部に内出血。
男2人は酷く取り乱してて、挙動不審。言ってる事も意味不明。
それで、女の子は外科、男2人は精神科に入院した。」
「だ・か・ら、何で男達は海に行ったの?そんな状態でさ。おかしいよ。」
●城さんは深く息を吸い、声を潜めた。マジで才能有るな。
「この前の日曜、訪ねて来たんだって。」 「誰が?」
「霊媒師。ずっと昔から、この島の色々な儀式を取り仕切ってきた家系の。」
「霊媒師なら私も知ってるけど、その霊媒師が、男達を海に連れてった訳?」
「そう。海水で禊ぎをすれば、海の神様が治してくれるって。
担当の医者は反対したらしいんだけど、男達の家族が...」
「そっか。あの霊媒師の言う事、特に年寄りは『金科玉条』だもんね。」
「夕方7時頃、その霊媒師と男達だけ、3人で病院を出た。
『★泊の港に行く、一時間も掛からずに帰れる。』って言ってたらしいけど、
深夜になっても戻らない。連絡を受けた消防のレスキューが★泊港に急行。
3人の遺体を見つけた。港の中なのに、何故か3人共サメに襲われて。」
「遺体は酷い状況だったって、○山さんが言ってたよね。」
「酷いって言うか、まあ、酷いのは間違いないけど。」
「どんな状況だったの?」
「良い?これは噂よ、あくまで、噂。」
「うん。●城さんとは何の関係も無い、根も葉もない、噂ね。」
「見つかったのは頭部だけ。3人共。それで頭部には傷1つ無かった。」
「サメに襲われたのに?」 「そう、不思議でしょ?」 「う~ん。」
さすがに、上◇さんと山■さんはドン引き。黙ったままだ。
そりゃ身近な港に生首が3つ、想像するだけで怖すぎる。
ただ、頭部が無傷で見つかったら、それで遺体の身元は判明する。
つまり海神様の、星野さんへの、意思表示。
『約束通りに処分完了』って事だ。
それなら、欲しい情報はあと1つ。それはきっと、星野さんも同じ。
「確かに不思議だけどさ。」 3人は揃って俺を見詰めた。
「『捧げ物』って聞いた事有る?」 「『捧げ物』?」
「神様に生け贄の人間を捧げて、代わりに豊漁が、みたいな。
そうだ、『人身御供』。その3人と、女の子は、『人身御供』になった、とか。
ああいう話だと、誰が何故選ばれるか判らないって言われてるし。」
「成る程。」 口を開いたのは、やはり●城さん。
「でも、『人身御供』だとしたら、それは3人よ。男達2人と、霊媒師。
女の子の意識は戻って、来週にも退院するみたい。」
よし。ミッションコンプリート、欲しい情報は全て手に入れた。
しかし我ながら、有る事無い事ペラペラと。かなり、星野さんに染まってるな。
「あ、あと10分で昼休み終わりじゃん。
仲間に入れてくれたから、みんなに何かおごるよ。
自販機で、アイスでも、コーヒーでも。」
「自販機なら価格制限無し?」 「勿論。」 「やった~。」
全く、問題ない。『情報は金』、感謝するのはむしろこっち。
「ね、水野君は◎咲港って、知ってる?」
自販機では最高級のアイスを食べながら、上◇さんが話しかけてきた。
「いや、知らない。」 星野さんの釣りメモにも、◎咲港という場所は無かった。
「私、◎城の集落の生まれなんだけど、集落の外れに古い港が有るんだ。
サトウキビで景気が良かった頃、貨物船専用の港だったんだって。
昔は大きな魚が良く釣れたらしいよ。ヒラアジとか、ハタとか。」
「それは、すごい情報だ。ホントに有り難う。
上◇さんと、いや皆に明日も好きな物おごるよ。」
大騒ぎの3人を残して退散。 『◎咲港』か。
何しろ、星野さんの出した宿題は新しい釣り場の開拓。
それが一気に解決できるかも。今日はホントに良い日だ。
終業後、グー○ルマップで『◎咲港』を検索。
確かに、◎城の集落から少し離れて、小さな港がある。
星野さんが探すのは、足場の良い、沖に伸びる波止。
それで、この港を見落としたんだろう。
一旦寮に戻り、釣り具を持って◎城の集落に向かう。
グー○ルマップで分かるのは大体の地形だけ。
実際に行かないと分からない、細かい情報は沢山有る。
9フィートのルアーロッド、中型のスピニングリール。
汎用性の高いタックル(釣り具)を持参した。
これなら28gまでのルアーで広範囲を探れるし、
状況によってはエサ釣りもいける。
取り敢えずジグ(魚型の鉛ルアー)で水深や海底の地形を探ってみた。
...水深が、深い。
満潮とはいえ足下で10m、少し投げると20m。いわゆるドン深。
これなら、岸から大型のハタやヒラアジが釣れるという話も納得。
しかし、釣りをしているのは俺だけ。他に人影はない。車も駐まってなかった。
これには、島の釣り事情が関係している。
一言で言うと、この島の釣りは、ほぼ船釣り。
多くの釣り人はマイボートを持っていて、釣り=船釣りという感覚。
五目釣りでサバやアジをクーラーボックス一杯にしたり、
20~30Kgのハタやヒラアジを釣ったりするのも珍しくない。
わさわざ『滅多に釣れない』陸っぱりの釣りをする人は少数派。
土日、子供達や老人が足場の良い港で釣りをしている位だ。
上◇さんが『昔は大きな魚が良く釣れたらしい』と言ったのは、
この港が賑わっていた頃、此処で働いていた人の話だろう。
仕事が終わって一杯飲みながら夜釣り。仮眠して、早朝から働く、とか。
暫くジグを投げ続けたが、全く反応が無い。
宙層用のミノー、表層用のペンシル。ルアーを変えても反応なし。
(ミノーもペンシルも小魚を模した大きめのルアー)
時代は変わって、港は寂れた。 此処は『強者どもが夢の跡』という事か。
「明るいうちから場所取りか。感心感心。」
背後から、声を掛けられた。振り返ると、体格の良い老人が立っている。
「しかし最近は、この港で釣りをする者は滅多にいないが。
それに兄さん、初めて見る顔だな。余所者、か。」
「はい。仕事で、今年この島に。」
「成る程な、道理で妙な釣り具を。ちょっと見せてみい。」
人の良さそうな笑顔。思わず釣り竿を手渡した。
「ふーむ。そうか、そうか。」 老人が注目しているのはリール。
「これなら、かなりを遠くに仕掛けを投げられる。だが。」
悪戯っぽい、笑顔。
「今は、いくら遠くに投げても、釣れん。」
人の良さそうな笑顔だが、言ってる事は少々ムカつく。
「どうして、釣れないと言い切れるんですか?」
「その疑似餌。食い気の有る魚がいないと意味がないだろう。」
「それは、そうですけど。」
確かに、対象魚が回遊してくれない状況だと、ルアーは分が悪い。
「逆に。」 「はい?」
「魚がいれば、遠くに投げなくても大物は獲れる。見せてやろう。
老人は軽い足取りで歩き、小さな小屋へ向かった。思わず後を追う。」
鈍い金属音、小屋の扉が開いた。
老人が小屋から取り出したのは、竹の継ぎ竿と、ロープ(?)の仕掛け。
「これを使うのは、随分久しぶりだな。」
老人は喋りながら竿を注いでいく、2本、3本、4本、5本?
「長っ。それ鮎竿くらいありますよ。」
「これが鮎竿だと?馬鹿言え、島の名人に散々無理言って、
ようやく作って貰った大物竿だぞ。長さは3間半。」
1間は約3mだから、10m50cm? やっぱり鮎竿並の長さ。
「それにリールシートが無いですよ。」 「リール?ああ、その糸巻きか?」
老人は楽しそうに微笑んだ。
「『大縄釣り』で糸巻きは使わん。」
「まさか、延べ竿で仕掛けを投げるんですか?」
リール無し、小さな池でフナを狙うならともかく、海では。
「おうよ。秘密は、この仕掛け。『大縄』だ。」
老人はニカッと笑って、それこそ縄のように太い釣り糸の束を掲げた。
しかも、この束の様子からすると相当な長さ。
「大縄の長さは23尋半。その内、手元の分が5尋半。」
23尋半? 1尋は両腕を伸ばした長さ、1.8mだとしたら、40m以上?
「そんな長い仕掛け、どうやって?」
老人は俺の問いに答えず、ロープの束を解いた。
多分、手編み。物干しのロープ位の太さから徐々に細くなっている。
焦げ茶色に見えるのは、油か何かを染み込ませた防水&強化処理?
太い部分の先端には結び目が有り、
老人は竿尻に空いたスリットに結び目を引っかけて固定した。
よく見ると、竿の先端部分に針金のガイドが付いている。
1m程の間隔を空けて、3個。
老人は竿の先端に向けてガイドに仕掛けを通していく。
そして仕掛けの先に、これは。
「角ですか?」
ツノは文字通り獣の角や、時には貝殻を利用した疑似餌。
言わば、古典的な和製ルアー。
「そう、角だ。若いのに良く知ってるな。
これも名人に作ってもらった。夜光貝の貝殻を使ったから、高く付いたぞ。」
老人は組み上がったタックルを持って、岩壁の端に立った。
大きな輪っかを作るように、仕掛けを岩壁に置く。
仕掛けは全体的にコシが強く、かなり重そうだ。
「この釣りを見るのが初めてなら、少し離れてろ。」
老人はニッコリと笑った。 言われた通り、距離を取る。
!? 何だ、これは。
大きなモーションで竿を海に向かって振り、それを戻す。
仕掛けは綺麗なループを描いて宙を舞った。
ああ、そうか。これは...フライと同じ理屈だ。
フライフィシングのオーバーヘッドキャスト、その超大型版。
一層大きなモーションで老人が竿を振ると、
仕掛けの縄は小さなループで鋭く沖へ伸びていく。やはりフライと同じ。
仕掛けが伸びきったところで、ツノが着水。
ゆっくりと竿を立てると、ツノは海面を滑って来る。
竿が垂直に近くなると、一気にツノを引き上げて、竿を背後に振りかぶる。
そして流れるようなモーションで2投目。
ツノが海面を移動する距離は10m位だろう。
ナブラ打ちなら、10mでも魚が食いつく可能性は十分。
しかも、キャストの方向をずらしながら、海面を扇形に広く探れる。
仕掛け全体が重いから、少々風があっても、キャストの妨げにはならない。
...素晴らしい。古い釣法だろうけど、本当に凄い。
「時が来てナブラが沸けば、これで十分釣れる。
だが、今はナブラが無い。だから兄さんがどんだけ投げても釣れん。」
「これは、凄い釣りですね。この島では、昔から?」
「いや、儂が持ってきた釣りだ。18の時から4年間、神奈川で働いてな。
その時に習ったのさ。師匠は、この釣りの名人と言われた人だ。
この島に戻って、何人かに釣り方を教えたが、
既に糸巻きを使う釣りが普及してたから、ほとんど広まらなかったよ。
結局、儂を含めて数人だけだったなぁ。
ま、時代が変わったって事だな。この釣りは儂が始めて、儂で仕舞いだ。」
この老人が18歳の時に習った、
そしてリールが普及する以前から行われていた、釣りの技法。
この釣りには、一体どれだけの歴史が有るのだろう?
こういう伝統釣法に触れる機会は貴重だし、
その伝承者と実際に会えるなんて、千載一遇のチャンス。
「こんな、素晴らしい釣り方が消えてしまうのは勿体ないです。
師匠。どうか、その釣りを俺に教えて下さい。お願いします。」
「この釣りは、向き不向きがハッキリするぞ。」
「頑張りますから、是非。」 「まぁ、良かろ。兄さんは見所が有りそうだ。」
それからたっぷり1時間、師匠の教えの元、仕掛けの縄を投げ続けた。
七之皿 『スマガツオ①』了
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