先付け 『出会い』
離島の釣りと、釣りにまつわるグルメ・恋愛・オカルト事情。
別系統の作品よりもオカルト成分は少なめですが、悪しからず。
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
随分前に投稿した作品ですので、とても嬉しいです。
何よりの励みになります。本当に有り難う御座いました。
『先付け/出会い』
金曜。珍しく仕事が定時で終わり、夕食前の散歩を思いついた。
10月2日...何となく感傷的な気分だ。 就職して、そろそろ半年。
最初の頃は仕事が終わると疲れ果て、コンビニ弁当をかっこんで寝るだけの日々。
でも最近になってようやく、帰宅後に散歩でもしようかという余裕も出てきた。
でも、何処へ行けば良いのか。何をすれば良いのか。
故郷から遠く離れた赴任地だから、土地勘もない。
たまに同期の仲間と飲みにいくことはあったが、
頻繁に連絡をとるような関係ではない。
考えあぐねて、ふらりと出かけた公園の向こうに、眩しい青...海。
ああ、そうだ。海と、釣り。
オレの父親は釣りが大好きで、物心ついた頃から、オレも自然に釣りをしてた。
そう言えば、国道から会社の独身寮向けに曲がる交差点。小さな釣具屋がある。
そこで適当な釣り具を調達すれば...
いや、この島に赴任する事が決まって、持ち込んだ釣り具も結構ある。
我ながら、名案。 ただ、今の時期、ここでどんな魚が釣れるのか。それが問題。
だが、答えを得るのは難しくない筈だ。海が有れば、大抵は釣り人がいる。
それらしい海岸をまわり、釣り人を見つけて観察すれば良いのだから。
とりあえずは、この先に見える海から始めて...
早速、見つけた。公園の外れ、堤防に立ち、竿を持つ細身のシルエット。
竿の長さからして、ルアー釣り?
更に近づいて観察。軽く束ねた長い髪、女性。
あ? その横顔に見覚えがあった。あれは同期の、確か、星野さん。
遠く離れた土地から赴任してきたのは俺と似ていて、
何より、好みのタイプだから印象に残っている。
ただ、何となく冷たい雰囲気。職場の飲み会でも話しかけるのはためらわれた。
と言うより、そもそも話しかける機会自体がなかった。
彼女は必ず、誰よりも先に飲み会の会場を後にしてたし、
職場では『鬼』と呼ばれる程の手際で仕事をこなし、毎日定時で退社してたから。
突然、星野さんの体が跳ねて、竿が満月にしなった。
思わず駆け寄って様子を見守る。
息詰まるやりとりの末、星野さんは一気に魚を抜きあげた。
激しくのたうつ魚体が美しい銀色に輝いている。良型のタチウオ。
地面に落ちたタチウオがルアーから外れ、オレの目の前に滑ってきた。
タチウオの歯は鋭く、暴れている状態だとかなり危険。
余計なお世話かもしれないが、タイミングを計って頭を踏み、押さえつける。
「すみません、危ないから、今、あ...」 星野さんも俺に気付いたらしい。
「慣れてるから大丈夫です。ナイフとか、持ってますか?」 「はい。」
星野さんはポーチからナイフを取り出し、鞘から抜いた。
「これを。」 よく見る、赤い柄のフォールディングナイフではない。
黒い木の柄、夕陽を妖しく反射する細身の刃。 女性が、これを?
血抜きのため、受け取ったナイフでエラを切る。 呆気ないほど軽い手応え。
とんでもない切れ味...もしかしたら、この人は『釣り師』?
「ありがとう。」
星野さんはポケットから取り出したレジ袋を裏返し、右手に被せた。
動かなくなったタチウオをくるくると巻き、レジ袋を返す。
一切の無駄や遅滞のない、流れるような動き。思わず見惚れてしまう。
綺麗な横顔。少し、気まずい。何を話せば良いんだろう。
「良いな~。タチウオ、美味しいですよね。」
「...普通に皮を炙って、刺身にしようと思ってるんだけど。」
「それでも良いし、潮汁、蒲焼き。それに、バター焼き。
このサイズなら何でも、それこそフルコースいけそうじゃないですか。」
「フル、コース?」 星野さんの眼がキラリと光った、気がした。
「いや...調味料の都合とかあるし、確実にフルコースとは言えませんけど。」
「でも君は、炙り刺身以外の料理が作れるんでしょ?」 「ええ、まあ。」
「お願い。私、魚料理が得意じゃないの。だから、作って。」
「は?」 このタチウオで料理を作る、オレが? 全く話が見えない。
「君も寮に住んでるでしょ、男の子だから1階?」 「はい。1階です、ね。」
「私、3階。3-B。」 腕時計を見て、少し考えている。
「じゃ、6時30分。3-Bに来て。」 「いや、あの。」
「お礼に、とっておきのお酒を御馳走するから。白ワインでも、日本酒でも。」
まるで風のように、星野さんは寮の方向へ駆けていく。
これは、夢、か。 ふと、時計を見る。6時13分、集合時間まで17分。
何かのサプライズ? 可能性はある、イベント好きの同期に心当たりが...
でも、オレが近づいたタイミングで魚を釣るなんて芸当、出来る筈がない。
それに今日、オレがあの公園に行くことを知っている人はいない。
何より、「作って」と言った時、星野さんの表情は真剣だった。
その真剣さに応えたい、寮に着いた時には、そんな気になっていた。
そうなると、あまり時間が無い。
星野さんの部屋、料理道具や副材料の予想が付かないからだ。
最低限の料理道具と副材料は持って行くべきだろう。
愛用のペティナイフをタオルでくるむ。鍋は使い慣れたもの、大小2つ。
あとは...お題がタチウオなら、実家から送られてきた白胡麻油。
それととっておき、オニグルミのチップをひとつかみ、ラップに包む。
全部まとめて大きなレジ袋に入れる。うん、準備完了。
6時28分。
さて、鬼が出るか蛇がでるか。深呼吸をして、階段に足をかけた。
先付け 『出会い』 完
正真正銘の新作。
こちらは不定期更新ですが、頑張ります。