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王子よ! 恐れながら申し上げます! ~少年貴族、愛しの悪役令嬢を救わんと奔走す~  作者: 萩原 優


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第9話「忠犬と令嬢」

 ハル・クオンがシルヴィア・バスカヴィルと出会ったのは、貴族学校に入学して半年後の事だった。


 普通、余裕のある貴族は家庭教師に基礎教育を受けるか、初等部に入学して基本的な教養を身に着ける。ハルの様に高等部から入るのは大抵貧乏貴族と相場が決まっている。


 勉強もそうだが、生活は貧窮した。


 貴族学校は国費の他に上級貴族や豪商の寄付によって運営されている。エリートは「自分たちがエリートを育てている」とアピールしたがるもので、お陰様で学費と寮費は免除ではある。

 しかし魔法実習で使用するパウダーや衣料品などの諸経費・昼食や休日の食費・肝心要の研究費はスポンサーを探すなり、自分で稼ぐなりしなければならない。


 勇んであちこちに資料を抱えて研究のプレゼンをして回った彼を出迎えたのは嘲笑か無関心、あるいはその両方だった。

 散々走り回って騎士団で事務補佐の仕事を得たことで、昼と休日は絶食する生活とおさらばはしたものの、それもほとんどがパウダー代に消えるか、質の悪い上級生にファギングの名目で巻き上げられた。




 あの日、建国記念のお祭りに合わせ、貴族学校でも夕食会が催された。そのはす向かいの席にシルヴィアは居た。

 実体はともかく、建前は校内での評価は爵位によらず、学力と人望で判断するので、席次は完全にランダムである。これは下級貴族に上級貴族への対応を学ぶ機会を与える意図もあった。


 メニューやマナーについては、事前にアンチョコが出回っていて、それを上手く手に入れて予習するのも勉強のうちとされていた。ハルも件の先輩に散々たかられた結果ようやく手に入れたが、間の悪い事に王都近辺に飛竜の来襲が相次いだ事で書類の山が出来、烏丸の補佐で対応に追われた結果、後回しにしてしまっていた。


 前日の夜にやれば良いと思っていたが、アンチョコを仕舞った机から出てきたのは、成れの果ての燃えカスだった。給料日前で要求されるであろう対価も用意できず。何の用意も無しに夕食会に参加したハルは、ガチガチに緊張して高価な料理も味すらわからない。


 意地の悪い事に、出された料理はやたら名前の長い物や、普段食べ慣れないものばかり。それをホストの教師が「お味はどうですかなお客様?」と揺さぶりをかけて行く。その際、古代語で記された料理の名前を正確に発言しなければならない。


 ハルが感想を問われた料理は「ダルタニアテウクロイ湖産サーモンのポアレ、新鮮な海の恵みの北海エビとハーブソースを添えて」と言うものだった。

 ただでさえ真っ白になった頭が、上級貴族であり、絵本から出てきたようなシルヴィアの完璧な立ち振る舞いを前にして、完全にフリーズした。


「け、結構な『サケの揚げ焼き』でした」


 絞り出した言葉はとんだ場違いなものだった。周囲の者は皆笑いを堪えて肩を震わせる。

 ハルの態度から事情を察した教師だが、毎年このような「事故」は起こる。来賓も来ているので、指導の手を緩める訳にはいかず、叱責の為に口を開こうとした。その時、はす向かいのシルヴィアがおもむろに、しかし優雅にフォークを取り上げて、サーモンを口にした。


「うん、確かにこの『サケの揚げ焼き』は旨い」


 そう言ってにっこりと教師に笑いかけた。含み笑いで満たされていた席上は、たちまちのうちに静まりかえった。彼女の意図を察した教師は「お喜び頂いて、光栄です」と、こちらも優雅に一礼し、次の生徒に対応し始めた。


「あ、あの……ありがとうございます」


 消え入りそうな声で礼を述べるハルに、彼女は素知らぬ顔で言った。


「何故礼を言う? 私はただ料理の感想を言っただけだ。せっかくの夕食会だ。食事を楽しもう」


 そう言って、絵になる仕草でワインを手に取った。


 王都に来た時、自分も貴族でありながら「貴族」と言うものが何処か遠い存在に感じていた。故郷の事も何度馬鹿にされたか知れない。周囲は自分を財布かサンドバックだと思っていると考えていた。

 だから嬉しかった。わざわざ恥を被って何の得にもならないハルに手を差し伸べ、飾り気のない優しさを示してくれたシルヴィアが。


 自分もこんなんじゃだめだと思った。


 卑屈さを捨てて、校則や法律を読み込んで自分の武器を把握し、主張すべきは主張し、目を付けた人の好い教員に近づき、積極的に雑用を引き受けて味方を作った。校則を冒して労働の上前をはねていた上級生には、負債分をきっちり返金してもらった。

 相手の家が躾に厳しいと下調べした上で「僕は差し上げるつもりでお貸ししましたが、万一ご実家に知られたら大変ですよね?」と囁いてやったら青い顔をして、半年かけて返済してくれた。


 バスカヴィル公爵家がクリエンテスを募集していると知ったのは、その1か月後だった。


 そのときもまた時間をかけて準備と下調べを行った。シルヴィアが好む言い回しや食いつきそうな切り口を研究した。

 数日にわたる審査後、講堂に集めらた50名近い人数から選ばれたのはたった三人。ハルは含まれていなかった。無念さはあったが、絶望は感じなかった。むしろ「次」はどんな切り口で彼女に認めてもらおうかを考えていた。

 ところが、教壇で話を終えるかと思ったシルヴィアは、再び口を開いた。


「なお次の研究は、はっきり言って将来性に太鼓判を押す事ができない。したがって公爵家から預かった資金で支援するわけにはいかないが、切り口として大変面白い。よって公爵家よりは少額だが、私が個人的に支援しようと思う。その研究は『恋愛と魔力変換効率の相互関係』、研究者はハル・クオンだ」


 ある意味、最も求めていた結果だった。拍手をする落選者達は一様に戸惑いか、怒りか、憎しみの表情を浮かべていたが、まったく気にならなかった。


 誰かに認められた嬉しさで涙を流すのは、父親にお前はもう一人前と言われて以来の事だった。

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