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王子よ! 恐れながら申し上げます! ~少年貴族、愛しの悪役令嬢を救わんと奔走す~  作者: 萩原 優


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第20話「僕がしあわせにします!」

「まず前提として、僕は人間の脳と魔力変換率に深い関わりがあるのではないかと考えました」

「ふむ、まあそうだな。ハルの研究に従えば、魔法は心と相互関係にあるはずだから」


 ハルは頷く。そこが彼の出発点ではある。だが最近そこに新たな視点が加わった。


「三ヶ月前、旧文明のログが発掘されてその一部が公開されました。それによると、人間の脳は化学物質、つまり薬品を自分で作り出すことによって、感情や気分をコントロールしているそうなのです。例えば事故に遭った時、脳から興奮物質が分泌されて、恐怖や痛みを和らげるとか」

「それは、本当なのか?」

「今の医学では、実際にそれを試すことは出来ませんが、そう考えると色々辻褄が合うと思いませんか? 実際怪我をした時は痛くないのに、後になって痛みだす経験は誰でもあると思います」


 一同は半信半疑と言った体だが、烏丸は「続けてくれたまえ」と促す。


「最初に断っておきますが、ご存じの通り魔法を使いこなすには、大変な才能と努力が必要です。その上で僕は、著名な魔法使いが恋愛によって魔力変換率が向上した例を分析したところ、2種類のパターンがあることに気付いたんです」

「2種類?」

「ええ、まず変換率が80から90%の例、これは異性と付き合ったり、結婚したりした直後に発揮されます。ところが、そのまま維持される例も多いですが、その後落ち込む事も多い」

「どういうことだ?」


 シルヴィアがと疑問をぶつけるが、烏丸が「まあ、最後まで聞こうじゃないか」とハルに視線をやる。ハルは頷いて、「もうひとつの例」を開陳した。


「一方で、変換率が100%を超える例です。これは付き合い始めて長かったり、付き合いたてでも知り合ってから時間があったり、それから子供がいる場合も100%を超える事があります」

「つまり、100%越えとそうでない例は、全く別の現象と言うことか?」

「正確には、脳から分泌される薬品が違う種類なのではないかと。人間は恋をすると、胸が熱くなったり、テンションが上がったり舞い上がりますよね?」


 エマがうんうんと首肯する。うらやましいなと素直に思いつつ、ハルは話を続ける。


「ところが両親を見ていると、特に舞い上がったりいちゃついたりするわけではありません。でも言葉の端から愛情は伝わってくる。つまり、魔法を強化するのは『恋』を呼び起こす薬品と、『信頼感や幸せ』をつかさどる薬品があり、後者の方がより高い魔力変換率を発揮できると言う事なんじゃないかと」


 練習場が静まり返る。皆がハルの言葉を咀嚼しつつ、判断しかねていた。


「にわかには信じられない話だ。だが、その理論があれば様々な事に説明がついてしまう。伝説級の魔法使いでも、奥方や子供と死別して魔力が弱まった例がいくつもある」

「僕は前者を〔パトシン〕、後者を〔フィークシン〕と名付けました。パトシンは『情熱(パトス)』から、後者は愛情の象徴である『イチジク(フィーグの実)』から取りました」


 黙り込んだ一同に不安になり、「あの、駄目だったでしょうか?」と聞いてしまう。最初に沈黙を破ったのはシルヴィアだった。


「ハル! この話は他の者に絶対するな!」

「え? しませんよ。シルヴィア様のお金で研究させて頂いてるんですから、まずシルヴィア様に報告するのが筋です」

「そういう事ではない。ハルの仮説が本当なら、魔法学の大革命だ。もし仮説が証明されれば各国からスカウトがわんさか来るぞ」


 よけいな事に「ついでに刺客もくるかもしれんのぉ」と烏丸がつぶやく。流石のハルも青くなった。


「今までは、『恋愛と魔力変換率の関係性』と言うふんわりしたテーマでしかなかった。しかし仮説とは言えこれは立派な『理論』だ。今の話を聞けば、貴族や商人の中に『金を出す価値はある』と判断する者も出てくるだろう」

「研究ノートを机に入れておくのはもう止めたほうがいいわ。すぐに研究棟の個人用金庫を借りなさい。シルヴィ、さすがに今から護衛とかは考える必要はないかもだけど、研究が証明されたら、必ず信頼できる人間を付けてあげて」

「ああ、分かっている」

「ええと、あの……」


 戸惑うハルの肩に、シルヴィアの両手が乗せられた。


「今までお前の研究がここまで凄いものだとは思っていなかった。すまななかった。お前は本当に凄いやつだ」

「……っ!」


 今までの人生で、人に認めてもらえた事は何度となくあった。だが今の言葉ほど心を揺さぶられたことは無かっただろう。


(僕は、幸せ者だ)


 そう思ったら、涙が止まらなかった。おろおろと慌てるシルヴィアを、エマが首を振って宥める。補佐官はにこにこと生暖かい視線を送ってきた。


 王都に来てよかった。ここに居てよかった。世界は、すばらしいものだったんだ。 




◆◆◆◆◆




「でもハル君、今の話でどうやってシルヴィを助けるの?」

「それなんですが……」


 ハルは眼鏡を直しながら、今後のことを提案する。


「フィークシンは幸福感によって分泌されます。それなら僕がシルヴィア様を幸せにすればいいんです」

「!!!」


 爆弾発言に、反応は三者三様だった。シルヴィアは赤面して絶句し、エマは黄色い悲鳴を上げる。烏丸補佐官はヒューッと口笛を吹く。


「なっ、なっ! お前、本気かっ!?」

「ハル君偉い! お姉さん応援しちゃうわ!」

「あー。吾輩一度結婚式で『三つの袋』の話とかしてみたいと思ってたのよねー」


 一方のハルは「結婚式? 何のことです?」ときょとんとしていた。


「要は多幸感を感じれば良いんです。これから決闘の日まで、シルヴィア様の好物を調達しますし、喜ぶようなお話を聞いて回ってきます。今やってる芝居やイベントも好みのものは全部調べます。あと、しばらく公務も後回しでしょうから、空いた時間は僕とエマさんが話し相手になれば良いと思うんです。フィークシンは、家族や友人・・といる安心感でも分泌されるようですので」


 我ながら名案と思ったが、エマは「ハル君、減点!」と斬って捨てた。シルヴィアは胸に手をあて、何やら安心した様子。


「え? あの、何か悪かったでしょうか?」

「全部だよ! 全部悪いよ!」


 その日はドタバタとせわしなく終わりを告げたが、最初のような深刻な空気に満たされることはもうなかった。結局、面倒臭がる烏丸を口説き落とし、毎日剣を見てもらう事になった。


 決闘の日が1週間後と決まったのは、その翌日だった。

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