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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 December

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ABT14. forget it at least now (4)

 シャロンは「付き合ってもいない人とそういう関係だったことがあるのは、やっぱり遊び人だ」と、ぼやいた。

「好きだった人には遊ばれていただけですよ。キス以上してませんし」

 フランツは箪笥に入っていた大きめのタオルと寝衣と、水をグラスに入れて差し出した。

「嘘。めちゃくちゃ手慣れてる」

 シャロンはグラスを受け取って一気に飲み干すと、タオルに包まってベッドの端の方に逃げた。そしてタオルから目だけ出して「信用ならない」と言うと背を向けた。


「怒ってるんですか?」

「別に」

「じゃあ、なんで逃げるんですか」

 少なからず傷付きながら、フランツは寝衣を身に付けてソファのほうに戻った。

「だって。その人とはしてなかったのに何で手慣れてるの? 他にもそういう人がいたんでしょ?」


 貴族の家では、男子がある程度の年齢に達すると、『教育』のために専属の使用人がつく。シャロンは貴族の生まれとはいえ一人娘だから、そんなことは知らないのだろう。わざわざ教えることでもないし、初恋の夢まで壊してしまう可能性もあるから、どう言い訳したものかとフランツは考えあぐねた。


「こういう場合にこうしましょうというのを、家で教え込まれたんです。とくにうちは礼儀作法にうるさい家なので」

 微妙にぼかした言い方をしてみたが、シャロンは知識だけで出来るわけがないと反論した。

「どういう内容か教えましょうか?」

「いい」

「そんなに上手かったですか?」


 シャロンは目だけのぞかせたままフランツを睨みつけた。不意に、扉の隙間からのぞいていたルピナスを思い出してしまう。

「それ、ちょっと怖いんですけど」

「ほんとにフランツが遊んでなかったか、お姉さんにこっそり聞くから」

「病院まで来て下さるんですか? 長くなるかもしれませんし、帰りは一人で何とかしますよ。お忙しいでしょう?」

「ふーん……用が済んだら後は放置?」

「……え?」

 時々飛び出す言葉が危険なので、返答に困らされる。

「冗談だよ。日曜の昼までなら時間があるから、邪魔じゃなかったら一緒にいる」

「邪魔なんかじゃないです。ありがとうございます」


 シャロンはタオルから頭を出すと、隣に座れとばかりにベッドを叩いた。

「君、その敬語をやめないか」

「これ、もう抜けないので……」

「ならば、それがしもこの喋り方をやめないぞ」

 シャロンが大真面目にいかめしい顔つきをしながら言うので、フランツは思わず吹き出した。

「それはちょっと困ります」

「そうだろう。某からすれば、君はこういう喋り方をしているようなものだ。なんだか違和感がある。よそよそしい」

「おっしゃることは分かるんですが」

「やり直し」

「言ってることは分かるんだけど」

「よろしい。続けたまえ」

「前にも言いましたが、これは子どもの頃から……こういう話し方をするように……教育されているから。あと、母語はガリア語だし」

「でも公用語でも、くだけた話し方くらいできるだろ。そうそう、先生から話はいろいろと聞いたぞ、悪ガキめ」


 シャロンの目が意地悪そうに光る。あのジジイ、余計なことを言ってないだろうな!

「ベッドに枕でダミーを作って逃亡したり、玄関前の雪を掘って落とし穴を作ったり、虫がいっぱいに入った箱を門に仕掛けたり、窓からひさしを伝ってお姉さんの部屋に入って隠れたり……ふふ……ちょっと可愛い……」

「笑わないでください! 当時は本当に辛かったんだ!」

「そこ、『笑うな』でしょ」

「『そこは笑うなと言いたまえ』でしょう」

「あーもう! 私のために頑張ってくれないの? ……あー、やっぱりこういうのはガラじゃないわ」

 シャロンは自分で言っておきながら、寒気がしたかのように体を震わせた。


 先程までは散々甘えたり誘惑したりしてきたくせに。だが、冷静になって恥ずかしがる一面を見られたのはラッキーだとも思ってしまった。

「今の、もう一回」

「は? やだ」

「やってくれたら頑張るかも。ほら、ちょっと声のトーンを上げて上目遣いでどうぞ」

「……その顔、なんかやだ」

「そんな、顔が嫌だなんて言われても」

「顔つきが嫌だって言ってんの。このロールキャベツ男子!」

 投げつけられた枕を回避できず、まともに顔面に喰らってしまう。

「うっ……どういう意味?」

「草食に見せかけて中身が肉食ってこと」

 シャロンはくるりと向きを変えるとベッドに転がった。

「もう寝る。あっち行け。自分、ソファで寝るって言うてたやんけ」

 フランツは、調子を狂わせている彼女が可愛くて思わず笑ってしまった。


「元気出してくれたんなら、よかった」

 背を向けたままで彼女は小さく言った。フランツは、はっと気が付いた。

「気を遣わせてすみませ……ごめん」

「それはいい。だってさ、ちょっと気が抜けると顔に出てるよ。お父さんのこと、殺してやるとか言ってたけど、本当はものすごく心配してるよね」

 フランツは否定の言葉を口にしかけたが、飲み込んで彼女の背中を見つめた。

「家族って簡単にいかないよね。友達や恋人みたいに選べないから。私も親戚とうまくいかなかったから、ちょっとは分かる。別に無理に仲良くしなくていいよ。距離を置くのは正解。でも、言いたいこと遠慮しないで言っていいのって、家族くらいだから、ちゃんと言えばいいじゃん。あんたが嫌いだったって、ふつうに愛してくれなかったくせにって怒っていいんだよ」


 何か答えようとしたが、うまく言えない。この人は、心が真っ直ぐで温かい人だと思う。羨ましいのかもしれなかった。

「シャロンは、なんていうか……優しくて強いな」

「そうでもないよ」

「いや、そうだと思う」

「じゃあ、そういうことにしとく。ほら、寝るよ。電気消して」

 彼女は寝返りを打って、こちらをじっと見つめた。

「隣で寝ていいんですか?」

「勝手に触らないと約束するなら許可する」

「あー……寝ぼけてうっかり触ったらどうなりますか?」

「また敬語に戻ってるぞ。その時は蹴り落とす」

「ひどい」


 翌朝、フランツは暑さで目覚めたのだが、それはシャロンに抱き枕代わりにされていたからで、さらには首に噛みつかれていたせいだった。とりあえずベッドから蹴り落とされるようなことにはならずに済んだらしいが、首には、くっきりと歯型がつけられていた。

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