ABT1.5. addiction (2)
リアナの後ろ姿を目で追っていた艦長は、扉が閉まる音がすると目を瞑り、壁に体を預けた。
「せめて艦長さんはシャロンさんに本当のことを言ってあげたらいいのに。ずっと探してるんですよ?」
彼は肘をついて、首を横に振った。
「知らないほうがいい。君も知っての通り、僕は亡命者だぞ」
「そうですが、あのままじゃ可哀想です。しかもこの間、婚約者も振ってしまったんですよ!」
「はあ……親が苦労して纏めたっていうのに、あの跳ねっ返りめ。そんなに嫌だったのか」
「あなた、本当に鈍いんですね」
「何が?」
「分かってないんですか?」
ルピナスは腰に手を当てた。彼はため息をついた。
「分かってるよ。あそこまで露骨にされて分からなかったら、さすがにバカだ……あれはアヒルの子が、生まれて初めて見た個体を親だと認識してついていくのと同じだよ」
「人のことを言えるんですか?」
艦長は嫌そうな顔をした。
「死んだって言っといてくれ。そのほうがいい」
「私に嫌な役目を押し付けないでください。ご自分でゾンビか幽霊だと言ったらいかがですか」
彼は「ひどい。でも名案だ」と呟いた。
「まさか、こんなに近くにいるなんて思わなかった。再会できるなんて思ってもみなかったから、どうすればいいか分からないんだ。会うのも会わないのも正解だとは思えない」
「もし私がシャロンさんなら、身に危険が及ぶとしても、生きているということくらい知りたいと思いますし、会えるのなら会いたいと思います」
「そうか」
「そうですよ。だって、人間、いつ死ぬか分からないじゃないですか」
彼はしばらくの間、磨かれたカウンターの上を揺れる青い照明を見つめていた。
「次はいつ来られそうですか? 来週の土曜はハロウィンですから、何か企画しようと思っているんです」
「何も予定はないと思うけど」
「シャロンさんもお呼びします。来てくださいますね?」
「……急用がなければね」
「嘘はよくありません。本当かどうか、アストラさんに聞けばすぐ分かりますからね」
ルピナスが詰め寄ると、彼は「分かった分かった」と降参した。
「ところで、さっきの青年は帰ったのかい?」
「いえ。無事働いてくれることになったので、ベッドをお貸ししました」
「おや、よかったね。もし相当の手練れなら、うちにも誘ってみようかな」
「そんな、困りますよ。雇ったばかりなのに。うちの方が条件がいいんですから、引き留めます。それに帝国では剣なんてそんなに使わないでしょう? 」
「はは、そうだね」
「頭痛、良くなりました?」
「少し。というわけで、最後にするからあれを頼むよ。半分でいい」
あれだけ泥酔しておきながら、彼はまだ呑気な顔で微笑んでいる。その仮面とアルコールが、彼にとっては自らを守る術なのだろう。彼がこの小さなバーに来てくれるのは、母国語であるアルビオン語でルピナスと気楽に話しながら好きな酒を飲めるからだ。
彼は、ふと気を許した瞬間に仮面の下の顔を見せることがある。弱虫な死にたがりの顔も、憎悪に震える顔も、報われない想いに絶望する顔も、ルピナスは知っている。ともすれば自らが生み出す闇に溺れそうになる感覚も、ルピナスにはよく理解できる。
とはいえ、救い出すことはできない。酒と相槌は一時凌ぎにしかならない。だからといって無駄だとは思わない。それが、初代マスターがこの場所に、目には見えない看板を掲げた理由だ。だからルピナスは盛大にため息をついた。
「ほんとに最後ですよ? スメラルダ・ヴェルドですね。承知しました」
なんと、この1.5話を知り合いの作家さんに朗読していただきました。
第八のコジカさんです。
https://www.youtube.com/watch?v=QjrTmeU9fnM&t=552s
37分ぐらいから始まります。
人生で一番緊張しました。酒を飲んで耐えました。
艦長がヘタレではなく渋い感じです。
イケボなので、よければ聞いてみてください。