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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 December

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ABT13. after thirty years (3)

 グラスの半分ほど飲んだところでフランツは撃沈し、カウンターに突っ伏して眠り始めた。

「ねえ」

 ブランケットをフランツの肩に掛け、ティスはルピナスに問う。

「フランツ君のこと、好きでしょ?」


 ルピナスは数回瞬きしてから、首をわずかに(かし)げた。

「ええ、可愛くて、いじり甲斐のある弟子ですよ」

「そうじゃなくて。男として見てるって意味よ」

「何を言ってるんです? そんな訳ないですよ」


 ティスは目を細めて微笑んだ。笑顔を向けられたルピナスは、口を尖らせる。

「もう、何なんですか。嘘なんかついてません」

「そう? じゃあ私の気のせいね。彼を見てるときの表情が、いつもとちょっぴり違う気がしたの」

 ルピナスは不機嫌そうな顔をしていたが、小さくため息をついた。

「これは、まだ恋でも何でもありません」

「ふふ、どうかな。気になるんでしょ? 今ならこっそりキスくらいできるかもよ。そしたら好きかどうか分かるんじゃない?」

 言いつつ、ティスはフランツの頬をつつく。反応はない。

「私はシャロンさんを裏切ったりしません。最後は友情です」

「そんなこと言ってるから、泣いてばかりなのよ」


 ルピナスは背を向けた。

「私はエメラじゃありません。恋というのは叶わないほうが、美しくて苦しくて愉しいじゃないですか。それに」

 少女はグラスを取り出し、ラムとジンジャーエールを注いだ。

「お酒を飲む口実になります」

「あーあ、未成年なのにねえ」

「ちょっとだけですよ、ちょっとだけ」


 つい先程までルピナスは、ティスに手紙のことを話すかどうか迷っていた。結局、話さないでおくことにしたのは、自分はエメラではないと言ってしまったからだ。自分とは全く異なる人間の記憶に引きずられるという、常人では理解し得ない感覚を共有できるのは、番人となった者だけ。


「ティス。フランツさんは、お父上から記憶を継いだら変わってしまうと思いますよ」

「そういうものなの?」

「記憶というか……これは、魂を継いでいるようなものだから、ですね」

 遠い目をしながらグラスを傾ける少女を見上げ、ティスは柔らかく微笑んだ。年月をかけて荒波を乗り越えてきた女だけが浮かべられる笑みだ。

「私は、あなたはあなただと思ってるわよ。だって、エメラとあなたは正反対だもの。ニコリとも笑わないマスターの面影なんて、どこにもないわ」




 フランツが目を覚ますと、まだ外は暗いものの、とっくに営業時間は終わっている時間だった。さっさと帰る支度をしろとルピナスに叱られたのだが、そう言う彼女はというと、まだ帰るつもりではないようだった。カウンターに立ってカクテルを作り始めたので、ああ、あれか、と思い当たった。


 営業後、時折ふたりでカクテルを作って屋上にのぼり、飲み合いをすることがある。夜明けの空を見上げながらのひとときは格別だ。その時だけは口論しないという暗黙のルールがある。


 しかし今日は、ルピナスは何も言わなかった。そしてグラスを片手に一人でふらりと屋上に向かってしまった。何か考え事があって邪魔されたくないのかもしれないが、あの封筒と何か関係がありそうで、気になって後を追ってしまった。


 彼女は白みはじめた空を見上げながら、スメラルダ・ヴェルドを傾けていた。フランツの気配には気付いているのだろうが、思索に(ふけ)っているようだった。


「……泣いてます?」

 小さな背中に向かって遠慮がちに聞いてみる。なぜそう思ったのかは、うまく説明できない。ルピナスは振り返ると、丸い目をくるっと動かしてフランツを見つめ返した。

「私が? どうしてそう思ったんですか?」

「いえ……泣いてるところも本気で怒っているところも見たことがありませんが、そういうものを一切、表に出さないだけなんだろうと」

 彼女は眉を少し上げ、芝居掛かった動作で首を横に振った。

「答えになってませんよ。そして惜しいですね、フランツさん。とっても惜しい。そういう時は泣いてるかどうか、聞いちゃダメです。ハイ泣いてますなんて言う人間なら、人前で正直に涙を流しますよ。あのね、言葉で聞かずに何か行動に移すほうが、ぐっときます」


 フランツは、まだアルコールが抜けきらない頭で、その言葉を反芻した。つまり彼女は心で泣いていて、何かしてほしいということなのだろうか? と言っても、何ができるというのだろう。

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