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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 December

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ABT12. have some coffee with me (1)

 金曜の深夜。現れたシャロンは、珍しく顔色が悪かった。

「ルメリ、シャロンさん。どうされたんですか?」

 フランツが訊くと、彼女は首をゆるゆると振った。

「どうしたって……最近は毎週来てるでしょ?」

「いえ、そうではなく。顔色が良くありませんよ。風邪ですか?」

 一番奥の席がヒーターに近いので、そちらを勧めて膝掛けを手渡した。

「ありがと。風邪じゃないけど」


 ルピナスは、先に来ていた古馴染みの客を送り出しに外に出ている。話し込んでいるらしく、十分以上経っても戻ってこない。シャロンは、うずくまるようにして椅子につくと、温かいノンアルコールが欲しいと言った。フランツは少し考えてから、ホットアップルジンジャーを作ることにした。


「ねえ、フランツはさ」

 彼女は目線を遠くに向けたまま口を開く。

「政府で働いてたけど、何かの理由でここに来たんでしょ? それって外務省の仕事?」

 フランツは鍋をかき混ぜていた手を止めた。

「いえ? 何故そう思ったんですか」

「国に帰れなくなるのって、外交畑では良くあることらしいから」

「まあ、派遣先では味方もいないでしょうしね」

「今も繋がりはある?」

 フランツはシャロンの翠の目を見下ろし、やんわりと警告した。

「余計なことを知ったせいで命を落とすことは、外交畑では珍しくありません」


 シャロンは懐から一通の封筒を出し、カウンターに置いた。その封蝋には見覚えがある。まさか、局長は彼女も手札に加えようというのか。顔に出さないようにしようと思ったが、出来ている自信がない。

「シャロンさん、それは人目に触れるところに出すといけませんよ。……もしかして、異動でこの街を出るんですか?」

「うん。王都に行く」

 シャロンは封筒を仕舞うと、「やっぱり見覚えあるんだね」と言うと、少し口元を緩めた。

「フランツは嘘も隠し事も下手だってルピナスが言ってた。駄目じゃん。外交官失格でしょ」

 フランツは目を逸らした。どちらかというと、彼女の悪戯っぽい笑顔を見ていると落ち着かないからそうしたのだが。

「役人じゃなく、護衛や面倒仕事を引き受けていました」

「そっか。もし私もあなたと同じ目に遭ったら、またここに戻ってこられるかな。ルピーに雇ってもらえるといいけど」


 彼女に会えなくなる。もしかすると、もう二度と会えなくなるかもしれない。いつかはそんな日が来ると分かっていたが、それがこんなに早く、しかも異動先が機密局だとは。一体彼女のどこに目をつけたのか――やはり、父親が番人だったことが関係あるのだろうか。


「戻ってきたら、その時はよろしくね」

 フランツは曖昧に笑いつつ、出来上がったアップルジンジャーのカップを手渡した。

「もう一回手合わせしたかったんだけどなあ」

「そんなにすぐ行ってしまうんですか?」

「うん。来週末」

「え……」


 シャロンはアップルジンジャーを飲み、フランツをじっと見つめた。

「寂しそうな顔してくれるんだ」

「それは……あなたは、ここで初めて話した人で、常連のお客様で、剣を交えた人で……」

「うん」

 どう続けてよいか思いつかず、フランツは目線を落とした。

「相談もしてくれて、頼ってくれましたから」

「そうだね。……もうレオンにも会えなくなっちゃうんだよね。あれから一度も会ってないけど」

 シャロンは笑った。今では、それが嘘の笑顔なのだとよくわかる。

「私がレオンを好きなのは、生まれたてのアヒルが初めて見た相手を親だと思ってついていくのと似たようなものなんだって」

「それは本人に言われたんですか?」

「そうだよ。何回もフラれてるから」


 彼は、シャロンに好かれて困っていると言っていた。当然だろう。いくら言って聞かせても効果がない。けれど傷つけたくもない。片思いされた経験はないが、同情はする。

「きっと艦長さんは、あなたを傷つけないようにと思ってそうおっしゃったんでしょう。でも、人を好きになるのって、誰かに教わってなるものじゃないですよね」

 シャロンはフランツを見上げつつ、黙って続きを促した。

「人のどこを好きになるかなんて千差万別ですし、その気持ちが本物か偽物かなんて、その人以外には分からないでしょう。だから、彼がそう言ったのは、あなたを説得するためであって、たぶん深い意味なんてない」

 何度か瞬きすると、彼女は礼を言った。そして、しばらく黙って飲んでいた。それから口を開いた。


「ルピーや先生は、よくフランツを揶揄(からか)ってるけどさ、あれは愛情だよね。ちょっと羨ましい。私には、そういう人がいない。フランツは真面目で優しいよ。みんなそう知ってる。それはたぶん、お父さんも」

 フランツは言葉に詰まった。そんなはずはない。あのアイスブルーの瞳から愛情を見出すことなど、一度もできた試しがない。

「何か伝えて欲しいことがあれば、言うよ? 私の上司の上司の上司はフランツのお父さんだし」

「いえ。特にありません」

 即答したが、シャロンは引き下がらなかった。

「またそんな顔して。いつか、あんたをぶっ飛ばしてやるから首を洗って待ってろ、でもいいんだよ?」

「いいんです。それはいつか自分で言いますから。ありがとうございます」

「うん、そっか。それなら良いんだ」

今回のBGMは、マギアレコード Music Collectionより 山本涼/intermediate です。

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