ABT11. 消えた砂糖 (後編)
「こういう時、アーノルドに嘘発見プログラム改を入れていれば、犯人が一発で分かると思うんだがね。これは、やはり近しい人間の犯行だろうから」
「でも、それじゃつまらないですよ。それにアーノルドは今いません」
フランツはヘッケルの口から飛び出た、聞き慣れない単語について質問した。
「なんですか、その嘘発見プログラムって?」
「表情や動作から、浮気やヘソクリを見抜くものだよ」
どうやら彼は、真顔で冗談を言うタイプの人間らしい。ルピナスは意地悪な笑みを浮かべてフランツを見上げた。
「つまり、フランツさんがいくら誤魔化しても、誰のことが好きか簡単にバレてしまうということです」
「な……そんなの要りません!」
「それは本来の使い道とは違うのだがね」
「だいたい、アーノルドはノリが悪いですからね。心配要りませんよフランツさん」
ヘッケルは、コーヒーの話をしているとカルーアが飲みたくなったと言って注文した。
「まず、この文章だが、文法や綴りが間違っているだろう。うまく作れなかったんだ。これが謎を解く鍵じゃないか?」
三人は再度、紙切れを見つめた。フランツは、ペンで間違っている箇所に丸をつけた。
「siirrと、daayですよね。あと、killは過去分詞のkilledじゃないとダメなはず……デコボコ道じゃなくて子羊っていうのも変だし」
ルピナスは腕組みした。
「置換式の暗号でしょうか。iとrとaは、連続し得る他の文字を表す可能性がある」
「なるほど。ブラックコーヒーがヒントなんですよね」
フランツはヘッケルにカルーアミルクを差し出した。
「カルーアとは正反対だな。苦いし黒い」
「そうですね。ん? 砂糖とミルクを入れない………、砂糖とミルク抜き……?」
ルピナスは宙を見つめて考え込んでいたが、ポケットからペンを取り出し、紙に文字を書き込んだ。
「例えば、これはどうですか?」
彼女は紙の端にペンでsugar、milkと書き込んだ。
「もしかして、文字を消していくってことですか?」
「二つある文字は……片方は残したいのかな?」
残った文字列を見つめて、ルピナスは口をあんぐり開けた。
『ha p py b ir th da y』
突然、パンと軽い破裂音が響く。クラッカーを手にしたフランツとヘッケルを、ルピナスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめた。ほぼ同時に入口の扉が開き、なだれ込むようにして、ティスとステン、アストラが現れた。
「誕生日おめでとう、ルピナス!」
「さすがね、名探偵!」
「も、もしかして……、犯人は皆さん全員だったんですか!?」
「当たり!」
アストラは、香ばしい香りが漂ってくる白い箱をカウンターに置いた。中からはメレンゲで飾り付けられた白いホールケーキが現れる。
「ああっ……ケーキまで! ありがとうございます!」
「砂糖なんだけど、結局足りなくなって拝借しちゃったわ。イタズラしてごめんなさい。ちゃんと返すから」
ルピナスは首を横に振る。
「ちょっとびっくりしましたけど、こういう楽しいイタズラなら歓迎です」
ステンが、どこからともなく手作りの王冠を取り出してルピナスの頭に乗せ、ウインクする。
「ふふ、集まれる船員は少ないけど、せめて来られる人だけでもと思ってね」
「とっても嬉しいです!」
フランツはルピナスをカウンターから追い出した。
「今日は師匠もお客様です」
「ええっ……ちょっと不安ですけど、そう言ってくれるなら、まあいっか」
「せっかくイチゴが沢山あるので、サングリアでも作りましょうか?」
「いいですね!」
「さて、このケーキですが」
フランツは腰に手を当てて悩むフリをした。
「ロウソクは十六本でいいんでしたっけ? 全然足りないんじゃ?」
「ほほう……ワトソン君……いや、いい神経をしているね」
ルピナスはフォークを握りしめながら、凶悪な笑みを浮かべた。さすがに投げることはしないだろうが。
「あらホームズ、彼がモリアーティよ」
ティスの言葉に、ルピナスは間の抜けた顔になる。
「えぇ? この事件の犯人はフランツさん?」
フランツは視線を逸らして咳払いした。
「モリアーティって誰ですか」
ルピナスは耳まで赤くなっている青年を見上げ、吹き出した。
「あはは、嘘が下手ってホントなんですね! でも、とっても楽しかったです。ティスに誕生日を聞いたんですか?」
「ええ、まあ」
素直に感謝されると気恥ずかしい。フランツは、イチゴを軽く潰すつもりが潰しすぎていたことに気付き、慌てて手を止めた。
「発案者はフランツ君、砂糖泥棒はティス、暗号は家内、ケーキはアストラ、ヒント役が私ヘッケルだ」
「まあ……そうでしたか。ありがとうございます」
全員の飲み物が揃ったところで、一同はグラスを合わせて乾杯した。どこか懐かしい味のショートケーキとサングリアを味わいながら、少女はひっそりと呟いた。
「生きてると、たまには、こんないいこともありますね」
***
おまけのNGシーン
「流れる水には形がない。そよぐ風には姿もない。たった一つの真実暴く、見た目は子ども、頭脳は大人、その名は……名探偵……ルピナス‼(エコー)」
フランツは、ため息をついた。
「師匠。ABTではNGシーン、やらないんでしょう」
少女はドヤ顔で振り返る。
「あれれ〜? ラ○姉ちゃん、金髪にしちゃってどうしたの? ツノもどっかいっちゃってるしさ」
「今すぐ麻酔針で眠らせて差し上げてもいいんですよ」
「あーたァ、さてはホンモノを持ってますねぇ?」
「そっちの声優さんは……年齢がバレます」
「いや、古参ファンには最初の口上でバレてます。今日のBGMはGarnet Crowで行きましょう!」




