ABT10. 矜持 (4)
ガラスで出来た瞳は、堅物のアーノルドよりは雄弁に感情を語っているように見える。アーノルドが、この機械人形と同じ闇組織に属していたことは驚きだったが、いま彼は身を張って、この店を守ってくれている。機械人形に人間と同じ感情があると言えるのか分からないが、アーノルドと接していると、無いとは言い切れないと思う。
「片腕を直して、自壊しろと? そんなことのために、わざわざお金をかけるでしょうか」
「僕の上司は変わり者だから、人権を与えてるつもりなんじゃないかな。ところで君は元暗殺者なんだっけ? 用心棒なんてやってるみたいだけどさ、能力を活かしきれてないんじゃないか? 殺すんじゃなくて守る仕事なんてさ。そういうふうに考えが一貫しないのが人間なのかな?」
「いえ。俺はただ……与えられた力の使い道を間違っていたんだと気付いたんです。父を悪に仕立て上げるために」
先生とシャロンが来てから、ずっと考え続けて出した答えだった。父のことは、やはり人間としては好きになれない。伝統や家を守ることばかり優先する。けれども、剣に関しては機会を与えただけで、暗殺者になれとまでは言わなかった。無口な父は基本的に何も言わないのだ。自分で考えろと突き放す。
彼は、興味がなさそうな顔で虚空を見つめていた。
「ふうん。人間はいいね。好きでも嫌いでも、誰かとの繋がりを断つことができない。それって本当はとても幸せなことなんだよ」
そう言うと彼は目を閉じた。フランツはレイピアを仕舞った。
「でも、僕らにもひとつだけ人と同じ所があるんだ。バッテリーっていう命があるんだよ。充電したり交換したりすれば元に戻るけど、もう僕はどちらもやってもらえない。このままそっとしておいてほしいな。本当はA-RNに壊してもらいたかったんだけど、それまで保ちそうにないし……もう疲れたんだ」
戦場で腕や脚を失い自暴自棄になった兵士たちも、似たことを口走った。もう手の施しようがない者たちは逆に、生きたい、家族に会いたいと言って、歯を食いしばり涙した。両者の間の違いは、なんだったのだろうか。
不具となって帰れば、元の仕事には戻れない。家族の重荷になるし、国から手当を受けるしか生活手段がない。殺した人間の顔や、一瞬で物言わぬ骸と化した友人の夢を繰り返し見て、夜な夜な小さな物音を敵襲と勘違いして飛び起きるよりも、死ぬほうがましだと思う気持ちは、理解できる。
しかし目の前の機械人形は、彼らとは違う。それに、まだ救える。助かるべきだ。人でなくても、敵であっても、もしかすると誰かの大切な人の命を奪った存在であっても、簡単に死にたいと言わないでほしかった。エゴかもしれないが、止めずにはいられなかった。
一種、焦りに似た感情に突き動かされ、フランツは床に片膝をついて彼の瞳を覗き込んだ。
「アーノルドのように、もう一度やりなおしたいとは思いませんか? モニカさんとヘッケルさんなら、きっと助けてくれます」
「ふ……彼らの手に渡れば、僕の性格付けは改変されるだろう。それは僕が僕でなくなるのと同じさ。A-RNより複雑な感情プログラムを入れられたせいかな、好き勝手改造されるのはゴメンだよ」
彼はそう言うと、呪文めいた言葉を呟いた。
「自己修復プログラム及び非常用電源への切替を停止。強制再起動時は全バックアップデータを消去」
「……君は、ここへ死にに来たんですか?」
彼は無感情なガラスの瞳を動かしてフランツに焦点を合わせた。
「A-RNじゃなくて君だったのは残念だけど、これが運命なら仕方ないね。短い命だったけど、まあ、そんなものだよ」
「俺は……君を助けたいと思う。助かるべきだと思います。間違いですか?」
「はは、人間ってのは勝手だなあ。勝手に作ったくせに。道具に同情するなんてさ。そんな情けは要らないよ。それよりひとつ、頼んでいいかい」