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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 December

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ABT10. 矜持 (1)

 十二月になった。

 日付けが変わって深夜一時。フランツは、ところどころ錆の浮いた扉を押し開けて部屋の外に出た。

 雪混じりの雨が降っている。今年は暖冬なのだろうか。寒さは苦手ではないが、やはり暖かいほうがいい。


 借りている旧市街地の古い部屋は、隙間風こそないものの、実家や王都のような充実した暖房設備が無い。

 今はまだ中古品の小さなストーブで事足りているが、さらに日が短くなれば、ルピナス曰く『ホットカーペット』なるものを買うべきだという。(じか)に座ると電気代が少なく済むらしい。燃える魔法の絨毯のようなものを想像していたら、電気の線が通っている暖房具だと笑われてしまった。


 アーノルドが艦長たちと約一ヶ月間の出張に出ている間、フランツの勤務時間は一日当たりの時間が減る代わりに、週五日から六日に増えることになった。平日は夜十時の開店時からではなく深夜一時からで、土曜だけがフルだ。

 そしてフランツがいない開店から一時までの間は、普段は日曜だけ勤務している、もう一人の用心棒が入ってくれるらしい。


 実のところ、フランツは(いま)だにその人物に会ったことがない。この一ヶ月間半で一度もシフトが被ったことがないのだ。

 どんな人物かルピナスに尋ねたが、「退役軍人の、とても強くてカッコいい人です」としか教えてくれなかった。それで、初めて会うことになる今日は、挨拶のために少し早めに出ることにした。




 店の裏口の鍵を開けて裏の部屋に入ると、こちらに背を向けて机についている人影が見えた。その人物はフランツに気付いて振り返った。

 意外なことに、その人物は女性だった。ティスという名だけ聞かされていたのだが、ティタン人の名前だと、性別が分からなかったのだ。


「ルメリ……ティスさん、初めまして」

 フランツは傘を畳むと、先に名乗って頭を下げた。ティタンでは握手よりも、この礼が一般的らしい。

 ちなみに正式には、胸の前で手を組むような動作をするらしいが、相手の年齡と性別によって動作を変えなければならない複雑なもので、フランツには覚えられなかった。


「あなたがフランツ? 初めまして。ティス・アルマよ」

 父と同じか、それより少し上くらいの年齢の女性だ。白髪交じりの鳶色の髪はアーノルドよりも短い。肌は小麦色で、シャロンやリアナとは、また違ったエキゾチックな雰囲気を漂わせている。

 ジーンズと呼ばれる素材のズボンを穿()いており、耳にはスタッドピアスが二、三個。羽織っている黒いジャケットの襟からはタトゥーが覗いていた。目についた武器は、腰のホルダーに収められている拳銃一丁だけ。


「今まで一度もシフトが被らなかったものね」

 男性のような身軽な格好の彼女は、ハスキーな声も相まって、ルピナスが「とてもカッコいい」と表現した理由がよく分かる。


 彼女はフランツの緊張を感じ取ったらしく、柔らかい笑みを浮かべた。サファイアブルーの瞳はティタン人の特徴だという。ルピナスの左目もそうだ。

「なるほど、ルピナスの言っていたことがよく分かったわ」

「な、何でしょう。変なことを吹聴されませんでしたか?」

「そうね、ふふ。とりあえず着替えたら? まだ時間はあるけど」

「そうします」


 フランツはコートを壁に掛け、ロッカーに荷物を入れた。着替える必要はない。面倒なので、家から制服を着て来ている。

 準備することといえば、上着の下にナイフ等が入ったホルダーを付けるくらいだ。街中で持ち歩けるのは小型ナイフだけで、あとは店に預けている。


 鏡を見ると、湿気で髪が乱れている。直そうと試みたが、どうも妙な方向に跳ねてしまう。諦めようとすると、ティスがその様子を見ていたらしく、背後から声をかけられた。

「ピンを使えば? 持ってる?」

「ええ。ですが、男が使うのは変じゃないですか?」

「いいんじゃない? というか、やっぱり持ってるのね。仕事柄かしら」

 彼女の青い目が入管の役人のように上から下まで、さっとフランツの全身を捉えた。

「ええ、まあ」


 ホルダーからピンを取り出し、慣れない手つきで前髪を留める。悪くはないが、人前に出るにはイマイチだ。

「それだと髪が落ちてくるわよ。髪を捻って、反対方向にピンですくって留めるの」

「捻る?」


 ティスは「やってあげるから」と席を立った。平均的なガリア人男性よりも背丈があるフランツと、立ち上がったティスの目線の高さに、さほど差はない。フランツが驚きつつも頭を少し下げると、彼女は再度やり方を説明しつつ前髪を留めてくれた。


「ああ、これならズレませんね」

 鏡を見て感嘆し礼を言うと、「ひとつ知識が増えたわね」と彼女は微笑んだ。

「でも、ちょっと油断したわね?」

 その手には、フランツの小型ナイフ二本が握られていた。

「……いつの間に」


 油断していたとはいえ、全く気づいていなかったことに、フランツは焦りを覚えた。ティスはフランツの反応を気に留めず、手にしたナイフをじっと見つめた。特に珍しいものではないが、それぞれ用途が異なるので違いが気になったのかもしれない。


「いいもの使ってるのね。スリの要領よ。あなた、育ちが良さそうだから、そういう場所を歩いたことがないかしら?」

「いえ……」


 仕事柄、王都の裏道や市場、繁華街などを通ることはあったし、ティタンでも道を把握するために毎日ルートを変えて歩いている。どちらもスリが多いので、油断はしないようにしている。

「気をつけなさいね。あの手この手で隙を狙ってくるから」

「はい、気を付けます」


 ティスはナイフの重さを確かめるように手で少し(もてあそ)んでからフランツに返すと、机の上に広げていた文房具を片付け始めた。

「さて、後はお願いするわ。今月は会う機会が多そうね。せっかくだから、マスターも一緒に飲む時間が取れるといいわね」

「はい。ティスさんは他にもお仕事があるんですか? 普段は週一回だけですよね」

「そうね。今月はアーノルドがいないから、何とかやりくりして入ってるの」


 手早く荷物を纏めると、彼女はジャケットの胸ポケットに引っ掛けていたサングラスをかけた。

「夜だけど、これをつけてると防犯になるのよ」

「なるほど……よくお似合いです」

「そう? ありがと。じゃあね」

 ティスは表に繋がる扉を少し開けてルピナスに挨拶すると、傘も持たずに颯爽とした足取りで、雨が降る闇の中に消えた。

ABT10. (1)のBGMはCOWBOY BEBOP O.S.T.1より、菅野よう子/Piano Black です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 圧巻の力量ですね。 さすがです。 [一言] 毎回、更新を楽しみにしています。
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