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ABT9. ultramarine blue (6)

「くそ! ああいう強引な人間が一番嫌いだ!」

 フランツは、思い切りカウンターに拳を叩きつけた。グラスに残っていた氷が、迷惑そうにカランと音を立てる。やってから後悔したが、かなり手が痛い。

「苦手な人って、自分と似たところがある人ですからね」

 ルピナスは涼しい顔で言いつつ、空のグラスを回収すると皿洗いを始めた。

 吐き気は収まったものの、立っているとフラつくので、フランツは手伝えないことを謝りつつ席に着いた。


「艦長さんと似てる? 全然違います」

「違いません。それから惚れる人も、自分と似たところがある人ですよね」

「……師匠、どうして止めてくださらなかったんですか? 艦長さんの味方なんですか? 自分の分は払いますから、今度返してさしあげてください」

 精一杯恨みを込めた視線を送ったが、彼女は全く意に介さずに皿洗いを続けた。


「私も欲しいんですよね、あの情報。あなたを雇った理由の一つでもありますから。老獪な()()()()()に探りを入れるのは、なかなか大変で」

「タヌキ……? 局長のことですか? あなたも艦長さんも局長も、結局は俺を利用したいだけなんだ」

 ヤケクソになってフランツがうめくと、ルピナスは無言でキュッと蛇口を絞った。そして、表情らしい表情のない顔で静かに告げた。

「理由の『一つ』と申し上げました」


 彼女の色違いの双眸に宿る光は、口調ほどは冷たくなかった。互いに無言で視線が合ったまま、しばしの間、蓄音機から流れる音楽が静寂を支配していた。フランツは小さく溜め息をついた。

「……どのみち、俺では局長に勝てません。もし裏切ったら家族がどうなるか。姉さんは子どもが出来たばかりなんですよ」

 ルピナスは、表情を和らげた。

「あなたは、お姉さんのことは大切に思っていらっしゃるんですね。大丈夫です。私があなたに交渉術を仕込んで差し上げます。従業員ですからね」


 彼女に指導されるのならば、効率が良さそうだ。が、中流貴族から宰相にまで成り上がった局長は、付け焼き刃で敵うような相手ではない。

「俺は嘘が下手ですし、局長は一枚も二枚も上手ですよ。だいたい、艦長さんの質問は漠然としてて、よくわかりません。局長も番人なんですか?」

 ルピナスは首を横に振る。

「女王陛下を支える立場上、ある程度の知識は得ているようですが。実は私も、番人を十二人みな把握できていないのです。たとえばアーサー……シャロンさんのお父上亡き後、後継者が見つかっていません。シャロンさんが後継者だったのですが」


 フランツは息を呑んだ。

「何ですって? それもまさか、艦長さんの言っていたクズの仕業だと?」

「『鮫』のことですね。私たちは、そう見ています。おそらく、鮫の手先がアーサーを殺して番人となった。紛争自体も仕組まれたものでしょう。なぜなら、フラクス家の番人は、ある重要な道具を継いでいたからです」

「なんです、それは?」



 ルピナスによれば、十二人の番人はそれぞれ、何かしらの特殊な祭具を受け継いでいるらしい。

 フラクス家の番人は代々『蒼き涙(ブルー・ティアー)』と呼ばれる祭具を継いできた。実体はわからないが、魔力空間を繋ぐことができるという。


 ランス・スプリングフィールドは『白桜刀』という魔剣だ。斬ったものの魔力を吸収して溜め込み、増幅させるのだという。

「ランスさんは、白桜刀で至福千年期の終焉――魔力エネルギーの枯渇を防ぐという、非常に重要な役割を担っています。だから鮫に狙われるのです」


 フランツは頭を抱えた。ファンタジーにも程がある。

「待ってください、話がよくわからない。そんなイレギュラーな魔法具がいくつも存在するんですか?」

「だから番人なんですよ。世界の秩序を維持するための力です。あるべき方向に世界を導き、存続させるために暗躍するのです。鮫は、その力を自分のためだけに使おうとしているんですよ」


 自分は中立とはいえ、番人同士の決まりごとに違反する者は認められないと、ルピナスは暗い表情で告げた。


 フランツは、しばし考え込んだ。家に伝わる祭具など、あっただろうか。

「ちなみに師匠は何ができるんですか?」

「それは、あなたの情報と交換になりますね」

「ちっ……そう来ましたか」


 ルピナスは、それで局長のことに話を戻しますが、と続けた。

 艦長によれば、局長はランスの父であるグレン・スプリングフィールドと個人的に繋がっていたと思われる。局長は自国至上主義者だ。帝国人であり番人でもあるグレンと密かに繋がりを持っていたことは、看過できない。

「そこの思惑を、あなたに探ってもらいたいのですよ。もしかすると、白桜刀の力を狙うのは、鮫だけではないのかもしれない」


 フランツは長い長い息を吐き出した。頭痛がする。この案件には、深く関わるべきではない。しかし番人を継げば、どのみち避けては通れないということか。

「ですが国には帰れませんよ。ドートリッシュ公夫人派に狙われていますから」

「ええ。でも、局長にとって、あなたを手放すことは計算外だったはず。あるいは、帝国に送り込もうとしているのかもしれませんが」

「そこなんですよ。俺は手駒の一つに過ぎません。それに公夫人一派を丸め込めるとでも? あのひとは局長に勝るとも劣らない切れ者です」

「確かに。ただ、弱みはありますよ」


 皇太子のことか。キャサリン女王には直系の跡継ぎがいない。年齡からいって、再婚しても子をもうけることは難しい。義妹である公夫人の息子ルイが次期国王と目されている。

 だが、ルイ殿下を人質にとるような卑怯な手は使えない。叛逆者となってしまえば、良くて一生バスティーユ暮らしだろう。


 ルピナスは肩をすくめた。

「そこの戦略は私に任せてください。公夫人は番人ですから、下手に対立したくありません」

「な……、つまり陛下も公夫人も番人で、対立しているってことですか? それで協力しあえるんですか? とにかく俺は、危険な情報のためにむざむざ死にに帰るつもりはありませんから」


 フランツがはっきりと断っても、ルピナスは聞き入れるつもりがないらしい。

「おや、ティタンがお気に召されたんですか? しかし、あなたはいずれ番人を継ぐ身。ジョルジュから話を聞く必要がありますよね。 直接聞くほうがいいです。……そんな顔をしてもダメですよ」

「父上に俺が生きていると教えたんですか」

「いえ、まだ。だから、顔を見せてあげたらどうですか? まあ、言ってすぐにというわけではありませんから、少し考えてくださいな。そうだ」

 ルピナスは手をポンと合わせ、いたずらを思いついたような子どものようにニヤリと笑った。嫌な予感しかしない。

「デートしてもらえばいいんですよ。しかも女の子同士なら目立ちません!」

ABT9.(2)~(6)のBGMは、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第二番です。


たぶん次話から第三章(December)に入ります!

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