ABT8. ロシアン・ブルー (4)
ブレンは注文したビールを一口だけ飲むと、廃番の銘柄の煙草をアストラにあげた理由を話した。
「買い占めてた残りをやったら、吸ったときに懐かしそうな顔をしたんだよ。だから最後の一箱も渡した。そのほうが価値があると思ったからな」
「ほほう。素敵なプレゼントですね」
「プレゼント? そこまでじゃないが、大事にしてくれてるなら、怒る理由にならねえだろ。もしかして、あいつに猫を預かってくれないか聞かなかったのが悪かったとか?」
「いや、違うと思いますよ」
ルピナスは即、却下する。
「そうか? うちの猫、支部局に迷い込んだやつでさ。あいつ、隠れてよく世話してたんだよ。誰もいねえ時はニャーニャー言いながら喋りかけててさ、おかしいの何の」
口元を緩めつつ、彼は思い出し笑いした。ルピナスは目を細めて微笑んだ。
「ふふ……ほんとは可愛い人ですよね。それで、どうしてブレンさんが貰うことになったんですか?」
「くじ引きだよ。あいつの、あんな悔しそうな顔を見たの、あれが初めてだったな」
「あら、まあ。アストラさんがその子にまだ未練があるなら、とってもいいアイディアがあるんですけど」
ルピナスは満面の笑みを浮かべる。ブレンは首を傾げた。
「アイディア?」
そこで、入り口のチャイムがけたたましい音を立てた。
「ルメリ、アストラさん」
ぼんやり話を聞いていたフランツは、慌ててカクテルを用意する。アストラはハイヒールの靴音を響かせながら、ブレンに歩み寄った。いつも通りのクールな表情だが、フランツの目には、少し覇気がないように映った。
「一体何の用? こっちがまだ話してる途中で切るし……」
「早かったな。晩飯食ったのか?」
「食べてないわよ」
「まあ座れよ。マスター、悪いけど食うもんも頼む。軽いのでいい」
ルピナスは少し悩み、ソーセージや賄いで作っているオムレツなら用意できると言って準備を始めた。フランツは「ブレンさんからです」と言いつつ、アストラにグラスとおつまみを差し出した。アストラは困ったように眉根を寄せた。
「何? 至れり尽くせりね。私に頼み事でもあるの?」
「いや……そういうわけでもない。わざわざ来てもらったし」
ブレンは決まり悪そうに言う。
「俺、お前に何か余計な事でも言ったか?」
「いつも言ってるじゃない」
アストラは紅いカクテルを見つめながら、冷たく答える。
「じゃ、何で最近不機嫌なんだよ。俺がお前にミルヒの世話を相談しなかったからか?」
「頼まれたら受けたかもしれないけど? そんなことで怒るほど幼稚じゃないし、不機嫌でもないわ」
沈黙。ブレンがお手上げだという顔でビールを飲む。ルピナスは出来上がった即席オムレツとソーセージを出した。フランツは個人的に、オムレツもメニューに追加すべきだと思っている。彼女のオムレツは、なかなかの逸品なのだ。
「熱いので気をつけてください。ブレンさん、私はミルヒちゃんの世話、アストラさんにお願いするのがいいと思います」
「いいのかよ? いや、アストラの部屋がペット可なのか知らねえし、毎日残業だから頼みにくいと思ってさ」
アストラは彼と目線を合わせないまま、ルピナスに礼を言うとフォークでオムレツをつついた。
「私は構わないけど」
ルピナスはフランツに目配せした。たぶん、二人きりにしろという意味だ。フランツは二人に軽く頭を下げてから裏に下がった。
ABT.8 (4)(5)のBGMは A Star Is Born: Soundtrackより、Lady Gaga/Always Remember Us This Way です。




