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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 November

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ABT7. 鬼教官 (5)

 バーに戻ると、ルピナスが満面の笑みを浮かべて待ち受けていた。

「うふふ、最近はフランツさん目当てのお客様続きですね。モテモテじゃないですか。主に男性にですけど」

 フランツは溜め息をついた。

「ガリウスは別として、先生が来られたのは偶然でしょう。というか男にモテたって嬉しくもなんともないです」


 皿洗いを始めると、ルピナスは楽しそうな足取りで客席のほうに出て、カウンターを拭きはじめた。

「あら、恋愛も基本は同じですよ? 好かれたい相手からは好かれず、こちらは興味がない相手が寄ってくる。でもそうですね、あなたの場合、好かれたくない相手というのは既に互いに信頼関係を築いていて、ちょっとお節介な人のことでしょう?」

「ああ、ガリウスも先生も、うるさいんですよ本当に!」

「ならば、お父上も同じなのでしょうね」


 フランツは手を止め、彼女を見下ろした。その色違いの双眸(そうぼう)には、こちらの心情を見透かすような不思議な光が宿っていた。フランツは、その言葉の意味がわからず瞬きした。

「私には、フランツさんとお父上の間にどんな確執があるのかはわかりません。でもたぶん、やり方が間違っているだけなのですよ、お互いに」

「なんのやり方です?」

「愛情の伝え方ですよ。ジョルジュは昔からそういう人ですから」

「そんなはず、ありません。あの人は自分に従う人間意外は存在価値を認めませんから」

 思わず語気を強めてしまった。父の話となると、どうしようもなく腹の底から胸のほうへと嫌な感情が湧き上がってくる。それは本人の前に立っているときも同様で、苛立ちだとか、話が通じない虚しさだとか、あらゆる負の感情を引っ掻き回されるのだ。吐き気がする。


「でも、なぜ父のことを? ここに来たことがあるんですか?」

「いいえ。個人的に知っているだけです」

 フランツは眉をひそめた。

「それは情報屋として関係があるということですか? そういえば、艦長さんも母を知っていると言っていました。一体どういうことなんです? 両親は何に関わっているんですか? そろそろ教えてくださってもいいのでは」


 ルピナスはカウンター内に戻って台拭きを洗って絞ると、真顔になってフランツを見上げた。

「そうですね、ではあなたが先日受け取った手紙の内容を対価にするというのはいかがですか?」

 急な提案に、内心でフランツは狼狽(うろた)えた。

「……それは機密事項です」

「なるほど。あなたがガリウスから玉璽の封蝋(ザ・グレート・シール)が施された、機密事項が記された手紙を受け取った。それもまた情報です。それでは差出人の名前を対価にしましょう。二人以上であれば、全員です」


 フランツは悟った。目の前にいる少女は、一筋縄ではいかない相手だ。見た目で騙されそうになるが、この少女、いや、この女性は明らかに自分よりも上手(うわて)だ。彼女はオッドアイの目を細めつつ、小ぶりな唇に笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ、あなたを売り飛ばしたりなんかしません。バーテンダーとしての素質も意欲もある。からかい甲斐もある、大事な弟子です。得た情報は、必要と思われる人物に必要な場面で提供するだけです――世界の均衡を維持する『記憶の番人』としての役割を果たすために」

「なんです? その『記憶の番人』というのは」

「そうですね、あなたは王国の方ですから、この話を聞いても帝国の方ほどは抵抗感なく受け入れられるかもしれません」

 そう前置きして、ルピナスは説明を始めた。



 今から約千年前。第三次世界大戦と命名された核戦争によって、この星の地上は不毛の地となり、人類は滅亡の危機に瀕した。


 その危機は、科学では解明できない奇跡――神の祝福によって大地が浄化されることで回避された。人類は、戦争による市街地への被害が少なかったヨーロッパ大陸に身を寄せて生き延び、徐々に生存圏を回復・拡大している。


 その神の祝福以降を、ヨーロッパ大陸では宗教の伝説にならって『至福千年期』と呼んでいる。現在はその終末期にあり、クリステヴァ王国と聖十字帝国を中心とした二勢力に分かれている人類は、社会的不安の拡大によって一層、衝突を繰り返すようになっている。


 ここまでは誰もが知っている事実だ。

 

 至福千年期がはじまって以来、魔法とともに密かに現れたのが『記憶の番人』だった。


 記憶を次世代に引き継いでゆき、世界の秩序を保つ役目を神から与えられた十二人は、政界や財界の重要職や、それを支える立場に就いてひそかに世界を主導してきた。たとえば帝国の皇帝や、王国の女王もそうだ。


 番人の記憶は、その死に際し、血縁者に引き継がれることが多い。跡継ぎが目の前に現れると、番人にはそのことが『わかる』という。



 ルピナスはそこで話を切った。

「フランツさん、あなたなら、ここまでの話でお分かりになったのではありませんか? 私がなぜあなたのご両親を知っていて、たった十五歳で情報屋として潜りバーを経営できているのか」

 おとぎ話を聞かされている気分で聞いていたフランツは我に返った。

「それはつまり、師匠も番人の一人であり……父も同じだということですか? 艦長さんも?」

 彼女は、ほぼ正解ですと言って微笑むと、ジョルジュはフランツの母マリーから記憶を継いだということと、艦長は番人の候補者であるということを付け足した。

「ではシャルル、もう一つ質問です。ガリウスがあなたに当店のことを教えたのは何故か。そしてギュスターヴ……ゴドフロア局長があなたに目をつけたのは何故か。どちらも同じ理由からです。もうお分かりですよね?」

今夜のBGMはBill Evans / Detour Aheadです。


続きは再来週です。お楽しみに!

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