ABT6. 青い (4)
ルピナスは一気にグラスをあおると、ガリウスに問うた。
「あの手紙、本当は誰からなんですか?」
「ん? ああ、よく見てたな。あいつの姉貴らしい。うちの元局員がここに来たろ? 事情を話したんじゃねえか」
マスターは腰に両手を当て、澄まし顔でちびちびとカクテルを飲んでいる男に呆れた顔を向けた。
「ホントはガリウスさんが話したんじゃないんですか? あの元局員さんにも」
「いや?」
彼は意外にもポーカーフェイスが上手い。豪胆に見えるが、本当は繊細だ。でなければ、死んだ妻子のことを何年も何年も引きずったりしない。二人への贖罪を果たすために、二度と誰も愛さないと誓ったりなどしない。自分のせいで失ったわけではないというのに。
ルピナスの視線を意に介したふうもなく、彼はカクテルを「悪くないけど、俺にはちょっと甘い」と評した。それから真面目な顔になり、声音をワントーン下げる。
「ところで、本題だ。ランス・スプリングフィールドは、うまくやってんのか」
ルピナスは眉を上げた。
「いちおうは、そのようです。ですが時間がありません」
「春分までか。止められるかねえ……」
「まだ現皇帝は粘りそうですよ。相変わらず危機感がないみたいですね」
ガリウスは鼻から息を吐き出した。
「まったく、あのトシで大酒飲みグルメのくせにピンピンしてんだから、大したもんだよ。で? あの酔い潰れ野郎、自分の手を汚す覚悟はありそうか?」
少女はため息をついた。
「彼は見かけほどヤワな人間ではありませんからね。ある一方向にだけはメンタルがトーフですけど、こういう事は、いざとなればやるでしょう。ただ、そちらにとって吉と出るか凶と出るかは読めませんよ。陛下のお考えは?」
「さあ? しかし局長は、やらぬならケツに火をつけてやれと仰せだ。俺はできれば帝国のことはあっちでやって欲しい。でないと、フランシスが駆り出されるかもしれねえぜ」
ルピナスは目を細めた。
「封筒の差出人は、お姉さんだけではありませんね?」
「俺は知らねえ。預かってきただけだ」
「やれやれ、つくづく運の悪い男ですね、あの若造は」
ガリウスは声を上げて笑う。
「無駄に綺麗に生まれつくと、巻き込まれ体質になるんじゃねえか? しかしルピー、あいつのこと結構気に入ってるだろ?」
「まあ、いじり甲斐があるだけマシです」
「まあな。ああ見えてあの青二才は頑固だぜ。いったん合わないと思った相手は存在抹消だ。気をつけろよ」
彼は冗談混じりに言うが、ルピナスは華奢な肩をそびやかす。
「あんなヒヨッコに刺されるとでも? 私を殺すことは不可能ですよ」
「今のうちなら出来るだろ? でも物理的にじゃねえよ」
「ところで、ご存知なんですか? ティタン語」
「まあ、ちっとはな」
ガリウスはグラスに残った氷を口に放り込むと、お札をカウンターに置いて立ち上がる。
「んじゃ、帰るわ。頼んだぜ。釣りはいらねえ」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしてますね。お気をつけて」
右手を軽く上げると、ガリウスは寒風吹きすさぶ外へと消えた。
ルピナスは彼の後をついて外に出て後ろ姿を見送りつつ、星の見えない夜空を見上げた。もしネオンの明かりがなければ、漆黒を広げたような空には、オリオン座が見えたかもしれない。
「もう冬ですね……」
今夜のBGMはLa La Land: Original Motion Picture Soundtrackより、Justin Hurwitz/Mia & Sebastian's Themeです。
The Greatest Showmanと同じ制作陣の映画ですが、私はこちらのほうが好きです。