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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 November

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ABT6. 青い (3)

 フランツが国を追われたのは、王国政府が秘密裏に帝国人を捕らえていることを議会に勘付かれ、その人物が見つかる前に、機密局の一員として逃亡を手伝わされたことに起因する。女王と対立する一派――女王の義妹であり、時期国王と目されるアンリ殿下の母でもあるドートリッシュ公夫人をトップとする反女王派は、女王が帝国と内通しているとして、これを機に玉座から引きずり降ろそうと躍起になった。


 その魔の手は、もう少しのところでフランツにも及びそうになった。それを察した機密局長が先回りして情報を封鎖し、出国させてくれた。女王は、国には戻れないが、名誉は守り最低限の生活費の支援を行うと約束してくれた。陛下には頭が上がらないのだが、くだらない権力争いに明け暮れる議会には怒りしか湧かない。


「もともと実家とはほとんど連絡を取っていませんでしたが、消息不明だと分かるのも時間の問題でしょう。別に死んだことにしていただいても構いませんが、姉にだけは生きていることを密かに伝えていただけますと幸いです」


 ルピナスは黙って話を聞いていたが、「お話に深入りするつもりはありませんけど、国に帰れないというのは残酷です」と呟いた。

「ああ」

 ガリウスはジョッキの残りを飲み干した。

「別に、故郷には未練も何もありません」

「そうですか。本当に?」

 珍しく、ルピナスはフランツに訊きかえした。

「私にとっては、故郷がまだあるということが少し羨ましいです」

 何故かガリウスが複雑な表情を浮かべた。

「どういう意味ですか?」


 そういえば、ハロウィンの日だったか、モニカが青い波のような照明の話を教えてくれたのだった。この街は少し前までは、ネオンが輝く観光都市ではなく、美しい海と緑のある場所だったと。

「私たちティタンの人間は、二大国に挟まれるという不幸を背負いました。そして、誇り高く争って滅ぶ道ではなく、誇りを捨てて生き残る方を選びました。生き残るために知恵を絞り、どちらの国にも(くみ)さず、どちらからも攻撃されないよう、どちらにとっても必要不可欠な存在になるために、経済力をつけるために姿を変えました」


 この小さな街が存在を保てるのは、運が良かったからとも言える。地理的に、どちらかの国が押さえてしまえば力のバランスが崩れるのだ。

「たとえもう、あの美しい海も森もなくたって、街さえあれば……いえ、よしんば街が消えてしまったとしても、人さえいれば、確かにそこは故郷です。生きて、一族の伝統をささやかな形で残してゆく、それが私たちに残された道ですから。そう自分たちに言い聞かせてきました」

 彼女にしては珍しく冗舌だ。ガリウスとフランツは黙って続きを促す。

「私は今の街も思ったより気に入っていますけど……いがみ合っている両国の方々が、ここではそんなことを忘れて出会い、話し、時には結ばれることさえある。私たちの選択は間違っていなかったと言い聞かせています。そうしなければ、失ったものの大きさと痛みに耐えられないのですよ」


 フランツは、冷蔵庫から酒瓶を数本取り出した。ルピナスは男二人に頭を下げた。

「喋りすぎましたね。すみません。お邪魔してしまいました」

「いえ」

「なんで謝るんだよ」

「時が過ぎれば街は姿を変えるものです。私が感傷に過ぎるんでしょう」

 フランツが黙って差し出したアルコール入りのグラスを、ルピナスは不思議そうに見つめた。

「先日、こっそり作ってみたオリジナルです。師匠に」

 彼女は透き通った蒼色のカクテルとフランツを交互に見比べた。

「まだ早いですよ……でも何だか、嬉しいですね。頂いちゃってもいいですか、ガリウスさん?」

「ああ、どうぞ」

「ガリウスの分もあります。師匠、もし気に入っていただけたら、名前をつけてください」

気障(きざ)なこと言うねえ、青年」

 ガリウスがニヤリと笑う。フランツは緊張した面持ちで、小さな師匠が小さい唇にグラスをつけるのを見守る。

「師匠、ですか。ふふ、子どもに飲ませるには随分強いお酒ですね」

「師匠は子どもじゃないでしょう?」


 ルピナスの色の違う瞳が、フランツを捉えた。まるで、自分がそこにいたことに今初めて気付いたかのように、この瞳が日陰の雪の色であることを認識したかのように数秒間じっと見つめてから、彼女はグラスを置いた。

「何言ってるんですか。私は花も恥じらう十五歳の乙女ですよ」

「ええ、そうでしたね。それから勘のいい人間は嫌いなんでしたっけ?」

 ガリウスはカウンターに肘をつき、顎を乗せながら師弟のやり取りを黙って見守っていた。

「これは、うーん、悩むなあ……。レペ・アルダン、かな」

「意味は何ですか?」

 ルピナスは微笑んだ。

「秘密です。フランツさん、今日はもう上がってください。申し訳ありませんが、ガリウスさんとお話がありますので……」


 二人はフランツが作ったカクテルのグラスを合わせて乾杯した。

 ガリウスの左薬指にはめられた、傷だらけの銀の指輪が青い照明を受けて鈍く光る。あの太陽のような笑顔の下に隠されたものを、フランツは知っている。彼が仕事に全てを注ぎ込んで没頭して、置き去りにしてきたものを忘れようとしている理由を。

「分かりました。お先に失礼します」

「これ、サンキュな」

 フランツは会釈すると裏に戻った。

今夜のBGMはARIA The ORIGINATION ORIGINAL SOUND TRACK treより、Choro Club feat. Senoo/つないだ手と手 です。

ヴェネツィアに行くのは私の大昔からの夢です。

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