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ABT6. 青い (2)

 翌日、午後十一時過ぎ。

「よう、ルピー、フレデリク」

 右手を軽く上げつつ現れた予約客の男を見て、フランツは明らかに嫌な表情を浮かべた。顔だけでなく、全身で拒絶反応を示した。

「ルメリ……何であなたが? あと、フレデリクじゃなくフランツです」

 ルピナスは(はじ)けるような笑顔でVIPの男を出迎えた。

「ガリウスさん! 本当にお久しぶりです! 会いたかったですよ」

「おうルピー、ちょっとばかし背が伸びたか? 相変わらず元気そうで何よりだ。おいフランシス、なんつー顔してんだよ。せっかく顔を見に来てやったのに」

 もう日付も変わる時間だというのに、彼は真夏の太陽のように底抜けに明るい顔と声で笑っている。フランツは、こっそり舌打ちした。

「フランツさん、お客様にそんな顔をしてはいけません」

 マスターの鋭い視線を無視し、フランツはそっぽを向いた。


 独断と偏見と語弊を承知の上で、ガリウス・ディアスという男を説明しよう。

 表の顔は、クリステヴァ王国文化省考古学研究所の研究員。

 裏の顔は、女王の私設外交組織、機密局(スクレ・ド・レーヌ)の副局長。


 日焼けした健康的な顔に、癖のある黒髪。見た目通りの、いかにもラテン系なコミュニケーション(りょく)(かたまり)。脳味噌のほとんどを活用していなさそうに見える厚かましさ。気さくさを武器に人脈を広げているように見せつつ、その実、生まれついての才覚で裏から人事采配を振るう、絶妙なバランス感覚の持ち主。そのうえ影の努力家であり堅実な研究者であり、心の底では人間というものは皆愛すべき一面があると信じて疑わない、率直なお人好しだ。


 これはもちろん、いい意味でも悪い意味でも大袈裟な評価である。

 一言でいってしまえば、酒の席で絡んでくるお節介な先輩、或いは憎めない親戚の親父だ。

 そして、土足で人の心に踏み入ってくる、フランツが最も苦手とするタイプの人間である。


「相変わらず、無駄にお元気そうで何よりです」

「お前さんも相変わらず、顔に似合わずひねくれてんな。しかしルピー、前も言ったが、まさか仕事まで与えてやってくれるとは思わなかった。苦労かけて悪いなあ」

「いえいえ、そんな。当店を紹介してくださってありがとうございます。私は助かっていますよ」

 ルピナスはフランツを肘で小突くと、「グロスバルサを」と囁いた。ガリウスはカウンター席につく。

「聞いたぞ。屋上の愛の決戦だっけ?」

 フランツはビール瓶を傾けたまま、満面の作り笑いを浮かべた。

「何の話でしょう?」

「フランシスとシャロン・ベリル・フラクスの決闘だよ。御前試合のトリを飾った首席と互角だったらしいな?」

 彼はシャロンのことを知っているらしい。それもそうだろう。


 御前試合というのは、警務省の入省試験で実力があると認められたトップ受験者のみが受けることのできる、儀礼的な試験のことだ。ペーパー試験と、剣技もしくは体術の実技試験の合計点の上位五名が、女王が見守るなか警務省が誇る実力者と手合わせする試合で、毎年春の王都の一大イベントとなっている。

 シャロンは、この試合で上官と互角に渡り合った初の女性だという。フランツも彼女の名前までは知らなかったが、その噂は王都にいた頃、耳にしていた。


「メイド服にヒールで互角だろ。さすがだねえ」

「グロスバルサです」

 フランツはビールジョッキを突き出した。

「サンキュ」

 彼は実に美味そうに酒を飲む。

「あんまり揶揄うと、フランツさんの作り笑顔が怖いので、その辺にしておきましょう」

 ルピナスはドライフルーツの皿を出した。

「サービスです」

「や、ありがとな」

「それで、遠路はるばる王都からお越しいただいた理由は何でしょう?まさか、俺のつまらない顔を見るためだけに公費を無駄にしたり、なさらないでしょう」

「あー……」

 フランツの絶対零度の言葉は、ガリウスには全く効果がない。いつものことだ。しかし彼は珍しいことに、決まり悪そうに目を逸らした。

「ま、ルピーに積もる話もあるしな。そういや、お前、そのうち帝国に行くんだろ?」

 フランツは眉を上げた。ルピナスが話したのだろうか。

「それが何か?」


 ガリウスは白い封筒を出してカウンターに置いた。赤い(ロウ)で封がされており、見覚えのある判が押されている。

「国に戻れなくしておいて、まだ首輪は繋がれたままという訳ですか」

「そう言うな。いちおう給料も出てるだろ」

「この話、マスターに聞かせていいんですか?」

「んー、お前さんも、うすうす気付いてるだろ? ルピーの仕事。それは後で読め」

 ルピナスは肩をすくめた。

「何やら、いかがわしい人物扱いされていますね」

 フランツは封筒を上着の中に仕舞うと、「情報屋みたいなものですよね」と訊いた。彼女は微笑んだ。

「まあ、あながち外れてはいません」

「だいたい、ガリウスと繋がりがあると聞いた最初の時点で疑っていましたよ」

「ひとつ補足しておくと、ルピーはどっちの味方でもない。この街と同じく中立だ」

「それは聞きました。従業員である俺も、中立でなければならないと」


 ガリウスはフランツを見上げた。

「嫌なのか? 俺だって、出来るんなら、お前を国に帰してやりてえし、出来ないならせめて静かに暮らして欲しいって思ってるさ。何とかできないか、手を回してはいる」

 フランツは目を伏せた。お節介だ。彼は、いつもそうだ。彼のせいではないのに。だから、完全に嫌いになってしまえなくて面倒なのだ。

「……別に、それほど帰りたい訳でもありません。この街も悪くない。そこまでしていただかなくても、大丈夫です」

今夜のBGMはSeatbelts/Piano Bar Iです。

ビバップの魅力については、いまさら語る必要はないと思います。

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