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ABT4. ハロウィンの屋上の決闘 (7)

 シャロンとフランツがなかなか屋上から戻ってこないことに気付いた誰かが様子を見に来たのか、昇降口のあたりで物音がした。

「な、何してるんですか!」

 モニカが声を裏返して叫ぶ声が聞こえた。


「邪魔しないでください。喧嘩じゃありません」

 フランツは繰り出された突きを柄で弾き飛ばす。

「ちょっと手合わせしてもらってるんだ」

 シャロンは間合いを取り、隙を伺う。

「で、でも、こんな場所じゃ危ないです!」

「承知の上です。それよりそこにいるほうが危ない」

「あああ……あわわわ」

 まるで喜劇の登場人物のように慌てると、モニカは下に降りていった。


「誰か呼びに行ったみたいだね」

「帰ってくる前に決着をつけましょうか」

「へえ? 防戦一方じゃない」

 フランツは瞬時に間合いを詰めた。その突きを間一髪のところで(かわ)したシャロンは、(かす)かに空気の塊を吐き出す。

「なんだ……今までのは準備運動だったの?」

「そんなところです」



 モニカに手を引かれて屋上に上がってきたブレンだったが、彼は女装のメイドと男装の騎士の奇妙な決闘を感嘆しながら観戦した。

見惚(みと)れてないで、止めてください!」

「いや、ありゃほっとけ。気が済むまではな。それより審判だ審判。俺は剣は分からねえ。よろしく艦長」

 後ろをついてきていた艦長は、やる気がなさそうな顔で柵にもたれかかった。

「剣は嫌いだし分からん」

「でも今はお前しかいねー……痛、痛えな!」

 アストラに九センチヒールで足を踏みつけられたブレンは悲鳴を上げた。

「ブレン、言葉遣いに気をつけろって何回言わせるの?」

「いちいち踏むな、骨が折れたらどうする気だ。アーノルドが無休でこいつのお守りになるんだぞ」

「こいつのお守り? 誰のことを言ってるの! 艦長って言いなさい」

「君たちね、仲がいいのは分かったから静かにしなよ」

「良くねえ!」

「ちっとも良くありません! そもそも艦長が甘やかすからです!」

「やれやれ」



 騒ぐ観客たちをものともせず、フランツとシャロンはひたすら模造刀を打ち付け合っていた。

(負けるかもしれない)

 全身の血が(たぎ)っていた。

 学者になる、だから剣は捨てると言った日、嘘つけと答えた先生の言葉が(よみがえ)る。正直になれ。お前は剣を捨てられない。いくら憎んでも父親を切り捨てられないのと同じように。


(本当はむしろ、負けたいのかもしれない)

 せっかく築いてきた、憧れだった学者への道を捨て去れと先生は言うのだろうか。卑怯なやり方で人殺しを続けることが宿命だとでも言うのだろうか。

(嫌だ)

 でも負けたくないんだろ、負けず嫌い。


 結局、捨てることもできず、そのくせ振るうことも躊躇(ちゅうちょ)しながら、中途半端なまま、こんなところに来てしまった。

 誰かに完膚(かんぷ)なきまでに打ち砕かれてしまえばいいのかもしれない。けれど、それでも恐らく自分は剣を捨てられないだろう。


 負けてプライドを折られた者がどうなるのか、フランツは知っている。そして、負けても持ち直せるメンタルを持つ者が強く、最後に生き残るのだということも。別に知りたくて知った訳ではない。ただ、人よりはるかに多く場数を踏んで、絶望する顔を見下ろしてきただけだ。


 すっと離れながら緩やかに引かれた切っ先が、直線を描くように真っ直ぐ飛んでくる。フランツは体を僅かに捻って躱す。

 時々、剣が伸びているのではないかと思うような腕を持つ剣豪に出会う。それが今まさに目の前にいる。


 踊らされているような気がした。彼女には、神にしか見えないはずの筋書き(シナリオ)が見えているかのようだ。迷いなく流れるように、しかし蝶のように自由に、フィナーレを追っていく。その美しさの中には、間違いなく人の血を吸ったことのある怜悧さが潜んでいる。それを断ち切る一方のフランツは、明らかに追い込まれている側だ。


(でも、たぶん君はまだ本当の恐怖を知らない)

 彼女の息は、先ほどより上がっている。

(いつまでもこうしていたいけれど)

 フランツは彼女の舞を汚す覚悟を固めた。

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