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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 October

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ABT4. ハロウィンの屋上の決闘 (6)

 フランツはシャロンにベンチに座るように促し、水のボトルの蓋を軽くひねってから差し出すと、自分も隣に座った。彼女は勢いよくミネラルウォーターを飲んだ。それから(うつむ)いた。

「好きだったの……ずっと」

「はい」

「叔父でも、他の誰かを好きだって分かってても、好きなの」

「……はい」

「こんな理由で故郷を取り戻したかったって聞いたら、軽蔑するよね」

「いえ」

 フランツは即答した。

「どうして?」

「そんなものですよ。人が何かをする理由なんて。それに、街というのは人がいるから街なのであって、好きな人がいるから帰る場所になるんです」

「あなたにもそういう人がいる?」

 フランツは星の見えない空を見上げた。シャロンも釣られたように顔を上げる。

「……いたこともあるかもしれませんね」


 それからフランツは、隣で夜空を見上げる、涙で澄んだ翠の瞳を見つめた。たった一週間前に出会ったばかりで、話すのも二度目の人だ。が、薄々分かっていた。彼女の瞳に宿った光の強さともろさは危うさを(はら)んでいる。その熱は、重く冷たい故郷の雪ですら容易に溶かしてしまいそうで怖かった。フランツは目を逸らした。

「まだあなたには時間があります。だから、よく考えて、本当にそれがいいと思った行き先を選んでください」

 月並みなことを言って、フランツは立ち上がる。

「フランツさん、いいバーテンダーさんになりそうだね」

「そうですか? ありがとうございます」

「ねえ、こないだ約束したでしょ。今度手合わせするって」

 彼女は立ち上がると、目を腫らしたまま不敵な笑みを浮かべた。

「え、ええ」

「その辺りの商店で買った模造品だけど、相手してくれる?」

 彼女は腰に提げていた飾りの剣を抜いた。

「今? ここでですか? 何言ってるんです、危ないですよ」


 屋上はさして広くないが、それはあまり問題ではない。幅は鉄道の車両くらいで、縦に長く奥行きがあるので、フェンシングの試合場よりはかなり広い。しかし、ここは屋上だ。柵はあるものの、低い上に決して頑丈とは言えなさそうだ。うっかり落ちたら大変なことになる。

「大丈夫、大丈夫」

「うーん……」

 彼女はレイピアの模造刀を二本持っていた。どちらかを選べと言われ、フランツは刀身がやや短く軽そうなほうを取った。

「ほんとにそっちでいいの? ヒール、慣れないでしょ」

「そうですね。いや……そうでもないかもしれません」

 素材はよく分からないが、実物よりもずっと軽いレイピアは手にぴったりと収まる。刀身はメッキのようだ。指で軽く弾いてみたが、強度はあまりなさそうだし、切ることは当然できない。が、本気で突けば怪我は免れないだろう。


「何だろう、メイドさんなのに、さまになってるよ」

「あなたの方こそ」

 二人は笑った。そして次の瞬間、二人の間の空気が張り詰める。懐かしい感覚だ。

「いつでもどうぞ」

「遠慮は要らないよ」

「それはこちらの台詞です」


 静まり返った屋上で一歩を踏み出す。吐く息が白く流れる。寒い。ここには彼女と自分しかいない。

 静かに礼をする。

構え(アン・ガルド)

 フランツの言葉に応えて剣を構えたシャロンの翠の瞳が、刃のように鋭く輝く。

準備はいい(エト・ヴ・プレ)?」

ええ(ウィ)

 シャロンは唇を微かに歪めて笑った。

「フランツ、今ふと思ったんだけど、本名はフランソワなんじゃない? ちょっとアルビオン語に癖があるよね」

「そうですか?」

「ま、そんなことは今はどうでもいいか……始め(アレ)!」

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