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ABT4. ハロウィンの屋上の決闘 (4)

 ルピナスから指示を受け、フランツは王国領南ガリア産のワインを注いだグラスを艦長に手渡した。くすんだ暗いルビー色の液体は、オレンジ色の淡い照明のせいか、彼の髪色に少し近い。

「ありがとう、懐かしい香りだ。マスターにお礼を言ってくれ」

 彼は目を閉じてワインの香りを確かめると、淀みないアルビオン語でそう言った。そういえば、帝国の船員たちはゲルマン語を話すが、彼は初めて会った時も今も、自然なアルビオン語で話している。フランツは王国の公用語であるアルビオン語も、幼少から家庭教師に叩き込まれたゲルマン語も話すので、どちらでも特に困らないのだが。マスターはというと、どちらも違和感なく操っている。


「聞いて良いのか分かりませんが、ご出身は王国ですか?」

 シャロンの親族だというなら、普通に考えて王国の人間のはずだ。艦長は曖昧な笑みを浮かべた。

「ここに来るとアルビオン語で話せて楽だ」

 亡命してきたのだろうか? 或いは自分と同様に国を出る羽目になったか。しかし、王国から帝国に入るのは容易ではない。親族がいない限りは――


 なるほど。フランツは一つの可能性に思い当たった。仕事柄知っていることだが、帝国も、王国ほど厳格でないとはいえ、基本的に世襲制の貴族制度をとっている。

 帝国貴族は、帝国皇帝をトップとした三大組織――政府・軍・元老院いずれかの重役につき、政治を主導している。いずれの組織も一般国民が構成員の多くを占めているが、ロストテクノロジー文明の崩壊以降、その財力をもって人類復興に寄与してきた貴族の権力は、文明崩壊から数百年が経った今もなお大きい。


 帝国軍の支部局長は、軍を統括する総統、その直下の陸海空の三大将軍、その下で本部に所属する中将と少将に次ぐ階級だ。艦長は年齢の割に高い地位からいって、選帝侯と呼ばれる最上位貴族クラスか、それに近い位の貴族の可能性が高い。

 百年前の国交断絶以前は、両国の貴族同士の結婚も、稀ではあれ無かったわけではない。選帝侯の五家あたりなら、後継者確保のために危険を犯してでも帝国に連れ戻される可能性は十分にある。


「シャロンさんを置いて行かなければならなかったんですね」

 彼は青い目でフランツをじっと見つめると、柔らかい笑みを浮かべた。

「君にとてもよく似た女性を知っている気がするんだが、親戚かな」

 フランツは、はっと息を呑んだ。

「母をご存知なのですか」

「その話は、また今度しよう」

 彼は外の階段を降りてくる足音に気付いて顔を上げ、シーツを被りなおした。

「サプライズだというんだから、被っておかないと」



「あの……遅くなりました」

 入ってきたシャロンが外套を脱ぐと、船員たちは歓声を上げた。王子っぽい仮装だが、それは王国軍の儀礼用の制服だった。

「ルメリ。シャロンさん、素敵!」

「ほ、ほかになくて! 汚すといけないのだけど」

 彼女は店内をぐるりと見回した。フランツは空いている真ん中の席を指し、目を合わせないようにしつつカウンターに戻る。

「皆さん、素敵な格好ですね」

 シャロンはややぎこちないゲルマン語で言った。常連の船員の顔ぶれは、ある程度把握しているらしい。


「今日来られたのがうちの人ばっかりで、ごめんなさいね」

 ステンがアルビオン語で言うと、シャロンはいえいえ、と微笑んだ。

「今日はあなたが主役らしいわよ」

「どうしてですか?」

 ステンは意味深な笑みを浮かべた。が、シャロンはカウンター内のフランツに気付き、一瞬変な顔をして、それから驚き、笑い出した。

「すごい! フランツさん?」

 フランツは思いきり顔をしかめた。

「笑わないでください。不本意なんです。傷付きます」

「ずっとその格好がいいよ」

「いいですね! そうしましょうフランシス」

「よくない!」


 アルビオン語を解さない船員たちも、大体の内容はおおよそ推測がついたのか笑った。

「じゃあ、メイドさんのオススメをください」

 フランツは、ルピナスが指示した通りにガリア産のワインで簡易サングリアを作った。

「どうぞ」

 チョコレートとともに出すと、シャロンは嬉しそうにそれに手を伸ばした。

「これ、美味しいよね」

「ねえ、シャロンのオススメのお菓子があったら今度買ってきて。お金は出すから」

 ステンがアルビオン語で熱を込めて言うと、ルピナスが「帝国の方々、王国のお菓子がたいへん気に入ったそうなんです」と付け加えた。

「それなら何か探してきますよ。私、帝国のも食べてみたいです」


 シャロンはサングリアを美味しそうに飲み干した。フランツはそれを横目で見てホッとした。

「それで、何で私が主役なんですか?」

 ルピナスはもったいぶって腰に両手を当てた。

「シャロンさんの探してる親戚の方って、レオンっていう名前でしたっけ?」

「うん。それは愛称で、本名はレオンハルト」

「苗字は?」

「私と同じフラクスだけど……それか、もしかするとホーエンシュタウフェンかもしれない。レオンは私の父とは母違いで。帝国貴族の血筋で、それなりに地位が高いみたいなんだ。そのせいで何かに巻き込まれたんじゃないかと思う」

 フランツは耳を疑った。その名は選帝侯五家のひとつ――中でも筆頭の一族のものだ。

「ですって、艦長さん」

 シャロンは全員の視線が注がれた方向に首を向けた。

「え?」

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