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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 October

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19/93

ABT4. ハロウィンの屋上の決闘 (2)

 それから少しすると、階段を下ってくるパタパタという足音が聞こえてきた。扉が開くと、何と蛍光ピンク色のウサギの着ぐるみが現れた。

「ル……ルメリ……」

 店内の四人の注目を浴びながら、着ぐるみは苦労しつつ頭部をはずす。眼鏡をかけた十代後半

の少女、モニカが顔をのぞかせた。

「こんばんは!」

「モニカさんじゃないですか。なんてキュートなんでしょう!」

 ルピナスは両頬を抑えて破顔した。

「そ、そうですか? これで歩いてくるの、恥ずかしかったんですけど、これしかなくて」


 一体なぜ着ぐるみを持っているのかとフランツは疑問に思ったが、他の三人は気にしていないらしい。モニカの後ろから、今度は大きなクマの着ぐるみが現れ、同じく頭部を外した。

「アーノルド! これはこれは」

 ルピナスは嬉しそうに二人を見比べた。アーノルドは真顔で「来る途中で子どもたちにまとわりつかれた」とこぼしたが、モニカが小声で「満更でもない様子でした」と四人に教えてくれた。ヘッケルは至って真面目にアーノルドを眺め、「予想外だな」とコメントした。ステンは重そうなピアスを揺らしながら、うんうんと頷いた。

「この組み合わせだと、かわいいじゃない~」


「ヘッケルさん、お久しぶりです。あれ……また新人さんですか?」

 モニカはフランツの姿を認めて首を傾げた。アーノルドが眉をひそめる。

「何をしている、フランツ・クロイツァー」

「え?」

 ヘッケル夫妻が首をぐるりと回してフランツを見た。フランツは顔を赤くして腕を組んだ。

「こ、これは、マスターの命令でですね」

 ステンが目を見開いた。

「男!?」

「見れば分かるだろう。肩幅と、胸囲と胴囲の差が……なんだモニカ」

「あ、あの、そういう説明は……あんまり良くないので」

「今日はメイドのフランシスなのですよ、喋らせてはいけません」

 ルピナスはまたもや胸を張る。

「フランシス、モニカさんにマギズ・ギフトを。アーノルドさんはお冷や(タップ ウォーター)で」


 フランツは顔を赤くしたまま、例のお辞儀をした。何故かモニカまで顔を赤くしている。

「うわあ……とっても美人さんです。言われるまで分かんなかった」

「ふふふ、私、マスターが魂を込めて化粧してさしあげましたから。何人騙だませるかチャレンジです」

「何なんですか、それ……」

「喋っちゃダメですよ、フランシス」

 フランツは聞こえないように小さく舌打ちしたが、ルピナスの鋭い視線が飛んできたので口を閉じた。


「それにしても、こんな狭い店内にまだまだ来るの? 入れないんじゃない?」

「いえ、今日来られそうなのは、あと三、四人ですから折りたたみ椅子で何とかします」

 ルピナスは手早くお菓子盛りを作っている。フランツは出来上がったカクテルをルピナスに渡した。

「オッケーです。出して差し上げて」

「お待たせ致しました、マギズ・ギフトとタップ・ウォーターです」

 小声で囁くと、また例の膝を曲げる礼をした。

「ありがとうございます!」

 モニカはにこにこと笑うと、アーノルドとグラスを打ち鳴らして乾杯した。小動物系女子と堅物のアンドロイドとは、何とも奇妙な組み合わせだが、二人は仲が良さそうだ。フランツの視線に気付いたのか、モニカが「アーノルドとは、そこそこ長いお付き合いでして」と説明してくれた。アーノルドは律儀に頭を下げた。

「いつも世話になっている」

「いえいえ! お仕事ですし、楽しいですよ。本当です」


 モニカは少し飲んだだけで頰を染めながら、フランツに話しかけた。

「ところで、フランツさんはこの街のご出身ですか?」

「いえ。王国です。行くあてのないところをマスターに拾っていただきました」

「そうですか。なんだか色々と事情がありそうで大変ですね。少しは慣れましたか? ここは王国とは文化が全然違うでしょうから……」

 モニカは眉を八の字にしている。心から心配してくれているようだった。

「まあ、都市はどこでも似たようなものです」

「そうですね。ここは確か、少し昔はこんなじゃなかったですけど」


 モニカは、この店で揺らめく波のような照明が使われている理由を知っているかとフランツに尋ねた。

「いえ……」

「マスターの思い出ですよ。ここがまだ青い海と、緑が綺麗な場所だった頃の」

 フランツは、ここに転がり込むまで、この街を訪れたことがない。王国と帝国の国境の南のほうに中立都市があるということは勿論知っていた。が、娯楽街のある観光地として名を聞いたのは、確かに最近のことのような気がする。

「マスターは、そういう話をしんみりするタイプじゃないんですよね。自分のことはほとんど話さないし。でも、聞いたら少しずつ教えてくれます」

 モニカは下がってきた赤い縁の眼鏡を上げると、人好きのする笑顔を見せた。

「フランツさんのお話も、少しずつ聞けるのを楽しみにしてますね。私、王国にも一度行ってみたいなって思ってるんです。今の状況では、いつになるかわかりませんけど。あ、でも、話したくなかったらいいんですが」

「いえ。そのうち、お話できると思います。王都のことくらいなら」


 フランツはヘッケル夫妻と何やら話し込んでいるルピナスの横顔を盗み見た。そういえば、この一週間、彼女は苛立ちや不機嫌といった負の感情を見せたことが一度もない。年齢相応の感情の波も、あまりない。彼女こそ、本当はアンドロイドなのではないか? いや、それはないか。

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