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Adrian Blue Tear ―バー・エスメラルダの日常と非日常―  作者: すえもり
Ⅰバー・エスメラルダの日常と非日常 October

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ABT4. ハロウィンの屋上の決闘 (1)

 バー・エスメラルダで働きはじめてから一週間が経ち、フランツはようやく緊張せずにカウンターに立つことが出来るようになった。ルピナスから何種類か基本的なカクテルの作り方を教わり、今夜から実際に客に出してもよいという許可が下りた。


 毎週金曜日に来店しているというシャロンは、昨日は金曜日だったにも関わらず、姿を見せなかった。

「がっかりすることはありませんよ」

 ルピナスは、包帯をぐるぐる巻きにしたミイラの姿で胸を張った。本当はゾンビになりたかったらしいのだが、ペイントを試してみたところ、匂いに耐えられなかったのだという。

「がっかりなんか、してません」

「そうでしょうか? シャロンさんは金曜がダメな時は土曜に来てくれることが多いです。それに、今日はお誘いの連絡もしましたから」

 フランツは青ざめた。

「え、今日……ですか」


 シュールすぎる。洒落た店内に、ミイラ少女と妙に背の高い美女メイドが立っている。

「とっても素敵ですよ、フランツさん……いえ、フランシス。誰もあなたが女装してるなんて気付きません。口を開くまでは」

 ミイラ少女は笑いを堪えつつ言った。フランツは思わず舌打ちしそうになったが、さすがにそれは雇い主に対して不遜だと思い、何とか堪えた。


「あの、俺、やっぱり奥に控えててもいいですかね?」

 カウンター裏の扉の向こうに消えようとする美女メイドを、ミイラ少女は異常な腕力で引き止めた。

「ダメですダメダメ。お給料がなくなってもいいんですか? これはマスターの命令です」

「卑怯です!」

 顔を引きつらせるフランツに、彼女は怖いくらいの満面の笑顔で応じる。

「何とでもおっしゃってください。さあ、開店準備ですよ、フランシス」


 フランツは履き慣れない三センチヒールのせいでよろめきながら、ハロウィン仕様のカボチャのランプを点灯して回った。

「くそ……どこからあんな馬鹿力が出るんだ」

「聞こえてますよ。口が悪い! ガニ股で歩いちゃダメ!」

「ちっ……地獄耳か」



 最初に現れた男女二人組のうち、金髪のショートヘアの女性、ステンは口元に手を当てながらフランツを見つめた。

「あらー、綺麗なスタッフさんを雇ったのね」

 フランツは黙って顔を引きつらせながら微笑みを浮かべた。

「でしょう? でも今夜のステンさんは、もっと素敵ですよ」


 普段は味気ない軍服姿が多いステンだが、今日は赤いリップに豪奢なピアス、シックな黒のドレス姿だ。彼女の夫、ヘッケルは珍しくスーツ姿で、白髪混じりの髪は丁寧に整えられている。

「お二人とも、とっても素敵」

「ありがと、ルピナス」

「肩が凝るんだがね、この格好は」

 ヘッケルは気難しそうな顔で眼鏡を押し上げる。

「仮装なんて私たちには恥ずかしいから、あんまり着る機会のない一張羅にしちゃったの」

「いえいえ、大歓迎です。さて、お飲み物は如何いたしますか?」

「そうね……私はリバー・クワイで。あなたは?」

「ドクター・モローを頼む」

 ルピナスはフランツにウインクした。

「ステンさんのほうは教えましたね。お願いします」

 フランツは彼女から命じられた通り、渋々膝を折ってお辞儀をすると、棚からグラスを取った。分量を測り、ワインを入れる。

「アーノルドの調子はどうだね?」

「問題ないですよ」


 ヘッケルはロストテクノロジーの研究者で、帝都の軍本部で主にアンドロイドの開発をしている。あの襲撃してきたアンドロイドも彼の名を口にしていたが、その界隈では天才奇人として知られているらしい。フランツにはよく分からないが、彼がアーノルドの『プログラム』の調整をしているそうで、月に一度は様子を見に来ているようだ。

 妻のステンは艦長の部下で、メインの仕事は通訳だとルピナスが言っていた。


「今日はお休みなのですが、あとで来てくれるはずです。仮装してって頼んだんですが、してくれるでしょうか……」

「わからん。先日入れたアマギ2.52がうまくいっていれば、軍服以外の何かしらを着てくるかもしれんな」

 ステンが首を横に振った。

「あなたのセンスじゃ、せいぜいアーガイル柄のセーターとジーンズよ。このスーツだって、私が一緒に選んだんだから。寝癖を直すものも一苦労だったわ」

「まあ、アーノルドはいつも軍服かスーツですから、たまにはモッサリした私服っていうのもいいかもしれません」

 そう言いつつルピナスは苦笑する。フランツは出来上がったカクテルをルピナスに差し出した。彼女は少しだけスプーンですくい、味見すると右手でオッケーサインを作る。

「お待たせしました。リバー・クワイとドクター・モローです」

「ありがとう」


 お客様に自らグラスを差し出すのは、これが初めてだ。手が微かに震える。きっと大丈夫だ、何度も練習したし、分量通りにきっちり混ぜた。

 ステンは、街に溢れる広告の女優のように美味しそうにグラスを傾けた。

「美味しいわ、メイドさん」

 そう言ってウインクしてくれる。フランツは、ほっとして息を吐き出した。本当のところ、何か違うと言われるのではないかと恐れていた。ルピナスは、包帯の間から覗くオッドアイの瞳を細めた。

「一歩レベルアップですね、フランシス」

ABT(1)(2)のBGMは『BACCANO!』サントラより、吉森信/イン・ザ・スピークイージーです。

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