ABT3. アマギ2.51の欠陥 (1)
To Sunao Yoshida
バー・エスメラルダのカウンター裏の部屋には、生活する上で最低限の設備が整っている。それは、もともと住居用の賃貸の部屋をバーにしたせいだという。古いガスコンロキッチンと大型冷蔵庫、奥にはシャワー室、そして洗濯機がある。
フランツは洗濯機を生まれて初めて見たので、アーノルドに使い方を教えてもらった。アーノルドというのは、用心棒の一人であり、酔い潰れた艦長を引き連れて帰る役目を負った部下でもあると、ルピナスから説明を受けた。
いかにも軍人気質で硬派な男という印象だったが、何でも彼は、ロストテクノロジーを取り入れた機械人間アンドロイドだという。最初にその話をマスターから聞いた時、フランツは耳を疑った。帝国の技術がそこまで進歩しているとは知らなかったのだ。
もっとも、この技術は軍が秘密裏に開発しているものらしく、ルピナスには冗談混じりに「もし、このことを漏らせばブタ箱行きです」と脅された。なぜそんなアンドロイドを雇っているのかと問うと、彼女は右手で円を作った。用心棒としては申し分ないレベルで、開発に協力しているという体ていで賃金が安く済むという。それから、彼女に言わせればアーノルドは『面白い人』らしい。
「このボタンを数回押して、モードを変える」
ピッピッと電子音がして、赤いランプが移っていく。フランツは慌ててメモをとるが、操作説明書を見ればいいと素っ気なく言われた。
「難しいですね」
「難しい?」
アーノルドは不思議そうに言った。
「慣れないもので」
王国では、魔術を応用した洗濯設備があるが、個人が自宅に所持していることは滅多にない。街にいくつかランドリーがある。もっとも、フランツの実家の地下には洗濯設備があったらしいが、地下は使用人だけが出入りする場所だ。
「そうか」
彼は洗剤を入れると蓋を閉めた。
「あとは完了の音が鳴るまで、何もしなくていい」
「分かりました」
内部が回り始めるのを見つめていると、アーノルドも腕組みをして同じように見つめている。
「半刻ほどかかるぞ」
「ああ、はい」
掃除用具を取りに行く。普段からあまり掃除をしたことがないため、ルピナスからは口うるさく「ここに埃がまだ……」だの「雑巾は捻って絞るんですよ?」だの、怒られる毎日だ。
「クロイツァー、住む部屋は見つかったのか?」
「明日、内見の予約をしているんです」
「そうか」
「アーノルドさんはどこに住んでいるんですか?」
「入管に寮がある」
彼の昼間の仕事は帝国の南部国境支部局の入国管理局の護衛や、艦長のボディガードだという。このバーの部屋で待機している間は、何か別の作業もしている。それで明け方までここにいて、睡眠は仕事と仕事の間に三時間もあれば十分らしい。自分のメンテナンス費と研究費を自分で捻出しているそうだ。予算が足りないという愚痴は、艦長の部下たちがしょっちゅうこぼしている。
フランツが表の掃除をして戻ってくると、彼はまだ腕組みして洗濯機を見つめていた。室内は綺麗に掃除されているが、そんなに見ていないといけないものなのだろうか。
「洗濯機って、ずっと見ておかないとまずいんですか?」
「いや。今は脱水の動作確認だ」
四角い箱はガタガタと音を立てながら揺れている。たしかに脱水という文字の横のランプが点灯していた。
「時々、大物を入れると偏って止まることがある」
「はあ……」
「大きい音がするから、壊れたと思うかもしれない。その時は停止して、偏りを直せばいい」
愛想はないが、丁寧に説明してくれる。しばらくしてピーと音が鳴ると中身を取り出し、彼は丁寧に布巾の皺を伸ばして物干しにかけていく。
「今日はモニカさんという船員の方がご友人と来られるそうですよ」
「そうか」
「接客はされたことがあるんですか?」
「いや、接客は出来ん」
彼なら正確な分量で完璧なカクテルを作れそうだが、客と話すのは苦手そうだ。彼は一通り洗濯物を干し終えると、武器の点検を始めた。
ちょうどルピナスが買い出しから戻ってくる。重いものがないというのでフランツはついていかなかったのだが、牛乳パックやジュースのボトルを大量に抱えているので、フランツは「なんで嘘をついたんですか」と慌てて駆け寄った。
「いえ、嘘じゃないですよ。思い出して買い過ぎちゃいました、えへ」
彼女は冷蔵庫にそれらを放り込むと、自分用に買ってきたらしいジュースを出し、フランツにも手渡してくれる。
「ちょっと一息つきましょう」
今回のBGMはグラッペリ&メニューイン / Swingin' Bachです。