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襖は開け放したまま、足音も立てずに近付いてきた弟彦は、幸長の隣までくるとぺたんと座り込んだ。
書を閉じて表情に乏しい顔を覗き込むと、怖いほど澄んだ瞳に己の陰が映るのが見える。
微かに唇を開いてはまた閉じて、俯いた弟彦は幸長の腰に腕をまわしぎゅうぎゅうと体を押し付けてきた。
不安なのだ。
小さな背中を擦ってやりながら、幸長はそっと言った。
「怖いなら今日はここで私と一緒に寝ようか」
胸にひっついた頭が小さく揺れる。
それを肯定と受け取って、幸長はその頭を優しく撫でた。
やはり戦はだめだと思う。
自分がここを離れたら、弟彦はひとりきりになってしまう。
彼の感情に気付いてやれるのは幸長ただひとりなのに。
生みの母やそばに仕える乳母でさえ、弟彦には感情がないと思っている。
否、ないと思い込んでいるのかも知れない。
弟彦を不憫に思う気持ちがそうさせているのだとしたら、それこそが弟彦にとって不憫なことである。
「何が怖いの?」
弟彦にこたえるのは難しかろうと知りながらも、幸長は尋ねた。
それでもこたえを汲んでやるのが兄の勤めであろう。
弟彦は腕を上げ、真っ直ぐに外を指した。
その指の示す先には深い森がある。
矢の森に変事ありと伝えられたのは、その数日後の事であった。