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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第二章 晩秋の夕暮れ(現在)
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消えたタイ料理店(二)

 大体の状況は見えてきた。早奈は頭の中を整理した。

 美奈と早奈の両親は、十一年前、早奈が十五歳の時にタイで交通事故に遭って亡くなり、美奈も早奈も遺体と対面するために現地に飛んでいる。その時、チャイという名の少年が、美奈に頼み込んで父・多岐川正一郎が書き残したノートを借りたのだ。

 恐らく、正一郎の訃報を聞いて、遺体を安置している病院まで誰かに連れてきてもらい、そこで美奈と再び会ったのだろう。早奈もその時にチャイと再会しているはずだが、この時のことも早奈は覚えていない。

 それから、十年の歳月が流れ、チャイは成人となり、そのノートを美奈と早奈に返すために日本にやってきた。それと、何か大切な話があったようだ。チャイは知り合いのムアン・サボーの店長を頼り、二人の居場所を探してもらうことにした。

 チャイは、美奈と早奈の以前の住所は知っていたのだろう。やがて連絡先を入手し、十二月七日の朝に美奈に連絡を入れ、昼にノートを渡し、話を伝えた。美奈はチャイのことを覚えていたのだろう。そこに危険を感じることはなかった。

 ところが、その日の深夜に美奈が殺された。明け方には、今度はムアン・サボーから火が出て、チャイと店長の行方がわからなくなった。

 これらは、チャイが多岐川正一郎のノートを美奈に返したことと無関係とは思えない。

 しかし……、まだわからないことが多い。

 なぜチャイは今頃になって、わざわざ多岐川正一郎のノートを美奈と早奈に返しに来たのだろう? 誰がやったのかは別にして、なぜ多岐川正一郎のパソコンからハードディスクが取り外されたのだろう? そして何よりも、多岐川正一郎のノートを受け取ったことで、美奈はなぜ殺されなくてはいけなかったのだろう?  

 これらを知る方法は一つしかない。チャイを探し出して話を聞くことだ。

 早奈がそう思って、チャイの写真を持っていないかを聞こうとすると、先に矢沢の方から、思いがけないことを言ってきた。

「ええっと、多岐川美奈さんだったっけ? その人のこと、警察に言った方が良いと思うよ。チャイが誰と会ったのか、警察も気にしていたから……」

 矢沢の言葉に早奈と隼人は驚いた。美奈が誰と会ったのかの間違いではないのか?

「あの火事の後、俺は彼女の部屋に転がり込んでいたんだけど、そこに三条署の刑事がやって来て、チャイの本名とタイの住所、それと、日本にやって来た目的のようなものを聞いてきたんだ」

 チャイというのは、タイ人がよく使うニックネームのようだ。

「俺は、今、あんたたちに言ったことを警察にも話したよ。でも、チャイが会ったのは、奇麗な人だというだけで、誰かは知らないし、チャイも言わなかった。チャイの本名も住所も知らないんだ。そう答えたら、あっさりと帰って行ったよ」

 ムアン・サボーから火が出たことと関係があるのかも知れない。これは後で警察に聞けばわかるだろう。

「店長とチャイの写真はお持ちじゃないですか?」

 矢沢の話が終わるのを待って、隼人が矢沢に聞いた。どうやら、隼人も早奈と同じことを考えているようだ。

「あるよ。チャイが店にやって来た時に、みんなで撮った写真がね」

 そう言って、矢沢はスマホを取り出し、その中に保存している写真を見せてくれた。

「これが店長。その横がチャイ」

 その写真を早奈と隼人のスマホに転送してもらい、最後に店長の名前を聞いて早奈と隼人は矢沢のアパートを辞した。

 店長の名前はスーと言うらしい。本名はわからないが、従業員からは「スーさん、スーさん」と呼ばれて慕われていたとのことだった。四十代半ばの面倒見の良いナイスガイだったらしい。


 帰りの電車では、二人ともテンションが上がった。

 一年がかりで、やっと美奈が会った人物が特定出来たのだ。美奈が受け取ったものもわかった。

 チャイというタイの青年から、父親のノートを受け取ったのだ。そして、理由はわからないが、恐らく美奈が多岐川正一郎のパソコンからハードディスクを取り外し、その二つを本棚にしまった。

 美奈を殺害した犯人が家に侵入したのは、その後である。美奈に睡眠導入剤を注入して意識を失くし、二階の部屋で何らかの作業を行った。恐らく、美奈が取り外したハードディスクとチャイから受け取ったノートのコピーを取ったのだろう。原本を部屋に残したのは、犯行の動機を隠すためだ。

 鬼塚恭介は使い走りか、あるいはダミーで、この事件には真犯人がいる。そいつはムアン・サボーにチャイが身を寄せていたことを知らない。もし知っていれば、もっと早い段階でチャイからノートを奪おうとしたはずである。

 しかし、そいつはチャイが美奈と早奈にノートを返そうとしていたことを知っていた。そして、恐らく美奈と早奈を尾行し、チャイがどちらかに接触するのをずっと待っていたのだ。

 真犯人はチャイの居場所は知らないが、美奈と早奈の居場所は知っている。そして、多岐川正一郎のノートとパソコンのハードディスクに価値があることも知っている。そう……、かつて多岐川正一郎の身近におり、今でも美奈と早奈の近くにいる人物である。

「鬼塚恭介はやっぱ使い走りだね」

「そうだ。この事件には間違いなく黒幕がいる。多岐川正一郎さんのノートとハードディスクの価値を知る人物だ。そいつは美奈と早奈のこともよく知っている」

「そしてチャイがノートを私たちに返そうとしていたことを知っていた人物……」

「やっぱりチャイを探し出して、話を聞いてみないといけないな」

「それと、父がタイで何をやっていたのかも調べないとね」

 早奈は、多岐川正一郎がタイで何をやっていたのか、全く知らないのだ。

「美奈を殺した真犯人は誰なんだ?」

「私たちを尾行していたのは、後から店に入って来た若い二人連れの女だね。女が、少なくとも二人、仲間にいるのは間違いない」

 早奈も隼人も興奮して話したためか、自然と声が大きくなっていた。

 殺し、真犯人、黒幕……。この物騒な言葉に周りが反応しないわけがない。早奈と隼人が、周囲の乗客の怪訝な顔つきに気づいたのは、もうすぐ京都に着こうかという頃だった。

 駅に着くと真っ赤な夕陽が西空に見えた。早奈と隼人の顔を赤く照らしている。三方を山で囲まれた京都の空は、それが青空であれ、夕焼けであれ、他の街より色が濃い。


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