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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第二章 晩秋の夕暮れ(現在)
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消えたタイ料理店(一)

 翌日から隼人は、新聞社に勤める友人に頼んで、昨年の十二月以降に起こった重大事件を調べてもらった。同時に早奈と二人で、三条河原町を中心に、閉店した店がないかの聞き込みを行った。

 少し視点を変えて街を眺めてみると、また違った景色が見えてくる。

 昨年の十二月七日以降、年内に絞ると京都、滋賀、大阪、奈良、兵庫、和歌山の近畿二府四県で、未解決の殺人事件や、被害者が重傷に至った傷害事件は起きていない。

 一方、三条河原町界隈で、昨年の十二月に閉店した店は九軒あったが、一軒を除き、店主も店員にも特に変わったところはない。普通の閉店と言えばおかしいが、儲からなくてやっていけなくなったという理由での閉店である。

 問題は最後の一軒のタイレストランだった。

 ムアン・サボーという名のそのレストランは、十二月八日の明け方に火事を出している。幸いボヤで消し止め、タイ人の店長と住み込みで働いていた従業員は、全員無事に避難したようだ。

 ただ、店長は避難した後、すぐに行方不明になっており、今も消息はわからない。店長がいなくなった店は、その後、閉店となり、店員は全員が違う街に移っている。

 いかにも怪しい。探している条件にぴったりだ。

 住み込みで働いていた従業員の中に日本人もおり、その一人、矢沢宏之という男が神戸の元町にいることがわかった。

 美奈の一周忌を終わらせた十二月の初旬、二人は京都駅からJRで神戸まで行くことにした。


 JR元町駅の三宮寄りを南北に走る鯉川筋という道がある。その道を山手方向に歩き、山手幹線を渡って、少し大阪寄りに行ったところに、矢沢の住むアパートがあった。近くのレストランで働いているとのことだ。

 軽く挨拶をして、まず隼人が話を切り出した。

「矢沢さんが京都で働いておられたムアン・サボーという名のタイレストランについて、教えてもらいたいのですが……」

「なんだろ? 良い店だったけど……」

「この女性を見たことはありませんか? 火事が起こる前の日に、店を訪ねて来たと思うのですが?」

 隼人は美奈の写真を見せて聞いた。

「あの火事の前の日ね。昼頃だったかな、この女性が来たよ。あの日は客が少なくてね。他には後から店に入ってきた二人連れの若い女性客が一組いただけだったから、この写真の女性のことは、はっきりと覚えているよ。綺麗な人だったな」

 矢沢は、早奈と隼人が拍子抜けするくらい、美奈のことをはっきりと覚えていた。

「やっぱり来ましたか。彼女は一人でしたか?」

「ああ一人だった。でも店長とチャイとは知り合いのようだった。チャイとも、店長が通訳して懐かしそうに話していたよ」

「チャイ?」

 矢沢の口から、外国人の名前らしいものが飛び出した。

「そう、去年の十一月の中旬くらいだったかなあ、チャイという名前のタイの大学生が、店長を頼って日本にやってきてね。なんでも店長とは同じ村の出身だって言っていた。日本の女性を探しているとかで、店長も手伝っていたよ」

「それが美奈だったのですね」

 早奈が矢沢に聞いた。

「美奈さんかどうかは知らないけど、チャイはその女性の昔の写真を持っていてね、彼女を探しているって言っていた。名前は言わなかったけど、店に来たのはその人に間違いないよ」

 そう言いながら、矢沢宏之はふと早奈に視線を向けた。じっと見ている。

「どうかしましたか?」

「いや、チャイが持っていた写真には二人の女の子が写っていて、一人はこの女性だったけど、もう一人、彼が探していたのは、あんただよ」

「えっ、私?」

「間違いない。あんたが中学生の頃の写真だと思うけど……。可愛い子だから住み込みの従業員みんなで探してやろうって、すごく盛り上がっていた。姉さんより人気があったんじゃあないか」

 隼人がチラッと早奈を見ると、案の定、早奈はうんうんと頷きながら満面の笑みを浮かべている。

 それはともかく、矢沢が言うには、チャイは美奈と早奈の二人を探しに日本にやってきたようだ。両親が事故で亡くなる一年前、二人は、父親に連れられてタイに行ったことがある。どうもその時にチャイに会っているようなのだ。チャイが持っていた写真はその時に撮ったものらしい。

「早奈は覚えていないのか?」

 隼人がちょっと不思議そうな顔で聞くが、早奈は黙って首を横に振った。

 父親に連れられてタイに行ったのは、早奈が中学二年の時である。その時にチャイと写真を撮ったのであれば、チャイのことを覚えていても良さそうなものだが、そもそも早奈は両親への反発が強い。タイに連れて行かれた時も、ずっとふてくされたままで、誰と会ったとか、どこに行ったとか、そんなことは何も覚えていないのだ。

 早奈は改めて矢沢に問い掛けた。

「そのチャイが、なぜ私達を探していたのか、その理由のようなものは何か言っていましたか?」

「探している女性の親父さんの遺品を借りたままになっていて、それを返しに来たって言っていたよ」

「遺品?」

「ノートを五冊ばかり持っていてね。親父さんが亡くなった時に、娘さんから借りたらしいんだ。日記のようなものかな。中身は絶対に見せてはくれなかったけど……」

「ノートですか?」

 多岐川正一郎の書き残したノート? 早奈と隼人は考えた。どこかで見たことがある。どこだったか?

「それとチャイは、その二人の女性に話したいことがあるって、そうとも言っていたな」

「話したいこと?」

「どうしても、あることを伝えたいって……。でも内容は教えてくれなかったよ。ノートの中身も絶対に言わなかった」

 矢沢がそう言った後、隼人が早奈に声をかけた。

「親父さんの本棚に、確か、ノートがあったよな」

「うん、あった。ハードディスクの横にね」

 多岐川正一郎のパソコンから取り外されたハードディスクの横に、古いノートが五冊ばかり立て掛けられていた。あのノートが美奈がチャイから受け取ったというノートだろうか?

「あのう、矢沢さん。ところで……」

「何?」

「そのチャイという青年の居所なんですが、矢沢さんはご存知ないですか?」

 早奈が矢沢宏之にチャイの今の居所を聞くと、矢沢は、ムアン・サボーの火事の後、チャイも行方不明になっていると言った。

「あの火事騒ぎの時、俺は店長とチャイが外に逃げるのを確かに見たんだ。でも、その後、二人とも行方がわからなくなってしまってね。元気にしていたら良いんだけど……」

 矢沢もチャイと店長の安否が気になるようである。


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