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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第一章 真夜中の惨劇(一年前)
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もう一つの夜

 多岐川美奈が殺害された十二月七日の午後十一時五十分、犯行現場から遠く離れた東京の片隅で、この事件の鍵を握るある男が一人暗闇に紛れてじっと時が来るのを待っていた。

 男の名前は小矢部鉄平。多岐川美奈と早奈の姉妹とは不思議な縁を持ち、この先、早奈と隼人が美奈殺害の犯人を追い詰める上で重要な役割を演じるが、本人はまだそのことを知らない。今はただ、彼もまた時間が止まったままの自分の人生を前に進めようと、一人でもがいている孤独な学生である。


「あと十分か……。もう少しの辛抱だ」

 小矢部鉄平が潜んでいるのは、東京・麹町の十五階建てのオフィスビルの八階。エレベーター横の暗くて寒い物置で、じっと午前零時になるのを待っていた。

 午前零時になれば、高圧電気設備の一斉点検のためにこのビルは全館が停電となり、監視カメラや各フロワーへの入退場のセキュリティシステムが効かなくなる。彼の狙いは、このオフィスビルの八階に本社を構えているOT興業という会社に忍び込んで、盗聴器を仕掛けることだった。

 やがて午前零時が過ぎ、非常灯を残して全ての照明が消灯した。

 鉄平は物置を抜け出し、八階のOT興業のオフィスに移動した。途中、専用のICカードがないと通れないドアがあったが、今日は手動で難なく開いた。OT興業のドアが停電時に解錠することも、この一年の調査でわかったことだ。

 鉄平はこの一年間、OT興業に盗聴器を仕掛けるために必要な全ての情報を取った。

 大学生の彼は留年も覚悟し、このビルの清掃や荷物の運搬、設備の点検といった様々な仕事に従事した。OT興業の従業員とも頻繁に口をきいた。年に一度の点検のことも、そのバイトのなかでOT興業の従業員から聞き出した情報だ。


 OT興業のオフィスに入ると、総務部があり、人事部があり、その奥に秘書部があった。役員室に行くには、この三つの部署を通過しないといけないが、今日はフリーパスだ。通路には録画機能付きの監視カメラがあるが、今は作動していない。役員室には鍵が掛かっているが、それぞれの秘書の机の引き出しに鍵は入っている。

「これが社長室か……」

 目の前には黒塗りの頑丈そうな社長室のドアがあった。すぐ横が専務室である。

 鉄平は社長室と専務室に順番に忍び込み、壁のコンセントの一つをばらし、中に小型の盗聴器を仕掛けた。音声をキャッチし、それを電波で四百メートルは飛ばすことが出来る。電源は常時、コンセント内の電気配線から供給される。

 鉄平は先日、ここから五十メートルほど離れたマンションを賃貸契約した。そこに受信機を置けば、盗聴器をセットしていることがばれない限り、確実に会話を拾うことが出来る。仮に盗聴器が見つかっても、受信機の設置場所はわからず、盗聴器を仕掛けた人物が特定されることはない。

「よし。これで良い」

 盗聴器の設置作業はすぐに終わった。鉄平は部屋を出て、社長室と専務室に鍵をかけ、再び、エレベーターホールまで戻ってきた。このビルは厳重に人の出入りを監視しているため、点検が終わる朝まで外に出るわけにはいかない。

「今度は朝までだ」

 彼はまた物置に入り、床に座って膝を抱きながら、暗闇の中で朝が来るのを待った。

 一人でいることにも、一人で待つことにも、鉄平は慣れていた。暗闇の中の孤独にも慣れていた。しかし、暖房の切れた真夜中の物置で、迫りくる冷気に耐えるのは辛い。

 彼は寒さと闘いながら、じっと我慢した。時計を見ると、午前一時を少し過ぎている。

 やがて、朝が来た。人ごみに紛れて外に出ると、そこには大勢の人が行き交う、まだ薄暗い都会の朝の景色が広がっていた。


 その日の午後のことである。小矢部鉄平が徹夜明けの軽い睡眠から目を覚ましてしばらくすると、仕掛けた盗聴器から初めてある音声が流れてきた。

「なんだ、これは……?」

 鉄平は腰を抜かすほど驚いた。それは、タケチという男とオオタという男による、彼らが犯した殺人についての会話だったのである。

「こいつら、いったい誰を殺したんだ?」


 **************

『店長とムスメはおまえが殺したのか? 相変わらず荒っぽいな、タケチ』

『可哀そうだが、ノートとデータを奪うためだ、仕方がない』

『警察は大丈夫なのか?』

『心配するな、オオタ。今回もオニの仕業に見せかけておいた。警察が俺たちに目を付けることは絶対にない』

『わかった。なら安心だ』

『しかし、オオタ。今頃、ノートが出てくるとは驚いたな。それも、向こうからノコノコやって来るとは……』

『おかげでノートとデータのコピーは手に入った。あとはタキガワのキンだけだ』

『それももうすぐ在りかがわかるぞ』

『オトコを泳がせて後をつけるんだろう。警察に飛び込まなきゃ良いが……』

『確かに……、警察に飛び込まれるとやっかいだ。ただ、あいつも詳しいことは言えないだろ。大騒ぎになれば、あのオトコの村は世界中から狙われる』

『ははは。確かにそうだ。あいつの村は世界中から狙われる』

『オオタ、キンの在りかがわかれば、今度は奪いに行くぞ』

『了解だ。二十年前と十年前はそこまでの余裕がなかったが、今回はもう大丈夫だろう』

『ああ、もう大丈夫だ』

『キンも揃うと三十億か……。そいつは楽しみだ。なあ、タケチ』


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