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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
最終章 対決
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タイ北部山岳地帯、再び

 タイ北部の山岳地帯を一台のワゴンが駆け抜けて行く。

 前後をタイ警察の車両に守られたそのワゴンには、隼人と早奈と鉄平と飛馬とニーナ、それに浅井和宏も乗っていた。サボー村のチャイに会いに行くのだ。

 チャイ訪問が、ずいぶんと遅くなってしまった。というのも、隼人と早奈と鉄平と飛馬は、隼人と早奈の退院を待って、麹町中央署に自首をしたのだった。

 東京・麹町にあるOT興業に深夜に忍び込み、盗聴器を仕掛けたのは立派な犯罪だ。また、それを使って、太田虎彦や太田虎之助の会話を盗み聞きしたのも立派な犯罪だ。

 小矢部鉄平は、そのことをずいぶんと気にしていた。

「じゃあ、みんなで自首しよっか……」と言い出したのは早奈だ。

 隼人も飛馬もそれが良いと思った。鉄平の盗聴記録をそれと知って聞かせてもらい、それを自らの目的のために活用したのも同罪だと思ったのだ。

 鉄平は「俺は一人で行く」と言い張ったが、隼人と飛馬がそれは許さなかった。

「チャイには全てを終わらせて、すっきりしてから、みんなで会いに行きたい」

 早奈のこの言葉が鉄平を動かした。結局、四人で麹町中央署に出頭したのだった。

 日本中が大騒ぎとなった。何しろ、武智楓太の生の声を、四十分間に亘って全国の警察本部に聞かせた男として、隼人の名前は日本中に知られていた。

 鉄平は、膨大な量の盗聴記録を全て警察に提出し、隼人たちは、包み隠さずその記録を聞いて、どう活用したのかを説明した。

 まず初めに無罪放免となったのは、早奈と隼人だ。二人は盗聴器を仕掛けたわけではない。また盗聴記録を聞いたのは、バンコクの鉄平のマンションである。

「バンコクで犯した罪は、バンコクの警察に取り調べてもらわないと……。タイ警察に出頭して頂けますかなあ……」

 冗談混じりで、取り調べの刑事が言った。

「もちろんそうしますので、タイ警察に連絡を入れておいて頂けますか」

 隼人がそう言うと、その刑事はものすごく嫌な顔をした。

 最も深刻だったのは鉄平だ。深夜のビルに不法侵入するという罪が重なっているのだ。

 ただ最終的には、鉄平も飛馬も起訴はされなかった。盗聴したと言っても、肝心の盗聴器が発見されなかったのである。

 石松大吾が太田虎彦の部屋に盗聴器を仕掛けたがっていることを知った武智楓太が、太田虎彦に言って、OT興業の部屋も調べさせたのだ。

 予想通り、社長室と専務室から盗聴器が発見されたが、彼らは、これも石松大吾の仕業だと思って、太田虎之助に全て叩き壊させた。

 受信機は単なる電波受信器である。それを持っているだけでは、盗聴の証拠にはならない。盗聴記録も太田虎之助が、頑としてその内容を認めなかった。

 不法侵入も、被害者のOT興業がそれを認めないのでは、警察としても動きようがなかった。

 結局、自白以外の物証がなく、証拠不十分で鉄平も飛馬も釈放された。

 浅井和宏は、京都府警に進退伺を提出した。

 彼がやったのは、紛れもないウィルスソフトの作成だ。それを京都府警のシステム技術者を総動員して作らせ、民間人のハードディスクに勝手に組み込んだのだ。

 これも京都府警は扱いに苦慮したが、最終的には浅井和宏は懲罰委員会にかけられ、二週間の自宅謹慎と三か月の減給処分となった。

「危なかったぞ。本当にナットに就職の世話を頼まにゃあならんとこだった」

 浅井和宏は大笑いして、隼人たちに事の顛末を詳しく聞かせた。

 ムアン・サボーのスーの遺体は、兵庫県の丹波の山中からほどなくして見つかり、遺骨はサボー村に帰った。東京の奥多摩の山中からも、白骨化した鬼塚恭介の遺体が見つかった。いずれの遺体遺棄現場にも、綿毛状の白い物体で覆われた草花が、辺り一面に生えていた。

 スーとチャイは、バークリック・ファジョングに会ったことがある。多岐川正一郎らの最後の様子を聞きたいと思ったスーが、トレーラーの運転手を探し出し、チャイを連れて話を聞きに行ったのだ。

 バークリック・ファジョングの話は新聞で報道されている通りだったが、チャイは彼の顔をはっきりと覚えていた。

 ムアン・サボーの火災の際、店から飛び出したチャイが見たのは、バークリック・ファジョングだったのだ。その瞬間、十一年前の交通事故も今回の火災も、彼がT737を狙ってやったことだと確信した。

 警察に言っても信用はしてもらえないだろう。捜査に時間がかかるし、その間にT737は奪われてしまうに違いない。そう思ったチャイは、身元がわからないように、サボー村に帰ることだけを考えたと言う。

 チャイが美奈と早奈に伝えたかったこと……、それは、やはり特許の出願についてだった。チャイは、多岐川正一郎が特許を出願するために、京都の特許事務所に相談を掛けていたことを知っていた。T737の培養に成功した彼は、その特許を美奈と早奈の名前で出願しようとしたのだ。全て、隼人が考えた通りだった。

 京都府の旭村からは、柳史郎の白骨化した遺体が発見された。

 柳史郎が両親と住んでいた家のすぐ横の、今では荒れ地となった庭からである。その近辺には、綿毛状の白い物体で覆われた雑草が、まるで何かを囁くように生えていた。

 サボー村からは、チャイの両親の遺体が発見された。二人は山に入り、足を滑らせて崖から転落したようだ。すぐ近くには山の湧水が流れていた。多岐川正一郎が、田畑に害をなすカビの発生源とみた湧水だ。

 近くには、やはり綿毛状の白い物体で覆われた草花が、ざわざわともの言いたげな様子で生い茂っていた。


 西をミャンマー、東をラオスと国境で接するこのタイ北部は、ヒマラヤ造山活動によって隆起した標高千五百メートルを超える山々がなだらかに連なっている。

 山奥深く入るにつれ、樹木は熱帯性の落葉樹から常緑樹に変わり、ところどころに咲く赤や黄色の花々が、緑豊かな山並みに彩りを添えている。

 山間の盆地や緩やかな斜面には、多種多様の少数民族が居住し、それぞれが独自の農耕文化を形成している。空は飛び抜けて青く、その中を白い雲がゆっくりと西から東に流れていく。

 ワゴンは国道から離れ、山道に入った。山道とは言え、道は舗装されており、揺れは少ない。

 やがて、ワゴンは左に折れ、より狭く険しい側道に入った。道のすぐ両側には樹林が迫り、重なり合った枝葉によって陽射しは遮られている。暗くごつごつとした坂道をいっきに駆け降りると、視界が急に広がった。

 広い台地となっており、そこに目的とする集落があった。平らな土地は耕されて、農地となり、それは山の斜面にも棚田となって広がっている。

 大半が米作で、一部、野菜と茶の栽培を行っているようだ。収穫期を迎えているのだろう、田は黄金色に光り輝いている。

 集落に入り、木陰にワゴンは停まった。

 すぐ近くに一人の青年が立っていた。

 早奈には、それがチャイだとすぐにわかった。


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