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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
最終章 対決
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事件の裏側(二)

 多岐川夫妻と小矢部健司を殺害した後、日本に戻った武智楓太は、しばらくして二人の女を仲間に引き入れた。名前はマリアとジュリアというだけで、本名は武智楓太も知らない。どこの国の人間なのかも知らない。人生の目的を見失い、居場所を失った女二人だった。

 武智楓太は、マリアとジュリアにIDと通信機器の運び屋をやらせた。二重IDという仕組みには、どうしてもIDと通信機器を運ばせる人間が欠かせない。特にタイでの犯行が多くなると、バークリック・ファジョングは日本とタイをその都度、往復することになる。気配を消すのが得意なマリアとジュリアは、完璧に運び屋としての役割をこなした。

 昨年の十一月十二日、ジュリアから武智楓太に、チャイという青年が多岐川ノートを持って伊崎睦夫を訪れたという連絡が入った。このチャイという青年は、多岐川ノートを多岐川美奈と早奈に返すつもりで、彼はさらにT737の培養にも成功したようだとジュリアは言った

 武智楓太の目が光った。彼は今度はそれを奪って金に換えることにした。

 チャイの居所はわからず、いつ日本に来るのかもわからない。そこで、武智楓太はジュリアとマリアに多岐川美奈と多岐川早奈を見張らせ、どちらかにチャイが接触するのをじっと待つことにした。

 美奈殺害事件の始動である。

 ジュリアとマリアは、美奈と早奈を張り続け、十二月七日の昼過ぎ、ついに美奈が一人でタイ料理店に入るところをジュリアが見つけた。ジュリアはマリアを呼び、二人で客を装って店に入った。そこには、懐かし気に話をする美奈とチャイと店長スーの三人の姿があった。

 ジュリアから連絡を受けた武智楓太は、日本に呼び寄せていたバークリック・ファジョングを連れて京都に行き、その日の午後九時、美奈が庭に出た隙を狙って玄関から家の中に入り、戻って来た美奈に睡眠導入剤を注入して意識を失くした。そして二階に上がって、多岐川ノートの全てのページをカメラに収め、美奈が取り外した多岐川正一郎のパソコンのハードディスクのコピーも取った。

 午後十一時五十分、美奈と早奈の家の窓ガラスを割ったのはジュリアである。武智楓太は多岐川ノートとハードディスクのコピーが終わると、家の中に下足痕を付け、鬼塚恭介に指紋を付けさせ、さらに美奈を殺害した後、外で待機していたジュリアに窓ガラスを割らせたのである。なお、ホームセキュリティのシステムをセットしたのは午後十一時である。

 その後、武智楓太とバークリック・ファジョングは、明け方になるのを待ってムアン・サボーに火を点け、事情を知る店長のスーを拉致・殺害した。遺体は兵庫県の丹波地方の山中に埋めたということだ。現在、兵庫県警が捜索をかけているが、まだ見つかっていない。


 石松大吾と落合真由美の意識は回復し、現在、筆記での取り調べが行われている。

 太田虎彦がT737を狙っていることを知った石松大吾が、それを横取りしてやろうと考えたのは今年の十月の中頃である。

 石松大吾は、小矢部輸入食品の乗っ取り劇の裏の話を父親の石松三郎から聞かされていない。OT興業設立の経緯もその本性も知らない彼は、石松フーズに無断で廃村開発に手を染めて、それで利益を出している太田虎彦をかねてより快く思っていなかったようだ。

 OT興業のバックにコブラという非合法の組織が付いていることを知ると、そのメンバーをせっせと金で買収し、OT興業の闇の部分の情報を彼らから取った。

 そんな中、今年の十月の中頃、タイコブラに放ったスパイからOT興業がT737の略奪を企てているという情報を掴んだ。桐島隼人と多岐川早奈にT737を探させ、見つかり次第、OT興業がオニという男を使ってそれを奪い取るつもりのようだとも聞いた。

 石松大吾もT737には数十億円の価値があることくらいはわかる。彼は落合真由美という物欲の塊のような女を仲間に引き入れ、彼女を使ってそれを横取りすることにした。

 落合真由美は、京都の近江屋の特販会場から隼人と早奈の指紋のついた包丁を盗み出した。目的は隼人が考えた通り、鬼塚恭介を殺害してその濡れ衣を隼人と早奈に掛け、二人をいぶり出すためである。


 今年の三月十四日深夜の山森家襲撃事件は、武智楓太がコブラを使って行った犯行だった。武智楓太は、釧路市内のホテルに偽名で宿泊し、架空名義の携帯を使ってコブラを指揮した。実行犯から距離を置いていたため、武智楓太が逮捕されることは免れたが、この襲撃事件の失敗は武智楓太を驚かせた。

 これまでも犯行に失敗することや、犯行後にコブラの一部が逮捕されることはあったが、あらかじめ警察が待ち構えていたのは、初めてだったのだ。

 情報が洩れている……。武智楓太は石松大吾を疑った。石松大吾がコブラから情報を取ろうと画策していることも知った。ただ、タイコブラにまで石松大吾の手が伸びているとは思ってもいなかったようだ。


 今年の十月中頃、武智楓太は鬼塚恭介にタイコブラの集結を指示した。なかなかチャイを探し出せないことに苛立った武智楓太が、早奈と隼人に探させることにしたのだ。そのためにマリアに命じて真夜中の大学への侵入事件を起こさせた。早奈と隼人の疑いの目を伊崎睦夫に向けさせ、和賀寺永昌が言葉巧みに誘導して、二人がタイに行くよう仕向けるためである。

 十二月十四日、ついに早奈と隼人がタイに飛ぶことになった。

 武智楓太は、早奈と隼人の渡航日もタイでの宿泊先も簡単に割り出した。伊崎睦夫がタイ自然科学大学の事務局に二人の来客届けを出し、ジュリアがその情報を入手したのだ。そして早奈と隼人が伊崎睦夫を訪問した後、武智楓太はジュリアとマリアにニーナの車を尾行させた。彼女たちは、早奈と隼人がNPO法人・こぶしを訪れたことも知っている。しかし、鬼塚恭介が殺されるという異常事態が発生した後は、混乱したのか、裏口からホテルを抜け出して修理工場の木陰に潜んだ早奈と隼人を見失ってしまった。

 鬼塚恭介を殺したのは落合真由美である。彼女はかねてより金で買収したコブラのメンバーを使って鬼塚恭介に睡眠導入剤を注入させ、その後、彼女自身が鬼塚恭介を刺殺した。そして鬼塚恭介の遺体をチャオプラヤー川に遺棄し、二人に濡れ衣を着せて、早奈と隼人をいぶり出そうとしたが、これは飛馬の活躍により失敗している。

 武智楓太は、タイで一度太田虎彦と鬼塚恭介に会っている。太田虎彦がタイに入国した十二月十四日の夕方だ。石松大吾には気をつけろと鬼塚恭介に忠告した。鬼塚恭介は笑って聞き流したが、この時に手を打っておけば、彼は殺されずに済んだのかも知れない。この時点で、武智楓太にも鬼塚恭介にも、そこまでの危機感はなかった。


 武智楓太が鬼塚恭介の死を知ったのは、その日の午前九時頃のジュリアからの報告によってである。石松大吾が落合真由美という女に命じて殺させたと聞いた彼は、ジュリアに命じて石松大吾をハニートラップに掛けることにした。

 石松大吾が太田虎彦の部屋に盗聴器を仕掛けたがっていることを知ったジュリアは、武智楓太の指示でそれをセットしてやった。もちろん、これは罠だ。太田虎彦はその盗聴器を使って、隼人たちが十二月二十三日午後にチャイに会いに行くという情報を石松大吾に流した。

 武智楓太は、隼人たちのサボー村訪問をどうやって知ったのか?

 チェンマイのレンタカー会社を片っ端からマリアに当たらせ、ニーナの本名、スヌルユット・ティラアーラヤーニ名で、十二月二十三日の午後から、運転手付きワゴンが予約されていることを知ったのである。ニーナがレンタカーを予約した店は、十九日の夕方には見つかり、その日の夜に、盗聴器を使って太田虎彦がそのことを石松大吾に教えている。

 その時の武智楓太の狙いは、石松大吾と落合真由美に隼人たちを尾行させ、自分たちもそれを追って、彼らを一気に叩き潰すというものであった。しかし隼人たちのサボー村訪問が偽装だとわかると、計画を大幅に変更した。

 武智楓太は、なぜ隼人たちのサボー村訪問を偽装と見破ったのか?

 隼人が最後までわからなかった問題である。

「奴らはサボー村訪問の前日に、必ずどこかに集まると思っていた。集まるとすれば日本料理店だ。タイに来て一週間も経つと、日本人ならみんな和食が恋しくなる」

 武智楓太は、ジュリアにニーナの振りをさせ、予約の確認をしたいと言って、ニーナまたはスヌルユット・ティラアーラヤーニ名で予約が入っている店を、これも片端から探させたのだ。もちろん個室のある店に絞った。青葉は日本人に人気の有名な店だ。店を探すのにそれほど時間は必要なかった。二十日の夕方には、ニーナの名前で個室が予約されていることがわかった。

 ジュリアは下見を頼まれたと偽って、二十一日にコブラ数名を連れて青葉の個室で食事を取り、その時に盗聴器を仕掛けた。そして帰り際に、翌日二十二日も同じ部屋になるように頼み、店は快く了解してくれた。なお、ジュリアは、隼人たちの青葉での二回目の打ち合わせの前にも店に電話を入れ、前回と同じ部屋になるよう頼んでいる。

 隼人たちの青葉での会話は、二回とも武智楓太に筒抜けだったのだ。

 隼人たちのサボー村訪問は、偽装ではないかという武智楓太の疑いは確信となった。また、早奈に特許を出願させるという話も即座に武智楓太の耳に入った。

 もし、隼人にミスというものがあるとすれば、青葉もレンタカーも、予約を全てニーナに任せたことだろう。

 それはともかく、レンタカーの予約状況から隼人たちのチェンマイ行きを知った武智楓太は、コブラのアジトをチェンマイのブーゲンビリアの家とし、二十日の朝に太田虎彦をそこに向かわせた。鬼塚恭介はタイ語には通じているが、太田虎彦はタイ語が話せない。通訳をつけたため、この動きは隼人たちの知るところとなり、隼人はサボー村訪問を取りやめた。

 しかし二十二日の夜には、今度は偽装サボー村訪問計画が武智楓太の知るところとなり、二十三日の朝に武智楓太は計画を変更した。

 太田虎彦が使った宇城完太郎の携帯とID、コブラが持っていた武器は、全てケータリングに見せかけてマリアに回収させた。

 石松大吾と落合真由美の居場所は、ジュリアが石松大吾から聞き出している。あとは二人を罠に掛け、襲い掛かるだけである。

 落合真由美を襲ったのはマリアである。彼女は殴られて、そして銃口を向けられて仕方なく、石松大吾との会話を自分のスマホに録音した。

 石松大吾を襲ったのはジュリアである。彼はジュリアと見るや、簡単に騙されて部屋の中に入れ、そして落合真由美と同じく、口が利けなくなるほど殴られた。


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