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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
最終章 対決
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攻防の果て

 隼人はずっとチャンスをうかがっていた。

 この状態で二人とも助かるのは難しいだろう。武智楓太に一撃を食らわして、その間に早奈をこの山荘から逃がす。仮に自分が銃で撃たれても、出来ることはそれしかないと思っていた。

 そのためには、一撃を食らわす少しの時間が欲しい。

 もう少し隙を見せろ……。隼人は焦る気持ちを抑えて、そう念じた。

 少ししてマリアがノートを持って武智に近づいた。

 もう少し右に寄れ、マリア……。隼人はそう心の中で呟いた。マリアが少し右に寄ってくれると、隼人たちとマリアが重なって、銃を放つのに彼女が邪魔になる。

 もう少しだ。マリア、右に寄れ……。祈るような気持だった。

 マリアが少し右に寄った。最初で最後のチャンスだ。まだ十分ではないが、ここで武智楓太に飛び掛かるしかない。

 隼人は、自分の腕を掴んで離さない早奈の手を解いた。早奈も隼人の考えを察知したようだ。また腕を掴んでくる。

 その手を離させ、隼人が今にも武智楓太に飛びかかろうとしたその瞬間のことだった。

 突然、窓ガラスが割れた。

 部屋の中に白煙が濛々と充満し始めた。

 何人もの男がいっせいに部屋の中に突入してくる。

 隼人は早奈の腕を取って、すばやくマリアの背後に移動した。武智楓太が銃を撃ってくると思ったのだ。

 武智楓太は、案の定、「隼人、何をした」と怒声を発しながら、マリアを押しのけ、隼人と早奈に銃口を向けようとした。しかし……、マリアを押しのけるその一瞬の遅れが、武智楓太の命取りとなった。

 彼が狙いを定める前に、突入してきた男たちが隼人たちとの間に入って盾となり、そして一発の銃弾が武智楓太に命中した。

「隼人、騙しやがったな」

 武智楓太のかすれた声が聞こえた。

「知るか」

 隼人の大きな声が、部屋中に鳴り響いた。

 隼人と早奈は、白煙の中で武智楓太が倒れるのを確かに見た。

 女二人は狼狽えて、部屋から逃げ出そうとしたが、すでに数人の男が銃を構えて、彼女たちに狙いを定めていた。

 早奈は全身の力が抜け、隼人にもたれかかったまま気を失った。隼人も早奈を抱えたまま床にへたり込んだ。

「勝った、勝ったぞ、早奈。何か知らんが勝った。よく頑張った」

 隼人は自分でも何を言っているのか、よくわからなかった。


 京都市内の病院で、早奈と隼人は二人並んで治療を受けていた。二人とも怪我は軽症で、すぐに退院出来るということだった。横には京都府警の浅井和宏がいた。

「浅井さん、ディスクに細工をするなら、俺には教えておいてくれよ。もう少しで武智楓太に飛びかかっていたぞ」

 隼人が笑いながら、浅井和宏に文句をつけた。

「悪いな。敵を騙すには、まず味方からと言うからな」

「それにしても来るのが遅いよ。何回、死ぬ覚悟をさせるつもり?」

 早奈も浅井和宏に突っかかってゆく。

「まさか花背とは思わなかった。しかし、よく間を持たせてくれた。ありがとうよ」

 浅井和宏は嬉しそうだった。

 浅井和宏は隼人から特許出願の話を聞いた後、多岐川データの入ったハードディスクにある仕掛けを施した。

 ハードディスクをパソコンにセットした瞬間に、日本中の警察本部にSOSメールを発信するソフトを組み込んだのだ。特に京都府警に関しては、全ての所轄の警察署にもそのメールが届くようにした。

 早奈が特許を出願するということをタケチが知ると、必ず多岐川ノートの原本とハードディスクを狙ってくる。そう読んでの仕掛けだった。

 隼人も早奈もそのことは知らない。浅井和宏からは「多岐川ノートとハードディスクは銀行の貸金庫に預けているから、万一、タケチに拉致されて、ノートとディスクを寄こせと言われたら、素直にそれを渡せ」と言われていただけだった。

 ただ、「それ以外の時は、絶対にハードディスクをパソコンに繋ぐな。それをやると俺は警察をクビになる」とも言われていた。

 何かを仕組んだなとは思ったが、まさか全国の警察本部にSOSメールを発信するソフトを組み込んだとは思わなかった。

 浅井和宏は銀行に掛け合い、自分と隼人と早奈だけが、それらを取り出せるようにした。 

 この仕掛けには一つの欠点があった。

 ハードディスクをセットするパソコンが、インターネットに繋がっている必要があるのだ。そこで浅井和宏は、オンラインストレージに暗証番号を保存し、それを参照しないとハードディスクのアクセス制限が解けないように工夫した。もし武智楓太のパソコンがインターネットに繋がっていなければ、場所を移動するか、接続環境を作るか、何か工夫しろとも隼人と早奈に言ったが、今回に限って言えば、それは不要だった。

 ジュリアが暗証番号を読むためにインターネットに接続してくれたので、その瞬間に、全国の警察本部と京都府警の全ての警察署にSOSメールが発信されたのだ。

 日本中の警察は大騒ぎとなった。

 それともう一つ、浅井和宏はハードディスクに工夫を加えた。

 ほとんどのパソコンには音声マイクが内蔵されている。それを外見上はわからないように作動させ、音声を全国の警察本部ならびに京都府警の全警察署に発信するソフトも組み込んだのだ。

 武智楓太は、十一年前の交通事故に見せかけた多岐川夫妻と小矢部健司の殺害を自慢げに話していた。昨年の美奈の殺害も自分と鬼塚恭介がやったと話した。早奈と隼人を銃で殺すとも明言した。

 それらの会話は、全国の警察本部に筒抜けだったのだ。山荘のパソコンにも、その音声データは保存されている。

 これで日本中の警察は、さらに大騒ぎすることとなった。

 隼人は「こんな花背の山の中まで連れてきて……」と大きな声で言った。花背には和賀寺永昌の別荘がある。警察の発信場所の特定作業は、これでずいぶんと助かった。

 警察庁は「警察の威信をかけて、花背の山荘に急行せよ」といった指令を京都府警に出した。

 隼人は、早奈が拉致されたことや、自分が日本に帰ることを警察には伝えていない。鉄平や飛馬、ニーナにも電話で事情を話したが、警察には言わないように釘を刺した。早奈の居場所がわからなかったからである。

 早奈があの山荘にいなければ、ノートもハードディスクも武智楓太に渡すつもりはなかった。あくまで早奈を連れて来るまで待つつもりだった。もし早奈が痛めつけられている映像でも見せられれば、格闘して死ぬ覚悟だった。マリアが武智楓太と重なった時は、本当に飛びかかろうとした。 

 隼人と早奈にとってラッキーだったのは、武智楓太が隼人と早奈を殺して、さっさとノートとハードディスクを持って逃げなかったことだ。隼人がノートとハードディスクに改ざんを加えていないかと疑い、マリアとジュリアに照合作業をやらせた。武智楓太のその猜疑心によって、隼人と早奈は命拾いした。

 浅井和宏は、SOSメールを受け取った時、少し焦った。

 SOSの発信場所が、京都の北山の山中だったのだ。それに武智楓太は銃を持っている。花背には駐在所しかない。なんとか時間を持たせてくれ……、パトカーを何台も引き連れて、そう祈りながら花背に急行した。

 浅井和宏は、京都市街から花背まで最低四十分はかかると見た。ぎりぎりのタイミングだった。

「間に合って本当に良かった」

 病室で浅井和宏が早奈と隼人に初めにかけた言葉だ。

 浅井の正直な気持ちだったが、早奈と隼人からはさんざん文句をつけられた。警察に何を言われても、何をされても何一つ文句を言わず、ただひたすらに自分たちのやるべきことをやり続けた早奈と隼人に、初めて言われた文句だった。

 浅井和宏は一人の刑事として、そして一人の人間として、無性にそのことが嬉しかった。

 武智楓太は、浅井和宏に銃で撃たれたが、命に別状はなかった。口が利けるようになり次第、警察の執拗な尋問が彼を待っている。なんと言っても日本中の警察が武智楓太の犯罪話を聞いているのだ。もう罰を逃れることは出来なかった。


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