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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
最終章 対決
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鞍馬街道(二)

 ハードディスクのセッティングが終わり、中身を見ようとしたジュリアが突然、怒り狂った顔で隼人に迫ってきた。

「当たり前だ。そのハードディスクには、アクセス制限が設けられている。まず俺のオンラインストレージにアクセスしろ。そこにアクセス許可のためのパスワードが保存されている。俺はいちいちパスワードを覚えてはいない」

 そう言って、隼人はオンラインストレージへの入り方をジュリアに教えた。

 ジュリアは、しばらくハードディスクにアクセスするための操作を行い、やがて彼らが持っているメモリーカードとの照合作業に入った。マリアは、黙々と多岐川ノートの原本を彼らが持っているコピーと照らし合わせている。

「時間がかかりそうだな」

 武智楓太は少しイラっとして言った。

「こんな花背の山の中まで連れてきて、ご苦労なことだな、武智。もっと街の中で堂々と話が出来ないのか」

「おまえ、ここが花背だと何でわかった?」

「俺はこの辺りの道はよく知っている。目隠しをされていても、どこを走っているかなんてすぐにわかる」

 隼人の言葉に武智楓太は、ただ「ふん」とだけ言って、マリアとジュリアの作業に目を移した。

「おまえ、そのノートとディスクを自分のものにして、特許を出すつもりなのか?」

「多岐川正一郎の名前を消して、このノートは俺が書いたことにする。俺が特許を出すんだ、和賀寺永昌の名前で……。いいか、隼人、わからなきゃあいいんだ。わからなきゃあ……」

 武智楓太の狂ったような声が部屋中に響いた。

 隼人は馬鹿な男だと思った。隼人たちは、多岐川正一郎を発明者として特許を出願しようとしているから、多岐川ノートの原本とハードディスクが必要なのだ。和賀寺永昌が自分の発明として特許権を申請するのであれば、そのようなものは必要ない。さっさと自分の名前で特許を出願すれば良いのだ。今、T737を持っているのは世界中で和賀寺永昌だけである。それが盗まれたものであるとは誰も証明出来ない。

 隼人は口が裂けても、そのことは言わないでおこうと思った。

「その作業が終わったら、約束通り、俺と早奈を開放しろよ」

 隼人が言うと、武智楓太は不思議そうな顔をした。

「おまえはめでたい奴だなあ。本当に俺がおまえたちを開放すると思っているのか」

「当たり前だ。おまえは美奈を殺害した。早奈まで殺す必要はないだろう」

「殺すのは早奈だけじゃない。隼人、おまえもだ」

 武智楓太は不敵な笑いを浮かべた。

「おまえは早奈の両親も事故に見せかけて殺した。小矢部健司さんもだ。心が痛まないのか?」

「心? なんだ、それ? そんなものは見たことないぞ。それより、なあ隼人。あの事故は苦労したぞ」

 隼人の言葉につられて、武智楓太はまるで昔を懐かしがるように、十一年前の交通事故について語り出した。

 多岐川夫妻と小矢部健司がチェンマイに行くという情報を得た和賀寺永昌こと武智楓太は、鬼塚恭介と二人でチェンマイ空港に先回りし、人影のない駐車場で多岐川夫妻と小矢部健司を待ち伏せた。そして、彼らが車に乗り込む直前に襲いかかり、三人を気絶させたのだ。

 武智楓太は、その後、三人を乗せて車を運転し、事故現場までやって来ると猛スピードで対向車線にはみ出し、急ブレーキをかけてタイヤ痕を残した。そして自分は車から降り、鬼塚恭介の運転する大型のトレーラーをぶつけて三人の乗る車を崖下に落としたのである。運転席には小矢部健司を座らせた。

 鬼塚恭介ことバークリック・ファジョングが、タイの大型車両の免許を持っていると聞いて、それをヒントに武智楓太が考えた殺人計画だった。

「なぜ多岐川夫妻と小矢部健司さんを殺害したのだ? その時はT737を奪うためではなかったのだろう?」

 隼人のこの問いには、武智楓太はニヤッと笑っただけで答えない。

「ムアン・サボーの店長もおまえが殺したのか?」

「そうだ。チャイがいれば、あいつには用はない。殺して、山の中に埋めてやった」

「何人殺せば、気が済むんだ?」

 この問いにも武智楓太は答えない。

「鬼塚とはどこで知り合ったのだ?」

 武智楓太は知らん顔をして、違う話を始めた。

「俺は太田と鬼塚しか信用していない。殺しはこの三人でしかやらない。美奈の時は俺と鬼塚だ。それをあの馬鹿が鬼塚を殺しやがって……」

 武智楓太は憎々しげに言い放った。

 やはりそうだったのだ。

 鬼塚恭介を殺し、隼人と早奈にその濡れ衣を着せたのは落合真由美だ。武智楓太は、ジュリアから鬼塚恭介の死を知らされるまで、石松大吾と落合真由美がT737を狙っていることに気が付いていなかったのだ。

「二つのIDを持っているのは、おまえと太田と鬼塚の三人だけなのか?」

「そうだ。それがどうした?」

「なぜ、石松大吾と落合真由美を殺さなかったのだ?」

「殺すのは簡単だ。そうしなかったのは、石松大吾を一連の事件の黒幕と思わせて、T737の警護に油断を生じさせるためだ。あごを砕いて証言出来ないようにしたのは、そのための時間稼ぎだ。警察は思った通り、見事に騙されてくれた。馬鹿な奴らだ」

 隼人と早奈は吐き気がしてきた。

「武智。おまえ、このまま逃げ切れると思っているのか? バークリックと鬼塚恭介が同一人物だということは、もう警察にもばれている。バークリックと連絡を取り合っていた人物を警察が調べれば、武智楓太と和賀寺永昌が同じ人物だとすぐにわかるぞ」

「わかったからと言って何が出来る? 世の中、顔の似ている奴はたくさんいる。和賀寺永昌と武智楓太が同じ人間だと、どうやって証明するんだ? 顔認証なんて当てにならんぞ。どこに俺に指紋がある? どこに俺のDNAがあるんだ? なあ、隼人君」

 武智楓太は完全に開き直っている。

「本物の和賀寺永昌はおまえが殺したのか?」

 武智楓太はその問いにも知らん顔をした。

「少し、しゃべり過ぎたな。まあ良い。おまえたちも生きてここから出られるとは、思ってはいないだろう。ノートとデータの照合が終わったら、望み通り、二人セットで殺してやる。今回はこの銃を使う」

 武智楓太は薄ら笑いを浮かべて、そう言いながら隼人と早奈に銃口を向けた。

 早奈は不思議な感覚にとらわれていた。今、目の前にいる男は、姿かたちは確かに和賀寺永昌である。しかし、そこに人格というものを全く感じない。

 仮面をかぶっているのではない。二重人格でもない。恐らく、長年に亘って和賀寺永昌のコピーを演じ続けることで、もう自分が誰なのか、わからなくなっているのであろう。

「武智、銃を下ろせ。おまえ、こんなところで銃をぶっ放して、誰にも音を聞かれないと思っているのか。すぐ近くに登山道があるぞ」

「やはり死ぬのが怖いか。悪あがきしやがって……。ここはな、登山道からは離れている。周囲の山荘からも離れた個人の別荘だ。まあいい、もうちょっとだ。おとなしく待っとけ」

 武智楓太はそう言って銃を下ろし、マリアとジュリアの作業に目をやった。

 やがて、ジュリアの照合作業が終わった。マリアはもう少しかかりそうだ。


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