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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
最終章 対決
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鞍馬街道(一)

 スワンナプーム国際空港発関空行きの深夜便は、ほぼ満席だった。

 年末を日本で過ごす観光客、東南アジアやインドで仕事を終えたビジネスマン、暖かい家庭で正月を過ごそうとする単身赴任の駐在者、さまざまな人間が搭乗開始とともに列を作っていっせいに機内に乗り込んだ。隼人もその中に混じっていた。

 ホテルの部屋を出た隼人は、そのまま空港に直行した。ニーナに電話をして航空券を取ってもらい、鉄平と飛馬にはマナカンホテルの荷物の整理とチェックアウトを頼んだ。荷物はしばらく鉄平のマンションに預かってもらえば良いだろう。

 航空券はかろうじて確保出来た。鉄平と飛馬、それとニーナには警察には黙っているよう、固く念を押した。警察が隼人を尾行すれば、武智楓太に接触出来るかも知れない。しかし、それでは早奈に危険が迫るのだ。早奈は別の場所にいる。

 隼人が座席に腰をかけると、マリアが乗ってくるのがわかった。隼人をチラッと見て、後方に歩いて行った。頬に痛々しい傷があり、ガーゼを当てていた。隼人も左腕は出血し、押さえるとズキっと痛む。お互い様だ。

 航空機は高度一万メートルを偏西風に乗って順調に飛び、やがて六時間弱のフライトで、隼人は無事、関空に降り立った。

 入国審査を受け、到着ロビーに出たが、早朝ということもあり、人影はまばらだ。そこで待つことにした。

 驚くほど寒い。どこかで上着を買わないと……。そう思いながら立っていると、マリアがやって来た。今から車を回すので外で待てと言う。彼女は、隼人にダウンのコートを渡してくれた。不思議なほど、感情というものがない女だった。


 マリアの運転する車は阪和自動車道、近畿自動車道、第二京阪道路を走り、やがて京都市内に入った。

 道は空いているし、日本の街は静かで奇麗で落ち着いている。海外から帰ってくると、いつも思うことだが、隼人には今日はその感慨に浸っている余裕はなかった。

 洛中銀行衣笠支店に到着したのは、午前八時四十分。銀行が営業を始めるまで、隼人たちは車の中で待つことにした。

「さっきは悪かったな、思い切り蹴とばして……」

 マリアは無口な女だ。何も答えない。ただ時計だけを見ている。

「おまえは武智とはどういう関係なのだ。なぜ、あんな男のために危ない橋を渡っている?」

 隼人が聞いても、ただ「うるさい」としか言わない。

「早奈は大丈夫なんだな?」という質問にも「ああ」と言ったきり、後は何を聞いても無言を貫き通している。

 やがて銀行が営業を開始し、隼人は中に入ってノートとディスクを取り出した。マリアがそれを取ろうとしたので、手で思い切り払いのけた。

 マリアが隼人を睨みつけるが、ここでもめ事を起こすのはまずいと思ったのか、すぐに目をそらし、そしてバッグから何かを取り出して、「ここからは、これを着けろ」と言った。

 アイマスクだった。武智楓太から指示を受けているのだろう、行き先を知られたくないようだ。隼人は素直にアイマスクを装着した。


 車はそれから三十分以上走っている。右に左にカーブを曲がるのが、アイマスクをしていてもよくわかる。下りはなく、ずっと平坦か、あるいは上り道だ。道は舗装されている。隼人は行く先を推理した。

 行き先が京都の市街であれば、それほど時間はかからない。郊外に行くのだろう。しかも山の中だ。これだけの時間、上りが続く道は限られる。

 隼人と早奈の家の近くを走る『きぬかけの路』と呼ばれる観光道路から周山街道に入り、そのまま日本海に抜ける国道一六二号線。あるいは京都国際会館のある宝ヶ池から八瀬、大原を通り、そのまま北上して、やはり日本海に抜ける国道三六七号線。あるいは鞍馬川に沿って北上し、鞍馬や花背を通り抜ける京都府道三十八号線。賀茂川沿いに北山を北上し、雲ケ畑に達する京都府道六一号線。京都北山を走るさまざまな道が、隼人の頭の中に浮かんだ。

 隼人はこの辺りの道なら熟知している。他にもあるが道幅が狭く、このスピードで走るのは難しいと思った。

 右に左に曲がるカーブを身体に感じて、隼人に一つの候補が浮かんだ。

 もうすぐ大きく右にカーブするはずだ。隼人がそう思うと、車は大きく右に曲がった。

 次は右と左のカーブの連続だ。そう隼人が想像すると、案の定、車はスピードを落として隼人の身体は右に左に揺れ動いた。

 鞍馬街道だ……。隼人は確信した。

 京都府道三十八号線、若狭湾に通じる鯖街道の一つである。賀茂川の支流の一つ、鞍馬川に沿って車は北上している。行き先は鞍馬か、あるいはその先の花背だろう。

 やがて、車は一時間ほど走って停まった。アイマスクを外して車から降りると、そこは山の中だった。山肌は雪で覆われ、空気が市街よりさらに冷たい。

「ここはどこだ」と尋ねても、マリアは何も言わない。

 花背に違いない。隼人は走った時間から見て、そう思った。

 京都の真北、直線距離にして約二十キロメートルの山中に位置し、嵐山を流れる桂川の上流、保津川の源流がある。北山登山や北山ハイキングの拠点となっており、山の中には多くの山荘が点在している。

 隼人は少し歩いて、その山荘の一つに連れて行かれた。誰か個人の別荘のようだ。周囲には何もない。完全に山の中だ。

 山荘に入ると早奈がいた。縛られている。顔は疲れているが、意識ははっきりとしている。隼人とは別便で帰国し、先にここまで連れて来られたようだ。唇が切れているのが気になった。

 早奈の横には武智楓太がいた。よく知っている顔だった。

「やはりおまえが武智楓太だったのか。和賀寺永昌」

「馬鹿言え。俺は武智楓太だ。武智楓太が和賀寺永昌なのだ」

「そんなもん、どっちでも良い。それより武智、約束通り、多岐川ノートとハードディスクを持ってきたぞ。今すぐ、早奈のロープを解け」

「馬鹿か、おまえは……。全部、作業が終わってからだ。さっさと渡せ」

 よく見ると武智楓太は手に銃を持っており、その銃口は早奈に向けられていた。

「マリア、こいつの身体検査はしたのか?」

 武智楓太は隼人の落ち着き払った様子を危ぶんだのか、マリアに確認をした。

「スマホは取り上げたし、全身を調べても、怪しいものは何も持っていません」

「ジュリア、もう一度、機械で調べろ」

 武智の横にはもう一人、女がいた。ジュリア・ルイビルである。

 ジュリアが器具を取り出し、隼人の全身をスキャンしたが、電波を発するものや金属製品は何も身に着けていない。

「相変わらず臆病な男だ。さっさと早奈のロープを解け。解いたら多岐川ノートとハードディスクを渡してやる。解かないとハードディスクを叩き壊すぞ」

 隼人の言葉に、武智楓太は怒ったような顔で銃口を早奈に向けた。

「その銃、本当に弾が出るの? おもちゃじゃないの。撃ってみなさいよ」

 早奈がまた武智楓太を挑発した。

 このままでは、昨日のホテルでのやり取りと同じになると思ったのか、武智楓太は諦めて、今度は素直に早奈を縛りつけていたロープをマリアに解かせた。

 早奈が隼人に駆け寄ってくる。

「そこに座ってじっとしていろ。少しでも動いたら撃つ」

 武智はソファを指差し、二人を座らせた。距離は約三メートル。武智楓太が銃を放てば、隼人か早奈のどちらかを確実に仕留めるだろう。隙が出来るまで待たねばならない。隼人は、素直に多岐川ノートとハードディスクを武智楓太に渡した。

 ジュリアがパソコンを立ち上げ、ハードディスクをUSB接続するための作業を始めた。マリアは多岐川ノートをコピーと照合している。どうやら、隼人が中身を改ざんしていないか、両方をチェックするようだ。


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