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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第九章 隼人の見落とし
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早奈の挑発(二)

 日本料理店・青葉で、隼人はニーナとトイレに駆け込み、鉄平と飛馬が後に続いた。ニーナが中を確認するが誰もいない。

「トイレにいないということは、何処に行ったのだ」

 隼人は、店の従業員に心当たりがないかを聞いた。

「変わったこと? そう言えば、先ほど飲み過ぎて、連れのお客様に抱えられて、出て行かれた方がおられましたが……。ええ、若い三人組の女性のお客様でしたが……」

 間違いない。抱えられて出て行ったのは早奈だ。隼人はタイ警察のナットに電話しようかどうか迷った。

「隼人さん、何をしている。早く警察に電話をした方が良い」

 鉄平がタイ警察への電話を促す。

 その時、隼人のスマホの着信音が鳴った。知らない番号だった。

『桐島隼人か?』

 女の声だった。

「そうだ。おまえはタケチの仲間か?」

『誰でも良いだろう。それより早奈を預かった。今から言う場所に、今夜の九時におまえ一人で来い。いいか、警察に言えば早奈の命はない。おまえの仲間も連れてくるな。一人で来るのだ』

 一方的にそう言って電話は切れた。

 女が指定した場所は市内のホテルの一室だった。

 隼人はニーナにホテルの場所を聞き、鉄平と飛馬にも事情を説明してホテルに向かった。

 午後九時に女が指定した部屋に行くと、ドアが開いていた。誰もいない。すぐに部屋の電話が鳴った。先ほどの女の声だった。

『一人で来たようだな。今から言う部屋に来い』

 女は違う部屋を指定してきた。相変わらず意味のない手が込んでいる。指定された部屋に行くと、一人の女が座っていた。マリア・スコット……、和賀寺永昌の部屋で見た女だ。

「これを見ろ」

 マリアはテレビのディスプレーを指さして、隼人に言った。

 早奈が椅子に縛り付けられて、意識のない状態でぐったりとしている姿が映っていた。

「早奈に何をした」

 隼人が迫ると、マリアが言う。

「私に手を出したら早奈の命はない。心配するな。首を何度か絞めたら、気を失っただけだ」

 隼人はマリアを睨みつけた。マリアは冷たい声で言い放つ。

「おまえにサンドバッグ状態になってもらう。全身の骨を一本ずつ折り、顔面を血で染めてやる。そうすれば、あの元気なお嬢さんもノートとハードディスクの在りかを言う気になるだろう」

 マリアは本気だ。隼人のためであれば、早奈は在りかを言うと思い込んでいるのだ。

「おまえたちは勘違いをしている。早奈はノートとハードディスクを保管している場所を知らない。あれは俺しか知らないのだ」

 マリアはニヤッと笑った。

「いい加減なことを言うな。あきらめろ」

「嘘ではない。あれはあるところに預けている」

 そこまで言うと、早奈が映っているテレビから男の声が聞こえてきた。

「桐島君、どういうことだ。あるところに預けているとは……」

「おまえはタケチか?」

「いかにも俺がタケチだ。フルネームは武智楓太、覚えておけ」

「いいか、武智楓太。早奈に手を出すな。早奈にこれ以上、指一本でも触れたら、俺はノートもディスクも渡さん。おまえは、あれが欲しいのではないのか」

「いいから、さっさと隠し場所を言え」

「日本だ」

「ふざけているのか。まあいい。やはり、おまえを痛めつけて、早奈に聞くことにしよう」

 次の瞬間、マリアがいきなり太い警棒で襲いかかって来た。隼人の左腕からビシッという鈍い音が鳴り、隼人はうずくまった。

「マリア、隼人に手錠を掛けろ」

 マリアが手錠を持って、うずくまっている隼人に近づいた瞬間、隼人の拳がマリアの顔面をとらえ、続いて蹴りが腹に入った。

 マリアは一瞬で吹っ飛び、口から泡を吹いて動かなくなった。

 隼人の予想外の動きに武智楓太は驚いた。

「馬鹿か、おまえは……。早奈が殺されてもいいのか」

「武智、馬鹿はどっちだ。いい加減にわかれ」

 隼人の怒声が部屋中に鳴り響く。武智楓太は明らかに動揺している。

 抵抗すれば早奈を殺す、そんなことがわからない隼人ではないはずだ。それなのになぜ、マリアを……? 何を考えているのだ?

「武智、早奈を痛めつければつけるほど、あいつは、おまえを挑発してこなかったか?」

 隼人の唸るような声が、武智楓太に聞こえてきた。

「早奈はそういう女だ。死ぬ気なのだ。俺より先に死んだら、おまえは早奈を使って俺を脅せない。そう考えているのだ。それは俺も同じだ」

 確かに早奈は首を絞めれば絞めるほど、もっと絞めろと言わんばかりに挑発してきた。隼人の目も死ぬ覚悟の出来ている奴の目だ。武智は修羅場を何度も経験している。死ぬ覚悟が出来ている奴の目はわかる。武智の目論見は、隼人と早奈のどちらが死んでも達成出来ない。

 あなたたちは何もわかっていないと言った早奈の言葉の意味に、武智楓太はやっと気がついた。

 今、早奈に手を出せば、隼人は自ら死を選ぶのだろう。隼人に手を出せば早奈は死ぬ。武智はこれまで、こんな状況に陥ったことがなかった。圧倒的に有利な立場に立っている自分が、なぜ動揺しなければいけないのか、武智楓太は理解が出来なかった。

 武智楓太は隼人の出方を見ようと思った。

「おまえは自分ならノートとディスクを渡せると言った。それは渡しても良いということなのだな」

「条件次第だ。早奈と俺の両方を無傷で開放すること。それが条件だ。それを約束したら渡してやってもよい」

 隼人は落ち着いた声で言った。

「ほう、自分も助かりたいのか……」

「まだ、わからんのか……。俺が死んだら早奈も死ぬ。早奈が死んだら俺も死ぬ。それでは駄目なのだ。二人セットだ。いい加減にわかれ」

 再び、隼人の怒声が響き渡る。

「わかった。では二人とも助けてやろう。ちゃんと渡したらな。どこにある?」

 武智楓太が折れて来た。どうせ口先だけのでまかせだろうが、ひとまずはそれで良い。

「銀行の貸金庫だ」

「貸金庫? どこの銀行の貸金庫だ?」

「京都の洛中銀行だ。金庫の鍵と暗証番号とそれと指紋認証がいる。出せるのは俺だけだ」

「では、日本に帰ってもらおうか。早い方が良い。今日の深夜便で関空まで行け。関空に着いたら、誰かをおまえに接触させる。そいつの指示に従え」

「早奈も俺が行くところに連れて行け。元気な早奈に会わせないと、俺は死んでも渡さないぞ」

「わかった」

 それだけを言うと、画面はプチッという音がして一方的に消えた。

 隼人は時計を見た。午後十時を過ぎている。急がなければならない。泡を吹いて転がっているマリアをゆすると、彼女は「ううっ」という声を出しながら目を覚ました。大丈夫なようだ。隼人はマリアをおいて、急いで部屋を後にした。


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