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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第九章 隼人の見落とし
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早奈の挑発(一)

 早奈は食欲がなかった。酒も食事も全く進まない。トイレの横のパウダールームで鏡に映った自分の顔を眺めると、少し疲れた顔をしていた。

 このところ緊張の連続で気が休まる時がない。隼人はよくやっている。持てる力を全て出して、見えない敵と対峙してくれている。特許さえ出願すればこちらの勝ちだ。

 そんなことを考えていると、一人の女性が早奈の横に来た。いつの間に入って来たのだろう、どこかで見た顔だ……、と思った瞬間、みぞおちに激しい衝撃を感じた。

 胃の中にある未消化の食べ物が、全て逆流してくる。挙句の果てには胃そのものが、口から飛び出して来るような苦痛が全身を襲った。

 息が出来ない。頭の中が真っ白になる。

 女は二人だった。もう一人は、トイレの入り口で見張りをしていたのだ。

 かろうじて残っている意識を集中して、女の顔を見ようとしたが、目がかすんで見えない。二人の女に押さえつけられ、腕に何か注射のようなものをされた。

 急激に意識が薄れていく。かすかに残る意識の中で、二人に抱えられ、引きずられて行くのがわかった。

 足は動いていない。声も出ない。女たちは両腕を抱えながら、ズルズルと早奈を引きずって行く。

「ごめんなさい。この娘、悪酔いしちゃってぇ……」

 女の声がかすかに聞こえた。

 店の外に連れて行かれ、車のようなものに乗せられたところまでは記憶がある。やがて早奈は、深くて暗い穴に吸い込まれるように、意識が完全に遠のいた。


 気がつくと早奈は狭い部屋の中で椅子に座らされ、両手を後ろに回されて縛られていた。身体もロープで椅子に固定され、身動きが出来ない。

 首にもロープが巻かれ、その先を一人の女が握っていた。それを引っ張ると早奈の首が絞まるようになっていた。

 よく見ると横にも女が一人立っている。ジュリアだ。

 そう言えば、ロープを持っている女もどこかで見たような気がする。二人とも、そこにいるという気配を感じさせない女だった。

 しばらくすると、目の前に置かれたテレビのスピーカーから男の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声だ。

「早奈さん。私がわかるかな?」

「わかるはずないでしょう。そんなテレビの中に隠れていないで、こっち来なさいよ」

 ジュリアが早奈の頬っぺたを思い切り引っぱたく。

「威勢の良いお嬢さんだ。その奇麗な顔を傷つけるのも気がひける。さっさと本題に入ろう。多岐川ノートとパソコンのハードディスクは、どこにある?」

「多岐川ノートとハードディスク? 何、言ってんのよ。あんたらが持っていったんでしょう」

 女が持っていたロープを引っ張る。

 早奈の首が絞まった。顔が苦痛で歪む。充血で顔が赤くなってきた。すぐに緩めてくれたが、それでも早奈はゴホゴホと咳をしながらむせび苦しんだ。

「頑固なお嬢さんだな。これを何回続けるつもりだ」

「あんた、こんなことして、私が何か言うとでも思ってんの。それに、そんなもの知らないと言っているでしょう。頭、悪いんじゃないの?」

 やっと声を出したら、今度は顔にビンタを食らった。

 早奈はジュリアを睨みつける。さっさと殺せという顔だ。

「あんた、身動きの取れない人間しか相手に出来ないんでしょう。可哀そうな人だね」

 早奈が言い終わるかどうか、再びジュリアのビンタが飛んできた。口が切れて血が滲んだが、そんなことはお構いなしで早奈は言った。

「男は怖がってテレビから出てこない臆病者。女は縛られた者しか相手に出来ない出来損ない。人目を避けてコソコソとしか動けないドブネズミ。あんたら、荒ゴミのような人ね。さっさと警察に処分されちゃいなさいよ」

 早奈の首がまた絞まった。顔が真っ赤になり、今度は次第に白くなっていく。しばらくして女はロープを緩めた。早奈は二度、三度、咳をしたが、今度はぐったりとしている。しばらくすると顔色が少し戻ってきた。

「ああ、死んだかと思った。どうだ、こんなこといつまで続けるつもりだ」

 ディスプレーから男の声が聞こえてきた。どうやら向こうからは、こちらが見えているようだ。

「テレビに隠れてるチンケな男と話す気はないんだよ。話をしたいのなら、こっちに来いよ。何度、同じことを言わせんだよ」

 かすれた声で、かろうじて早奈は言った。

 女がまた首を絞めようとしたが、男が制した。

「私は日本にいるのでねえ。そちらには行けないのだ。それより、横の女がもう我慢出来ないみたいだぞ。おまえを殺したくてウズウズしている。どうだ、もう一度だけ言う。多岐川の……」

 男が最後まで言い終わる前に、今度は早奈の大きな声が部屋中に鳴り響いた。

「日本にいるんじゃあなくて、日本に逃げたんだろう。言葉は正確に使え。こそこそ逃げ回って、弱い男だね。あんたの声を聞いていたら、反吐が出そうだわ」

 早奈は男をこき下した。明らかに早奈は男を挑発している。

「状況がまるで理解出来ていないみたいだな。殺されたいのか」

「殺す、殺すって馬鹿じゃないの。たまには人を生かしなさい。あんた、人によく裏切られるでしょう。そんなこと言ってるから、誰にも相手されないんだよ。この女だって、何を考えてんだか、わかんないよ」

 男が少し動揺したのが伝わってきた。早奈は相変わらず強気だ。

「死んでも言わないということか。早奈さんに死んでもらっては困る。では、隼人君を殺すとしよう。聞こえるか? 隼人が殺されても、ノートとハードディスクの在りかを言わないのかな」

 男はそう言うと、女に「やれっ」と命じた。女が今度は、早奈のみぞおちあたりを思いっきり殴りつけた。

 早奈はかろうじて残っている意識を振り絞って、渾身の力を込めて言った。

「あんたたちは何もわかっていない」

 そして、早奈は気を失った。


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