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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第一章 真夜中の惨劇(一年前)
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おかしな時計

 それから一週間が経ち、警察の捜査が少しばかりの進展を見せた。

 まず多岐川美奈殺害事件の重要参考人を特定し、全国に指名手配したのである。半ぐれのリーダーをやっている鬼塚恭介という四十六歳の東京在住の男である。

 鬼塚恭介は十七年前に東京都内で傷害事件を起こし、その時に指紋を取られている。その鬼塚恭介の指紋が、美奈の部屋の壁から採取されたのだ。付いたばかりの新しい指紋であった。

 警察はまた、事件のあった十二月七日午前の美奈の行動についても少しだけ明らかにした。午前七時五十分に家を出た美奈は、その三十分後に、いつも通り勤務先に顔を出したが、その後、人に会う用事が出来たと言って、午前十時に休暇願いを上司に出している。その上司は、美奈がどうしてもと言うのと、特に忙しい時期でもないので許可したそうだ。

 美奈はその後、いったん自宅に戻り、午前十一時三十分に車で家を出るところを近所の住人に目撃されている。美奈はその時に声を掛けられたその住人に、今から人に会うと言って出掛けたそうである。

 事件のあった日の昼頃、美奈が誰かと会ったのは間違いがない。ただ、その人物が事件と関係があるのかどうかは、まだわからない。また美奈の勤務先の電話には、その人物からと思われる着信記録が残されていたが、海外の携帯から掛けられたものであり、身元の特定は難しいとのことである。

 美奈の死因は、やはりロープ状のもので首を絞められたことによる窒息死である。ただ、検死の結果、美奈の体内からは大人一人が熟睡するに十分な量の睡眠導入剤が検出された。恐らく美奈は、眠る前に睡眠導入剤を服用し、襲われた時には意識がなかったのではないかというのが、警察の見解である。


 そんな中、事件の後、多岐川早奈が仮住まいをしているホテルに、桐島隼人がやって来た。事件のあった日の夜、早奈が抱いた奇妙な違和感の正体がわかったと言うのだ。二人はホテルのラウンジで会うことにした。

「早奈。奇妙な違和感の原因って、あの家の二階の時計じゃないのか?」

 ラウンジのソファに腰を掛けるなり、隼人はいきなり本題に切り込んできた。

「二階の時計?」

 隼人に言われて早奈はやっと気が付いた。確かにあの日、二階のある部屋に掛けられたソーラー式の電波時計が、正しい時刻を差していた。それが早奈の抱いた違和感の正体だったのである。

 早奈の家の二階には洋室が三部屋あり、そのうちの二部屋を美奈と早奈が一部屋ずつ自分の部屋として使っている。二人が話しているのは、亡くなった両親の遺品を保管している、もう一つの部屋に掛けている時計である。

 その時計は二次電池がおかしくなっており、充電が三十分くらいしか持たない。部屋が暗くなって三十分が経つと時計は止まり、朝、光が差すとまた動き始める。そして、光を浴び始めて二時間が経った頃、やっと人工衛星の電波を受信して正しい時刻に自動で補正する。電波を受信して正しい時刻を表示するのに、充電が始まってから二時間を要するのである。

 その時計が、あの時、正しい時刻を差していた。これが早奈の抱いた奇妙な違和感の正体だったのである。

 早奈が盗まれたものがないかをチェックするためにあの部屋に入ったのは、午前一時三十分。その時間に部屋の時計が正しい時刻を差しているというのは、ある条件を満たさない限りあり得ない。

「早奈。あの日、鑑識が入って家中の照明を点けたのは午前零時十五分。それから動き出したのでは、時計は正しい時刻に補正されない。あの部屋は、もっと前から照明が点いていたんだ」

「少なくとも午後十一時四十五分まで、照明は二時間以上、点きっぱなしだったってことだね」

「そうだ。そして、その照明を点けたのも、消したのも、それは……、美奈ではない」

「そういうこと……」

 やっと気持ちがすっきりとした。

 美奈が午後十一時四十五分に部屋の照明を消したのであれば、恐らく犯人には、それが外から見えたはずである。そのわずか五分後に、家の中に侵入するなんて危険は冒さないだろう。

 またいくら睡眠導入剤を飲んだとは言え、午後十一時四十五分に起きていた美奈が、五分後に犯人が襲ってきたことにも気付かずに、無抵抗で殺されるということがあるだろうか? それに……、そもそも美奈には睡眠導入剤を服用するという習慣はない。

 午後十一時五十分の警報は、その時間に犯人が忍び込んだと見せかけるための偽装である。そう考える方が自然だ。

 あの犯行のあった日、犯人は、もっと早い時間に開いている窓か玄関から家の中に侵入し、美奈に睡眠導入剤を注入して眠らせ、自分は二階の部屋で何かの作業を行った。

 そして、それが終わった午後十一時四十五分過ぎ、美奈を殺害して部屋の照明を消し、午後十一時五十分に共犯者に窓ガラスを割らせて、その窓から逃走した。ホームセキュリティのシステムをオンにしたのも犯人であり、家の中の下足痕ももちろん偽装である。

 それが早奈と隼人の出した結論だ。

 隼人はこの一週間、早奈の家に何度も入り、二階の時計が特異な動きをすることに気が付いて、早奈の違和感の正体を見破ったのである。


 早奈の供述をもとに京都府警の鑑識が改めて早奈の家に入り、両親の遺品を徹底的に調べたところ、美奈と早奈の父・多岐川正一郎が亡くなる前に使っていたパソコンからハードディスクが取り外されていることがわかった。パソコンに残された痕跡から、その作業は、最近になって行われたものだということもわかった。

 警察は、犯人がハードディスクを取り外し、持ち去ったと考えたが、それはすぐに覆された。同じ部屋の本棚から、多岐川正一郎の蔵書やファイル、あるいは彼が書き残したノートに紛れ込むように衝撃防止シートで丁寧にラップされたハードディスクが見つかったのだ。多岐川正一郎のパソコンから取り外されたハードディスクに間違いなく、また、それには美奈の指紋が付いていた。

 捜査は振り出しに戻った。

 犯行のあった日の夜、多岐川正一郎のパソコンからハードディスクが抜き取られたのは間違いないが、それは盗まれてはおらず、今回の事件とは関係ないものと判断せざるを得なかった。

 警察は、鬼塚恭介の行方を探し出すことに、再び注力することにした。

 早奈と隼人は、ハードディスクが取り外されたことと事件が無関係とは思えなかったが、それ以上警察を動かすことは出来ず、仕方がないので、今後は事件のあった日の昼に美奈が会った人物を探し出すことにした。

 この後、警察の捜査はこう着状態となり、早奈と隼人もただただ虚しい時間だけを過ごすこととなる。二人が、美奈が会った人物を探し出すのは、それから一年後のことである。


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