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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第九章 隼人の見落とし
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タケチの思惑

 隼人たち五人は、再びバンコクの日本料理店・青葉に集まっていた。あの偽装サボー村襲撃事件から数日後のことである。

「しかしなあ、途中までは、うまくいくと思ったのだがなあ……」

 隼人は落胆の色を隠せない。

「俺も今度こそ太田虎彦が逮捕され、奴らの連絡方法もわかると思った。そうすれば過去の事件にも警察の手が入る。しかし、結局、太田もタケチも無傷だ」

 飛馬も今度ばかりは落ち込んでいる。

 チェンマイのアパートで、血まみれにされていたのは落合真由美だった。彼女が今回の襲撃犯のリーダーをやっていたのだ。

 アパートに残されていた落合真由美のスマホは通話を録音出来るタイプのもので、発着信履歴だけではなく、石松大吾とのいくつかの会話が録音されていた。


『あいつらには自動小銃を持たせた。村に入ったらそいつをぶっ放して、まずは思い切りビビらすんだ』

『ええ、わかっています』


『いいか、落合。これがおまえにとって最後のチャンスだ。とにかく、何が何でもチャイを見つけて菌の在りかを聞き出せ。抵抗する奴は殺してもかまわん。もう一度、あいつらに徹底しておけ』

『石松常務、大丈夫です。全て抜かりなく進んでいます』

『T737を見つけたら、すぐに俺に連絡しろよ』

『ええ、わかっています』


『もう村には着いたか?』

『あと二十分くらいで到着すると先ほど連絡がありました。すぐに終わりますから、常務はゆっくりと部屋でお食事でもお楽しみ下さい』

『落合、頼むぞ』


 タイ警察はこれを証拠に、石松大吾と落合真由美の逮捕状を取った。二人とも意識不明の重体で、またあごが砕かれているので、取り調べは当面難しいとのことだ。

 石松大吾が宿泊していた部屋からは、多岐川ノートのコピーと多岐川正一郎のパソコンのハードディスクをコピーしたメモリーカードが出てきた。京都府警は、これを証拠に多岐川美奈殺害事件の被疑者として、石松大吾と落合真由美の逮捕状を請求した。

「あいつらもT737を狙っていたのか……」

 これで、やっと一つの疑問が解消した。

 T737を狙っていたのは太田虎彦とタケチだけではなく、もう一つ、石松大吾と落合真由美のグループがいたのだ。恐らく、石松大吾が取引先の太田虎彦がT737を狙っていることを知り、落合真由美を巻き込んでその横取りを企んだのだ。

 しかし石松大吾と落合真由美は、一つの大きな問題を抱えていた。

 早奈と隼人にT737を探させるという考えは太田虎彦たちと同じだが、石松大吾と落合真由美は、早奈と隼人がいつタイに渡航し、どこに滞在するのかが、わからないのである。

 ずっと早奈に張りついておくわけにもいかない。困った落合真由美は、近江屋の特販会場から早奈と隼人の指紋のついた包丁を盗み出した。タイで早奈と隼人に殺人の濡れ衣を着せ、二人をいぶり出すためである。そして、事前に買収したコブラの連中を使って、それを実行した。それが鬼塚恭介殺害事件だったのである。

 石松大吾と落合真由美にとって、早奈と隼人が警察に捕まるかどうかは関係がない。仮に二人が警察に捕まったとしても、すぐに容疑は晴れ、釈放される。その時点で早奈と隼人に尾行をつければ良い。あるいは、隼人に大怪我をさせて早奈を孤立させ、そこで落合真由美が心配顔で早奈に近づいて一緒にチャイに会いに行く。それが、石松大吾と落合真由美が描いた絵だ。

 早奈と隼人の居場所を知るために、たとえ犯罪者であろうと一人の人間を殺すというのは狂気の沙汰である。しかし彼らもまた、タケチと同様、早奈や隼人たちには到底理解の及ばない異様な世界に住んでいるのだろう。

 タケチは、鬼塚恭介が殺されたことを知って怒り狂ったはずである。落合真由美の背後に石松大吾がいることも容易に想像が出来た。隼人たちのサボー村訪問を完全に偽装と見破り、石松大吾に嘘の情報を流して、石松大吾と落合真由美を罠に嵌めたのだ。

 タケチはどうやって石松大吾に嘘の情報を流したのだろうか?

 隼人はやっと気が付いた。

 ジュリアを送り込むことで、タケチは石松大吾をコントロールしたのだと……。タケチの仲間であるジュリアは石松大吾に近づき、彼が太田虎彦の部屋に盗聴器を仕掛けたがっていることを知った。これ幸いだ。彼女は石松大吾のために太田虎彦の部屋に盗聴器を仕掛けてやった。もちろん太田虎彦も承知の上である。ジュリアがタケチの仲間だと考えると全てに納得がゆく。早奈と隼人のタイへの渡航情報がタケチに筒抜けになっていたことも……。

 太田虎彦は、今回の襲撃事件に関してだけ言えば、何もしていない。単にブーゲンビリアの家に男を集めただけである。

 太田虎彦が使っていた裏の通信手段とIDは、誰かが警察の目を盗んで持ち出したのか、どこからも見つからなかった。

 おかしな点と言えば、ブーゲンビリアの家に集めた男たちに、太田虎彦が自分のことをタロウと呼ばせていたことだけだ。しかし、それは犯罪でもなんでもない。

 結局、太田虎彦は釈放され、その日のうちに日本に帰国した。

 タケチは、これまでの事件と同じく、全く姿が見えない。

 全て、タケチの思惑通りである。

 浅井和宏には、今度こそ本当に帰国命令が出た。

 今後は、石松大吾と落合真由美の回復を待って、二人の供述を取れば良い。太田虎彦やタケチの姿が見えない警察上層部には、そう思えてしまうのだ。

 結局、隼人たちの目論見は、完全に失敗に終わった。


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