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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第八章 隼人の作戦
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偽装サボー村訪問計画

 翌十二月二十三日午前十時、隼人と早奈はバンコク・ドンムアン国際空港にいた。

 スワンナプーム国際空港が開港するまで、東南アジアのハブ空港として活躍した空港だ。

 かつてはバンコク国際空港と呼ばれたこともあるが、国際空港としての主役の座をスワンナプーム国際空港に譲ってから、今では国内便の発着を主体とした空港となっている。

 しばらくすると、鉄平と飛馬、そしてニーナもやってきた。いよいよ出発だ。

 五人はチェックインを済ませて飛行機に乗り込んだ。クリスマスが近いということもあって、満席だった。

 シートに座る前に隼人は周囲を見渡した。特に怪しい人物は見当たらない。

 五人は約一時間二十分のフライトを経て、北の都チェンマイに降り立った。揺れの少ない快適なフライトだったが、今日はそれを喜ぶ余裕は隼人にはない。

「ここからは車で行くぞ」

 空港で少し休んでから、隼人たちは、ニーナが手配した運転手付きのレンタカーに乗り込んだ。三列シートの八人乗りワゴンである。

 運転手はタイ警察の刑事だ。その隣の席にも刑事が座った。

 車は少し市街を走り、やがて国道に入った。

 空は雲一つなく、晴れ渡っている。山が美しいが、色は赤茶け、ところどころ葉が枯れている。

 隼人はこれだけ暑い南国でも、冬には葉を落とす熱帯性落葉樹という木があることを知った。冬というよりは、雨がほとんど降らない乾燥による落葉だ。

 珍しく、鉄平と飛馬は、最後部の座席で眠っている。

「昨日は遅くまで話し込んだからね、興奮して眠れなかったんだね」

「早奈は大丈夫なのか」

「私は大丈夫。いたって元気よ。でも、少し気分悪いかも……」

 元気なのか気分が悪いのか、どちらなのだと隼人は思った。

 休みながら行くので、到着は午後の四時半頃になりそうだ。

「昨日は飲みすぎちゃったからね……、やっぱり、ちょっと気分が……、悪い」

 しばらくすると、早奈もウトウトし始めた。

 よく見ると、ニーナもさっきまでスマホのメールをチェックしていたが、今はぐっすりと眠っている。昨日は、打ち合わせを夜遅くまでやり過ぎたか?

 五人の調子とは関係なく、ワゴンは快調に走る。

 道路沿いには、警察がワゴンを外からチェックするために、一定間隔で警官を配備しているはずだが、隼人には、誰が警察関係者なのか、よくわからない。

 車は国道に面した食料品店の前で停まった。もうすぐ山道に入るとのことだ。

 隼人たちは店の中に入り、水と簡単な食料を買い込んだ。北部とは言え、やはり車から降りると暑い。車が故障した時のことも考えて、大量の水を車に積み込んだ。

 二十分ほど店で休憩をして、車は再び走り出した。

 急に道は狭くなり、カーブが多くなってきた。山道に入ったのだ。片側一車線の狭い道だが、路面の整備状態は良い。

 もう車には隼人たちは乗っていない。先ほどの食料品店で刑事と入れ替わったのだ。

 やがて、チェンマイから約三時間半のドライブで、車は目的地に着いた。

 山岳地帯の小さな盆地にある農村だ。平地には稲と野菜が植えられ、山麓には果樹園が広がっている。村の中を小さな川が流れ、男が何か作業をしている。

 車を降りた五人は、村で一番大きいと思われる建屋に案内された。

 少し休憩して、村の幹部との面談と称する作戦会議が始まった。約一時間遅れで、三台のジープが村を目指しているという連絡が入ったのだ。村人に扮した警察関係者全員に緊張が走った。

 すぐに日が暮れた。気温は一気に下がり、上着を着ないと寒いくらいだ。

 陽が完全に西の山に沈み、暗闇が村を包み出した頃、かなりのスピードでジープが村に突っ込んできた。

 十人ほどの男が降りて来る。リーダーらしき男は手に自動小銃を持っている。男たちは、集落の中をうろうろと歩き回ったが、少しして、ある家の前で立ち止まった。

 リーダーがいきなりその家に自動小銃をぶっ放す。窓が粉々に割れ、屋根も吹っ飛んだ。幸い、家の中には誰もいない。

 周りを見渡すと、銃声に驚いたかのように、一番大きな建屋から人が飛び出してくるのが見えた。叫び声も聞こえてくる。男たちはそこに村人が集まっていると思い、その建屋に向かって走り出した。

 リーダーがまた自動小銃をその建屋に向かってぶっ放した。ここでも激しく窓は割れ、壁は壊れ、屋根が吹き飛んだ。建屋の中はシーンとしている。

 リーダーを先頭に建屋に入り、『チャイを出せ』と叫ぼうとした、その時である。一発の銃声が聞こえ、リーダーの右肩が銃弾で撃ち抜かれた。

 リーダーがもんどり打って倒れる。これを合図に、物陰に隠れていた大勢の村人が家の中に入り、男たちの頭に銃を突きつけた。リーダーの自動小銃も取り上げられた。抵抗すれば、今度は頭を撃ち抜かれるだろう。勝負はついた。

 表にいる男たちも村人に取り囲まれ、銃を突きつけられている。襲撃者たちは全員がいとも簡単に取り押さえられた。


 隼人の立てた計画は、ほぼうまくいった。小さな誤算が一つと大きな誤算が一つあったことを除けば……。

 小さな誤算とは? チェンマイから乗り込んだワゴンに、盗聴器が仕掛けられていたのだ。

 GPSを仕掛けるだろうという予測はしていた。ニーナの本名、スヌルユット・ティラアーラヤーニ名で予約しているレンタカー屋を調べれば、すぐにどの車を使うのかがわかる。真夜中にでもその車に近づき、GPSを仕掛けるに違いない。そう思ったのだ。

 そして、確かに昨夜、警察関係者が隠れて見張る中、一人の男がレンタカー屋に侵入し、GPSを仕掛けた。ここまでは想定範囲内だ。

 しかし朝になって、警察がワゴンをチェックすると、GPSはもちろん、彼らは車の中に盗聴器もセットしていることを発見した。電話回線を使って、長距離でも音声を飛ばせる盗聴器である。これを取り外せば敵に警戒心を抱かせる、盗聴器はセットしたまま放置することとした。

 おかげで車の中の会話が、かなり制限された。

 隼人たちは、外部の警察と口頭での連絡が取れなくなった。急遽、連絡方法を電話からメールに変えた。太田虎彦たちの知らない情報を与えることも厳禁だった。特にチャイの居所を知られないように、サボー村という固有名詞は使用しないようにした。

 太田虎彦たちは、恐らく小矢部鉄平と山森飛馬の存在を知らない。念のため、鉄平と飛馬は会話禁止となった。これが無駄話の好きな飛馬には一番きつかったようだ。

 飲みすぎて気分が悪いと言っていた早奈の言葉も、会話が少ないことに不信感を持たれないための方便だった。

「ストレスが溜まったわぁ」

 そう言って車を降りてからは、普段の倍以上の密度で飛馬と話していた。

 これは結果的には大した誤算ではない。計画は予定通り進行したのだ。

 尾行してきた者が村を襲撃し、それを待ち構えて彼らを拘束した。すぐにブーゲンビリアの家にも踏み込んだ。GPSと盗聴器を仕掛けた男もチェンマイ市内に逃げ込んでいるところを逮捕した。しかし、隼人と警察には、もう一つ大きな誤算があった。今回、村を襲ったのはコブラではなかったのである。

 ブーゲンビリアの家に集まった男たちは、誰一人として動かなかった。代わりに、どこか別の場所からやって来た連中が、隼人たちに遅れること約一時間、国道と山道を追いかけるように駆け抜けて行ったのだ。

「コブラは別に拠点を持っているのか?」

 警察は混乱したが、誰かが村を目指しているのは間違いがない。そのまま計画を実行することにした。

 自動小銃をぶっ放していた男は、単に金で雇われただけの者で、自分はチェンマイにいるボスから指示を受けて、動いていただけだと供述した。

 集められたのもブーゲンビリアの家ではなく、チェンマイの旧市街にある古びたアパートだと言う。警察はそこに急行した。

 捜査員が、そのアパートの二階の奥の部屋に入り込んだ時である。一人の女が手錠を掛けられ、壁にもたれ掛かっているのが見えた。あごの骨が砕かれ、全身血まみれだ。息はしており、脈もかろうじてある。

 机にはスマホがポツンと置かれ、発着信履歴には二人の人物の名前が並んでいた。一人は村を襲撃した自動小銃の男、もう一人は石松大吾だった。

 石松大吾は、すでにマナカンホテルを引き払っており、今はチェンマイのリゾートホテルに宿泊していることがわかった。警察は急ぎ、そのホテルに駆けつけた。

 ホテルはクリスマスイベントの真最中だ。広い庭にはステージが設置され、バンドが入って賑やかに音楽を奏でている。あちこちで歓声が上がり、合唱している連中もいる。

 そういった中をまるで場違いな警察が、人混みをかき分けながら進んで行った。あちこちでパンパンと打ち鳴らされるクラッカーの音が、頻繁に耳に突き刺さってくる。

 やがて警察は、石松大吾が泊っているコテージの前に立った。ノックをしても反応はない。合鍵でドアを開け、中に入った。

 一人の男が椅子に座らされ、両手を後ろに回して手錠を掛けられていた。あごを砕かれたのだろう、顔は倍くらいに腫れあがり、頭から血を流して気絶していた。石松大吾だった。

 テーブルの上には、食べかけの食事とワインが置かれていた。


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