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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第八章 隼人の作戦
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日本料理店・青葉(二)

「しかしなあ、隼人さん。わざわざ二重戸籍にしなくても、通信手段だけ誰か別人のものを使えばいいんじゃないか」

 初めに口火を切ったのは鉄平だ。

「俺は今、鉄平が新たに契約した鉄平名義のスマホを使っている。このスマホを使っている限り、俺が誰に連絡を取ろうと、それは表からは見えない。それで十分だろう、という質問だな」

「ああ、そうだ」

「それだと、もし俺が逮捕されて、桐島隼人のIDと小矢部鉄平のスマホを見つけられたらそれで終わりだ。この仕組みは一発で見破られてしまう。あくまで俺は、小矢部鉄平だと言い張らなければいけないのだ。だから俺には、小矢部鉄平の身分証明書がいるのだ。俺の写真の付いた小矢部鉄平の身分証明書が……」

 この仕組みのアキレス腱は、別人Xと別人Yが連絡を取り合っている時に警察に踏み込まれても、自分はX、自分はYだと言い張らなければならない点にある。絶対にタケチとX,鬼塚とYが、同一人物だとばれてはいけないのだ。逆に、それ以外の場面では、自分はタケチだ、鬼塚恭介だと言い張らなければならない。そのためには、どうしても二つのIDを持って、それを使い分けないといけないのだ。

 それともう一つ、気をつけないといけないことがある。

 二つのIDを同時に持ち歩くことは出来ない。二つのIDを見つけられたら、その時もこの仕組みは破たんする。だから太田虎彦は二つの部屋を持ち、そこにそれぞれのIDと通信機器を置いて、部屋を行き来しているのだ。

 多分、タケチも、どこかで二つの部屋を往復しているはずだ。当然、コブラの実行部隊には二重IDのことを教えてはいない。

「他人の戸籍なんか、どうやったら手に入るのだ。パスポートなら偽造出来るが、戸籍は難しいぞ」

 今度は飛馬が疑問をぶつけてきた。

「身寄りがなく、友人もなく、いなくなっても誰も気がつかない。パスポートや運転免許証は持っていない。そんな人間が人知れず殺されたら……」

 隼人はそれ以上言わなかった。自分の身になって考えたのか、全員が黙りこくった。

「鬼塚恭介は、どうして殺されたのでしょう」

 ニーナが聞いてきた。

「鬼塚は致命的なミスをした。犯行現場に指紋を残すという大失態だ。タケチに睨まれて、そして殺されたんだろう。そう思い込んだ鬼塚恭介が、先に裏切ったということもあるかも知れないが……」

 飛馬がニーナの問いに答えたが、ニーナは「何かしっくりきませんねえ」と言って複雑な表情を見せた。

 隼人もニーナと同じだ。

「鬼塚恭介はタケチを裏切ってはいないし、タケチに殺されたわけでもない。あれは、落合真由美が勝手にやったことなんだ。俺にはそうとしか思えない」

 二重IDを持つということは、互いの信頼関係が必要だ。たとえ警察に捕まっても、仲間のために秘密を完全に守らなければいけない。そう簡単に、裏切ったり処分したりということにはならないのではないか、というのが隼人の考えであった。

「鬼塚恭介って別人Yじゃないの?」

 早奈はいつも隼人を悩ませてくれる。

 抜け目のないタケチのことだ。名前の使い分けには一定のルールを設けているだろう。

 例えば、飛行機に搭乗する時や海外のホテルに宿泊する時など、名前が表に出る場面では彼らは実名を使う。一方、実行犯の前では決して実名を明かさない。連絡を取り合う時は、どちらか一方か、あるいは両方が別人となる。これがルールとして考えやすい。

 一番の問題は鬼塚恭介だ。彼は実行犯のリーダーではあるが、指紋で本人特定されている。なぜ彼は、実名でコブラの指揮を取っていたのだろう?

 隼人は早奈の質問に的確に答えられなかった。

「彼らにとって、二つのIDを同時に見られることは、避けなければいけない。そうなんだろ?」

 鉄平が質問を変えてきた。

「そうだ」

「なら移動中はどうするのだ? 一つのIDしか持って来られないのに、太田虎彦たちは二つのIDをタイに持って来ている。どうやって持って来たのだ?」

「運び屋がいるのだ。誰かが太田虎彦や武智楓太の別人のIDと通信機器を持ち運び、所定の場所にセットしているのだ。それが誰なのかはわからない」

 隼人の答えを聞いて、鉄平が続けて言った。

「その運び屋が、マナカンホテルの一〇三二号室から太田虎彦の別人ZのIDと通信機器を持ち去り、俺たちと同じ便でチェンマイに行き、ブーゲンビリアの家にそれをセットしたということか……。その時、運び屋は俺たちのすぐそばにいたんだ」

 自分たちのすぐ身近に、奴らの仲間がいる。鉄平のその言葉を聞いて、全員に背中がゾクッとするような、一種の気持ちの悪さが湧いてきた。

 連絡方法についての話はこれまでだ。仮説は仮説である。完全ではない。しかし、おおよそは正しいのだろうと全員がそう思った。


「隼人さん」

 鉄平が、隼人に何か言いたそうな素振りを見せた。

「どうした、鉄平」

「実は……、一昨日から、日本のOT興業に仕掛けた盗聴器が聞こえなくなった。どうも、見つかったみたいだ」

 誰かが盗聴に気がついて、取り外したのだ。

 太田虎彦がタイにいる以上、日本の盗聴器は全く役に立っていない。しかし、鉄平は何か寂しいのだろう。

「鉄平、これまでおまえの盗聴にはずいぶんと助けられた。俺たちが出会えたのも、ここにいる全員が無事に生きていられるのも、おまえの盗聴のおかげだ。しかしなあ、鉄平。もういいじゃないか。盗聴はやめよう」

 鉄平は黙って頷いた。


 隼人は話を変えることにした。

「最後に、明日のことで打ち合わせをやっておきたい」

 偽装サボー村訪問計画である。

 隼人は浅井和宏やナットとも相談して、もともと予定していた明日のサボー村訪問を取りやめることにした。コブラの新しい拠点がチェンマイだと知り、五人のサボー村訪問がタケチにばれていると思ったのだ。その代わり、サボー村ではなく、サボー村によく似た別の村を訪問することにした。そうすれば、必ずコブラが隼人たちを襲撃する。それを待ち構えて、太田虎彦やタケチもろとも一網打尽にしてやろうというのである。

 もちろん、村人には警察が事情を説明して、全員をあらかじめ避難させ、代わりに警察関係者が村人に扮装してコブラを待ち構える。そして、コブラが村を襲撃すれば、襲撃犯を取り押さえるとともに、間髪入れずにブーゲンビリアの家やその隣の家にも捜索をかけ、指揮命令系統を押さえる。これが偽装サボー村訪問計画だ。

 これで二重ID説が証明出来る。太田虎彦にも捜査の手が入るし、その背後にいるタケチの姿も見えてくる。

 隼人が打つ、初めての反撃の一手である。五人は、夜遅くまで入念な打ち合わせを行った。


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