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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第八章 隼人の作戦
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日本料理店・青葉(一)

 その日の夕方、隼人たち五人は、バンコクの日本料理店に集まっていた。鉄平と飛馬もチェンマイから戻っている。ブーゲンビリアの家の監視は、タイ警察がやってくれている。

「ニーナに予約を取っておいてもらって正解だ。満席だな」

 隼人がほっとしたように椅子に腰を落として言うと、ニーナも嬉しそうに返してきた。

「ここは人気ですのよ。前の打ち合わせの後にすぐに予約しました。いい席が取れて良かったです」

 前の打ち合わせとは、十二月十八日夕方に鉄平のマンションで行った第一回目の作戦会議である。

 店の名前は青葉。麺類に寿司、鍋、天ぷら、居酒屋メニューに至るまで、和食と名のつくものはなんでもある。日本人に人気の店だ。ニーナは、話を他人に聞かれないように個室を予約していた。

「しかしすごいね、鉄平君と飛馬君は……。頼みこんで、向かいの家を使わせてもらうなんて……」

 早奈は、鉄平と飛馬が老夫婦に頼み込んで、ブーゲンビリアの向かいの家に入り込んだことに、いたく感心していた。

「初めはよう、飯は出せんと爺さんは言っていたが、婆さんがしょっちゅう俺たちのところにやって来てよう……。あれ食え、これ食えって、俺なんかもう腹いっぱいだ」

「そのうち爺さんも来るようになって、夜は大宴会だった。婆さん、踊り出していたなあ。なあ、飛馬」

「婆さんは着替えも用意してくれた。俺たち、手ぶらで行ったからよう。ほら、今着ているのも婆さんにもらったものだ。まあ、何というか、俺たちの人徳だな。なあ、鉄平、ははは」

 次第に、鉄平と飛馬の自慢話になってきた。

「ところで早奈さん、マナカンホテルはどうだ? 良いホテルだろう?」

 今度は、飛馬が早奈に話しを振ってきた。

「ホテルは最高よ。奇麗だし、広いし、プールもあるし……。でもねえ、山森飛馬ってのがねえ、どうも、いまいち……」

「なんだ、俺がどうした?」

 早奈は黙っている。代わりに隼人が答えた。

「実は今朝、ホテルの従業員に『山森飛馬さぁん』って呼ばれたんだ。大きな声で……。しかも日本人の従業員から、日本人の団体客の前で……」

「何ですか? それ?」

 早奈はニーナにもこのことを言っていない。

 マナカンホテルの部屋は、小矢部鉄平と山森飛馬の名前で予約し、その名前でチェックインもしている。隼人と早奈は、名前を変えると太田虎彦にばれると思って、そのまま通していたのだ。

「すると何か、マナカンホテルでは、隼人さんが小矢部鉄平で、早奈さんが俺になっているのか?」

 飛馬がそう言うと、やっと鉄平も事態を飲み込めたようで、気の毒そうに早奈を見た。

 ニーナと飛馬は諸手を打って、笑い転げている。

「すると、ホテルの従業員は、ずっと早奈さんを山森飛馬だと思っていたのか?」

「そう、私は山森飛馬よ。なんか文句ある?」

「いや、別に何も文句はないけど……。でも、それって、かえって目立ってないか?」

「山森飛馬さんが、多岐川早奈さんになるよりは、ましかも知れませんわねえ」

 ニーナも嬉しそうだ。

「ニーナ、何を喜んでいるのよ。私はね、別に誰になってもいいんだけど……、山森飛馬ってのがねえ、なんか気に入らなくってねえ。ははは」

 最後は、早奈もやけくそ風に笑った。


「そろそろ本題に入ろうか」

 時間も過ぎた頃、隼人がおもむろに切り出した。午前中の浅井和宏の話は、もう少し詳しいことがわかるまで、鉄平には伏せておくことにした。乗っ取り劇の話は隼人の推測だし、鉄平には少し刺激が強すぎるような気がしたのだ。

 鉄平がチェンマイの状況を報告する。

「コブラはほぼ再結成したと思う。俺たちが張っていたブーゲンビリアの家には、そうだな、もう十人は集まっている。太田虎彦がリーダーをやるみたいだ。それと、これが通訳の顔写真だ」

 そう言いながら鉄平はアキヤマ・トシユキの写真を見せた。

 浅井和宏に漢字名を調べてもらったところ、アキヤマ・トシユキは秋山利幸と書くことがわかった。

「太田の動きはどうだった?」

「ブーゲンビリアの家は敷地の奥が隣の家と繋がっていて、隼人さんの言う通り、太田だけが、時々、そこに出入りしている。二階の部屋で何かをしていた」

 鉄平の説明に、隼人はやはりと思った。

 鉄平に続いて飛馬が言った。

「今から思うと、あの火焔木の家の隣も人の出入りが全くないのに、時々、照明が点いていたような気がするのだ」

 鉄平と飛馬は、火焔木の家の隣は空き家だと思っていたらしい。ところが、時々照明が点いたり消えたりしていたと飛馬は言う。

「飛馬に言われて俺も思い出したよ。確かに、火焔木の家の隣には誰かがいた。常時ではない。時々だ。間違いない」

 鉄平も同じことを言った。

 隼人はやはりそうかと思った。隣の家を使っていたのは、鬼塚恭介だ。

「みんな、奴らのカラクリがわかったぞ」

 隼人が少し興奮気味に言った。

 なぜ、黒幕には捜査の手が及ばないのか? 

 なぜ、二つの部屋を使うのか? 

 ずっと考えていた疑問に、ある答えが出たのだ。

「太田虎彦とタケチ、そして鬼塚恭介は戸籍を二つ持っていて、二人の人間になることが出来るのだ」

 みんなは唐突感があってついてゆけない。

 彼らは全員が、二つのID、すなわち二つの住民票と運転免許証とパスポートを持っている。そして、普段の生活の時と悪事を行う時とで、人間を使い分けると隼人は言っているのだ。

 例えば、タケチの別人をX、鬼塚恭介の別人をYとすると、タケチは太田虎彦と連絡を取る時はタケチだが、鬼塚恭介やコブラと連絡を取る時は別人Xとなる。

 鬼塚恭介は、タケチと連絡を取る時は別人Yとなるが、コブラの指揮をとる時は鬼塚恭介となる。

 そうすると、連絡ルートは『太田虎彦=タケチ=タケチの別人X=鬼塚恭介の別人Y=鬼塚恭介=コブラ』となる。

 金の流れも同じだ。悪事の報酬も全く同じルートで支払われる。鬼塚恭介ではなく、鬼塚恭介の別人Yが、タケチの別人Xから報酬を受け取るのだ。

 この仕組みであれば、鬼塚恭介やコブラをいくら調べても、タケチと連絡を取った証拠はどこにも残らない。同じようにタケチをいくら調べても、鬼塚恭介との繋がりは見えてこない。

「今度のコブラのリーダーは太田虎彦だ。そして、タケチがどこかで指揮を取っている。今度の連絡ルートは『タケチ=(タケチの別人X)=太田虎彦=太田虎彦の別人Z=コブラ』だ」

 ここで言うIDとは日本で言えば戸籍のことで、具体的にはマイナンバーカードや運転免許証、パスポートなど顔写真付きの身分証明書のことである。

 隼人は偽造ではなく、あくまでタケチとしてのマイナンバーカードや運転免許証と、別人Xとしてのマイナンバーカードや運転免許証の両方を持ち、住む家も分けて、完全に別人になりきっていると考えているのだ。

「これならあいつらの犯罪を警察がいくら調べても、タケチや太田虎彦との繋がりが見えないだろう。鬼塚恭介をいくら調べても、タケチや太田虎彦の名前が表に出てこないのも説明が出来る」

 隼人は、何でもいいから疑問点を出してくれと、みんなに言った。


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