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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第八章 隼人の作戦
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ブーゲンビリアの家(三)

 その約四時間後、鉄平と飛馬はチェンマイ市内の一軒家の二階にいた。斜め前にはブーゲンビリアの赤い花が咲き誇った家が見える。太田虎彦とアキヤマが入って行った家である。

 鉄平と飛馬は隼人たちと別れた後、太田虎彦たちと同じ便でチェンマイまで飛び、ニーナが手配してくれたタクシーでこの住宅街までやって来たのだ。

 太田虎彦たちが入った家は、バンコクの火焔木の家よりも小振りで平屋だが、余裕で十人は寝泊まりが出来る。道路との境界には、ブーゲンビリアが垣根代わりに植えられており、赤い花が咲き乱れている。

「火焔木といい、このブーゲンビリアといい、柄にもなく赤い花が好きだなあ、コブラの連中は……」

「目印としてわかり易いんだろう。ここに集められる連中には、初めて来る奴もいるんだから……」

 鉄平の言葉に、飛馬はなるほどと納得した。

「飛馬、少しここで奴らを見張っていてくれないか。俺は空港に戻って、レンタカーを借りてくる。車がないと不便だからな」

 鉄平は飛馬をブーゲンビリアの家の前に残し、レンタカーを借りに空港に戻った。

 鉄平がブーゲンビリアの家に戻ると、飛馬は家から少し離れた空き地にいた。

「鉄平、だめだ。あいつらの家の前をウロウロしていたら、男が睨みやがった。胡散臭いのがうろついていると思ったのだろう。ピリピリしていやがる」

 確かに車を家の前に停めて、そこで寝泊まりしながら、監視を続けるのは難しそうだ。火焔木の家のように、前にホテルでもあれば良いが、そう都合良くはいかない。遠隔監視用のカメラがあれば良いが、隼人に貸してしまったし、あったとしても、取り付ける場所も電源もない。彼らはホトホト困り果てた。

「仕方がない。飛馬、行こう」

 そう言いながら鉄平が空き地を飛び出し、ブーゲンビリアの家に向かって歩き出した。

「鉄平、さすがにそれは無理だ。二人で殴り込みをかけるのは……」

 飛馬が鉄平を追いかけるが、飛馬の心配をよそに鉄平はスタスタと歩いて行く。やがて一軒家の前で止まった。

 鉄平が訪ねたのはブーゲンビリアの家ではなく、その向かいの家である。ブーゲンビリアの家より小さいが、二階建てだ。

 鉄平と飛馬が家の前に立って住人を呼び出すと、老いた男が出てきた。

 何の用だ、と言いたげな怖い顔をしている。

 鉄平がタイ語で何かを話し出した。

『今、あなたの家の向かいの家に、コブラという不法組織のメンバーが集められようとしている』

『僕たちは日本の大学に通う学生で、彼らの被害者だ』

『彼らを追って、日本からここまでやってきた』

『ついては彼らを見張りたいので、あなたの家の二階を使わせてもらえないだろうか』

 そのようなことを鉄平は老人に言ったらしい。

 老人の顔つきが少し穏やかになった。中に入れという仕草をしている。

 家の中には老人の妻だろう、年老いた女性が一人座っていた。老人は鉄平と飛馬にソファに座れと言った。

「玄関先だと奴らに聞こえるでなあ。あんたの言う通りだ。あいつら、チェンマイで悪さをする時に、時々向かいの家に集まってきよる。迷惑な話だ。警察に言っても、何か危害を加えないと、なかなか動けんそうだ。あんたら、あいつらの動きを探りたいんか?」

「ええ、そうです。奴らはこのチェンマイで、何かの犯罪を行おうとしている。それを突き止めて、警察に突き出したいのです」

「貸してやりたいのはやまやまなんだが、しかし、あんたらの素性もわからん。ここで変な揉め事を起こされても、たまらんしなあ」

 当たり前だが、二つ返事ではない。

「そっちの若いのは、怖い顔しとるしのぉ」

 飛馬を見て老人は言った。

 飛馬は、普段はぬいぐるみの熊のような顔をしているが、真面目な顔をすると、怖い顔に見える時がある。

「おい、おまえの顔が怖いと言っているぞ」

 鉄平が通訳すると、飛馬は急に照れたような笑顔を見せて、そんなことはないとおどけてみせた。

「そうじゃ、今から警官に来てもらって、おまえたちの身元を調べてもらおう。警察が大丈夫だと言えば部屋を貸してやってもいい。ただし、ここは駄目だ。隣の家なら貸してやろう」

 隣の家も老人の持ち家のようだ。

 警官がやってくると、鉄平と飛馬はパスポートを提示し、「怪しい者ではない」と何度も繰り返した。

 警官はどこかに電話をかけている。恐らく日本大使館への身元照会を所轄に要請しているのであろう。しばらくすると返事が返ってきた。

 日本の学生に間違いはないということと、前科はないという二点だけだったが、老夫婦にはそれで十分だった。

「悪いが食事は提供できん。それとこの家は禁煙じゃからな……」

 そう言いながら、隣の家に案内してくれた。

 二階に上がるとベッドが二つ置いてある。窓からは、斜め前にブーゲンビリアの家が見える。正面ではないが、奴らの動きを探るには十分だった。

「このベッドは好きに使えばよい。後から婆さんに毛布を持って来させる。ここは、以前は人に貸していたのだが、今は空き家になっておる。そうじゃなあ、もう一年くらい、誰も使っとらん。じゃあ、頑張って見張ってくれ。頼んだぞ」

 そう言って、老人は帰って行った。

 少しすると、入れ替わりに婆さんが毛布を持って、鉄平たちのいる隣の家にやってくるのが見えた。鉄平と飛馬は慌てて表に出て、毛布を受け取った。

 婆さんは家に帰るのかと思ったら、鉄平たちと一緒に二階までやってきて、一通り、部屋の中をチェックした。

「大丈夫みたいだな。まだ使えるな」

 電化製品を見ながら婆さんが言った。これも使っても良いということだろう。

「あいつら最近、よくここに来よる。あの赤い花の家とその隣の家、この家の向かいじゃが、二軒ともあいつらのアジトじゃ。時々、出入りしよるから、見つからんようになあ。あと、何か必要なものがあったら言ってくれ」

 鉄平と飛馬は頭を下げた。

「鉄平、俺は駄目かと思ったがうまくいったな。この家なら見張りに最適だ。窓からは赤い花の家も向かいの家もよく見える」

「そうだな、ダメもとで飛び込んだが、うまくいった。しかし、あいつら、家を二つも使っているのか……」

 隼人は、マナカンホテルでも太田虎彦は部屋を二つ使っていると言っていた。それはここも同じだ。その理由ももうすぐわかるかもしれない。

「じゃあ、飛馬、交替で見張りを始めるか……」

 それから、鉄平と飛馬の見張りが始まった。

 ブーゲンビリアの家には、時々人の出入りがあり、やがて、十人ほどの人間が集結した。太田虎彦は二つの家を行ったり来たりしている。


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