ブーゲンビリアの家(二)
翌日の早朝から、アキヤマの監視が始まった。彼はアパートに住んでいる。鉄平と飛馬は少し離れた空き地に車を停め、交代で二十四時間、アキヤマの動きを見張ることにした。
アキヤマの部屋はアパートの二階だ。時々、顔を出すが、遠くに出掛ける様子はない。二人はアキヤマの動きを見逃さないよう、粘り強く見張りを続けた。
アキヤマが動き出したのは、見張りを始めて二十四時間ほどが経った十二月二十日の朝だった。
「飛馬、起きろ。アキヤマが出掛けるぞ」
アキヤマは、アパートから出て駐車場の方に歩いて行く。
助手席で眠っていた飛馬が目を覚まし、倒したリクライニングをもとに戻して駐車場の方を見ると、乗用車のドアを開けて運転席に乗り込むアキヤマの姿が見えた。手には小型のバッグを持っている。どこかに出掛けるようだ。
アキヤマが乗り込んだ車が動き出すと、鉄平は気づかれないように少し離れて後をつけた。
「飛馬、ニーナに電話してくれ」
「わかった」
ニーナもすぐに合流するので、行き先を途中途中で教えてくれと言う。
道は空いている。アキヤマの車は大通りに出て、東に向かって進み、そして右に折れた。
鉄平は離されないよう、しかし、気付かれないよう、慎重に後をつけた。
アキヤマは三十分ほど走って、スワンナプーム国際空港の駐車場に車を停め、国内線の出発ロビーに入った。
「おい、国内線の出発ロビーに入ったぞ」
鉄平が不思議そうに飛馬に言う。
「誰かを迎えに来たのではない。どこかに行くつもりだ」
鉄平と飛馬が出発ロビーに入ると、アキヤマは搭乗手続きを行っていた。
鉄平たちには行き先はわからない。やがて、搭乗手続きを終えたアキヤマは誰を待つわけでもなく、保安検査場の中に消えていった。
鉄平がカウンターに行って、アキヤマの行き先を聞いたが、担当のスタッフは怪訝な顔をして、「それは教えられません」とにべもなく断ってきた。万事休すである。
「おい飛馬。あれ、隼人さんたちじゃあないか?」
飛馬が鉄平の指差す方向を見ると、やはり、ぼうっと保安検査場の中を覗いている隼人と早奈がいた。
隼人が鉄平と飛馬に気が付いた。
「おお、鉄平と飛馬。何してるんだ? こんなところで、ぼうっとして……」
「何言ってるんですか? 隼人さんと早奈さんこそ、こんなところでどうしたんですか?」
「太田虎彦を尾行してきたら、保安検査場に入って行ったのよ」
「そうなのか? 俺たちもコブラの通訳の後をつけてここまで来たんだ。行き先がわからないので困っているところだ」
しばらくすると、ニーナがやってきた。
四人は太田虎彦とアキヤマをここまで追ってきたが、国内線の保安検査場に入ってしまい、どの便に乗るのかわからないので、困った状態になっていることを説明した。
「警察に聞いてみます」
ニーナはそう言って、いきなり電話をかけだした。
「調べてくれるそうです」
にこやかにニーナは言った。タイ警察には親切な刑事がいて、困ったことがあれば、いつでも相談に乗ると言われているそうだ。
困ったこと……、と言っても、その刑事の言う困ったことと、今の困ったことは少し違うのではないかと四人は思ったが、一方で、ニーナの行動力に頼もしさを感じている自分たちがいるのも確かだった。
しばらくすると、その刑事からニーナに電話が掛かってきた。
「わかりましたよ」
タイ警察が調べたところ、トシ・アキヤマとオオタトラヒコという日本人が乗ろうとしている便は、午前十時発のチェンマイ行きだそうだ。ついでにトシ・アキヤマのフルネームはトシユキ・アキヤマということも教えてくれた。
「あいつらチェンマイに行くんだ。そうか、アキヤマを雇ったのは太田虎彦なのか……」
飛馬は妙に納得している。
「それともう一つ、情報があるのですが……」
ニーナが言うには、アキヤマに仕事が入ったのは久し振りとのことだ。どうも鬼塚恭介や落合真由美の通訳とは違うようである。
「隼人さん、あとは俺たちに任せてくれ。あいつらの後をつけて、チェンマイまで行ってくる」
隼人は太田虎彦とアキヤマの尾行を鉄平たちに任せることにした。
「ニーナ、ありがとう。助かった」
鉄平が礼を言うと、ニーナはさらに気を利かせてくれた。
「鉄平さんたちが到着する時刻に合わせて、チェンマイ空港にタクシーを待機させておきましょうか。チェンマイはタクシーの数が少ないし、レンタカーは借りるのに時間がかかりますので……」
完璧だ。ニーナが敵でなくて本当に良かった。鉄平と飛馬はつくづくとそう思った。