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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第八章 隼人の作戦
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ブーゲンビリアの家(一)

 十二月十八日の夜、鉄平と飛馬は、バンコク市街のとある小さな焼肉屋の前でニーナが来るのを待っていた。

 早奈と隼人が鉄平のマンションを出てすぐに、ニーナに食事に誘われたのだ。

「今日はお酒も飲みたい気分です。自分の車は家において、それからタクシーでお店まで行きますね」

 ニーナは、にこっと笑って言った。

 鉄平と飛馬は「それじゃあ、一緒にニーナの家まで行こう」と言ったが、「それは出来ないのです」ときっぱりと断られた。

 昨日の襲撃事件の後、ニーナは警察の宿泊施設に家族と一緒に引っ越して、厳重な警護を受けている。また襲われる可能性もあるので、場所は誰にも教えるなと警察から強く言われているのだ。

「今日は私に奢らせて下さいね。昨日、お二人に助けて頂いたお礼もしたいので……」

 ニーナは、相変わらずにこにこしている。

 鉄平と飛馬は、通訳探しは大丈夫かと気になったが、ニーナは「それは大丈夫」と自信満々だ。

 そこまで言われたら、鉄平と飛馬に断る理由は何もない。

「何と言っても、俺たちゃあニーナのボディガードだ。ニーナが焼肉を食いたいと言えば、ついていかなきゃならん」

 二人はわけのわからない理由をつけて、意気揚々とニーナが指定した店の前までやってきたのである。

 店の前で待っていると、ニーナはすぐにやって来た。

 日本人が経営するテーブル五席だけの小さな焼肉屋だ。

 ニーナは友達を一人連れてきていた。サティと言う名前で、ニーナに負けず劣らず可愛い。

「サティとは高校生の時からの友達で、一緒に日本語の勉強をしているのですよ。今も同じ大学で日本語学科を専攻して……」

 ニーナは大学生だったのだ。四年生なので鉄平と飛馬とは同い年だ。学費と生活費を稼ぐために通訳の仕事もやっていると言う。ニーナもサティも日本に行くのが夢らしい。

「ぜひおいでよ。東京なら俺が隅から隅まで案内するから……」

 珍しく鉄平が身を乗り出して熱く語った。

「北海道も良いぞ。俺は北海道だったら全部知っている」

 飛馬も負けじと大袈裟なことを言ったら、思った以上にその北海道が受けた。

「北海道。行ってみたいです。私たち、雪を見たことないのよ。ええっと、あれ、何て言いましたっけ……、木が氷で覆われるの……」

「それは樹氷だな」

「そう樹氷でしたね。綺麗でしょうね」

 ニーナはアルコールが入っても言葉遣いは丁寧だ。

「なあ、飛馬。写真持ってないか?」

 サティは初めからフランクだ。飛馬はスマホに保存している冬の風景を二人に見せた。

 辺り一面の雪景色と真っ青な空、遠くに阿寒岳が見える。雌阿寒岳だ。

「雄の阿寒岳もあるぞ」と飛馬が言うと、「へええ」とサティは、飛馬のスマホを取り上げてしまった。ニーナと取り合いになっている。

「こんな大きな池が本当に凍るのか?」

「ああ、凍るぞ」

「この娘は誰? 彼女か?」

「いや妹の由紀だ」

「この頭の赤い鳥は何と言うのでしょう?」

「それはな、タンチョウと言って、冬になるとこの辺りに群れてくるのだ」

「寒そうだな。何度くらいだ?」

「マイナス十度くらいかな」

「…………」

「防寒具はタイでは売っていませんわ。どうすれば良いでしょう?」

「妹の防寒具を貸してやるよ。長靴もいるし……」

「楽しみですわ」

「ここの焼肉も旨いが、北海道のジンギスカンも旨いぞ」

「何だ、それ?」

「羊の焼肉のようなもんだ。食えばわかる」

「鉄平も北海道にはよく行くのか?」

「いや俺は一回だけ。温泉に浸かって、すぐに帰ってきた」

「へえ、温泉……、やっぱそれだな。ビールも旨いし……」

 狭い店内に四人の声が鳴り響き、話は尽きなかった。

 鉄平も「俺も絶対に行くからな。忘れるなよ」と久しぶりに楽しそうだ。

 ニーナが席を外した時、サティが二人に聞いてきた。

「ところで、あんたらさあ、ニーナとどういう関係?」

「俺たちゃあ、ニーナのボディガードだ」

 飛馬がちょっと格好つけて答えると、サティは心配そうな顔で言った。

「ニーナは襲われたらしいからね」

「ところでサティはコブラの通訳は知らないのか?」

 鉄平が聞くとサティは「何それ?」と聞き返してきた。

 どうも、ニーナはサティにコブラの通訳を探しているとは言っていないようだ。

「おい飛馬。ニーナは本当にコブラの通訳を探しているのか?」

「わからん」

 鉄平も飛馬も少し不安になってきた。

 少ししてニーナが席に戻ってきた。何やら嬉しそうだ。

「わかりましたよ、コブラの通訳」

「えっ、もうわかったのか?」

「ええ、コブラのような怪しい組織は秘密もいっぱいあって、だから、雇う通訳はいつも決まっているんですって……」

 通訳はトシ・アキヤマという日本人だった。もうタイには二十年くらい住んでいるらしい。ニーナはトシ・アキヤマの住所と顔写真も手に入れていた。

 これだけあれば完璧だ。今晩からでもアキヤマを張れる。

 鉄平や飛馬の不安とは関係なく、ニーナはきっちりと自分の仕事をこなしていたのだ。

 ただ、飛馬が「誰に通訳を聞いたんだ?」と聞いても、ニーナは「まあいいじゃないですか」ととぼけて答えない。鉄平も飛馬もそれ以上は聞き出せなかった。

「よし、仕事だ。鉄平、行くぞ」

「おまえ、どうやって行くつもりだ。車がないと見張りはきついぞ」

 飛馬は車の運転が出来ないことを忘れていた。夜通し、アキヤマの家の前で、立って見張るのはきつい。

「そうだな、明日からにするか……・」

 そう言って、四人はまた違う話で盛り上がった。

 鉄平と飛馬は、『ニーナはどうやって通訳を調べたのか?』なんてことは、もうどうでもよくなっていた。

 サティは酔いが回るにつれ、次第に日本語が怪しくなっていった。

 ニーナは、時々、スマホをいじっている。

「今度は北海道で……。ああ、その前に東京にも行かないとな。じゃあな」

 別れ際、サティはそう言って、タクシーに乗り込んだ。

「私は友人が迎えに来ていますので……」

 ニーナはそう言って、手を振りながら帰っていった。

 帰りのタクシーの中で、飛馬がぼそっと鉄平に問い掛けた。

「おい、鉄平。ニーナは誰かに家の場所を教えているのか?」

「そう言えばそうだな。ニーナは誰に迎えに来てもらったのだ?」

 二人ともよくわからなかった。


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