マナカンホテル(二)
翌日十九日の朝も快晴だった。
昨日は暗くて見えなかったが、今はホテルの全貌がはっきりと見える。
ベランダの先にはゴルフ場がある。早奈も隼人もゴルフはやらないが、テレビで見る日本のゴルフ場に比べて木が少なく、やたらと池が多いように見える。どのホールも池でセパレートされ、そこに激しくボールが飛び込んでいる。
ゴルフ場の手前にはテニスコートがあり、さらに手前には、白壁にオレンジ色の屋根が付いた洒落たコテージが点々と見える。ベランダのすぐ下にはプールもあった。
太田虎彦のコテージを見たが、彼が戻っている様子はない。早奈も隼人も太田虎彦を見失ったことにショックを隠し切れないが、落ち込んでいても仕方がない。
「そのうち戻って来るだろう。心配していても仕方がない。早奈、泳がないか」
プールには人がおらず、プールではしゃいでみるのも良いかと思った。
早奈は大喜びだ。食事の後、用意をして、早速、二人はプールサイドに降り立った。
早奈と隼人が水着でプールサイドに佇んでいると、否応なしに人目を引く。もっぱら、女性客は隼人に視線を向け、男性客の視線は早奈に釘付けとなる。次第にプールサイドに人が増えてきた。
しばらくプールで泳ぎ戯れていたが、それにも疲れ果て、今度はプールサイドで寝そべっていると、ジュリアの姿が見えた。一人すたすたと歩き、太田虎彦のコテージの方に歩いて行く。早奈と隼人が目の前にいることには、気が付いていないようだ。
やがて太田虎彦のコテージの前まで行くと、ジュリアはそのまま中に入って行った。鍵を持っているのか、錠が掛かっていないのか、ドアを開けるのに苦労をしている様子はない。
十分ほどすると、ジュリアは太田虎彦のコテージから出て来て、石松大吾のコテージに向かって歩き出した。するとすぐに太田虎彦が戻って来るのが見えた。ジュリアにとって危機一髪であったが、彼女に驚く様子はない。太田虎彦にチラッと視線を向けたが、すぐにもとに戻し、そのまま何事もなかったように通り過ぎて行った。
「早奈。あの二人、目配せしたように見えなかったか?」
「見えた。あの二人……、あれは知り合いだね」
太田虎彦はその後、自分のコテージに入って行く。どうやら部屋の錠は開けっ放しだったようだ。
「早奈、着替えよう」
早奈と隼人が交代で着替えて、コテージ横のベンチで待っていると、案の定、太田虎彦が部屋から出て来た。ちょっとした買い物に行くようだ。後をつけたが、すぐにコテージに入って行った。
早奈と隼人は、ホテルの中をぶらぶらと見て回ることにした。
綺麗に整えられた庭を歩き回り、ショップで土産物を見ていると、しばらくして、太田虎彦がまたコテージから出て来た。
「出て来たぞ」
太田虎彦は本館に入り、エレベーターの前に立っている。さすがに一緒にエレベーターに乗るのはまずいと思った二人は、太田虎彦が行く階だけを調べることにした。
やがて、エレベーターのドアが開き、太田虎彦が乗り込むと、エレベーターは十階で止まった。
「十階だ」
早奈と隼人も次のエレベーターで十階に向かったが、降りた頃には太田虎彦の姿はどこにもない。
「十階に誰かいるのかな?」
「どうなんだろう? しかし、太田はこの階の、どこかの部屋に入ったのは間違いがない」
二人は十階の非常口の外に出て、扉を少し開けて、その隙間から交替で廊下を見張ることにした。
「出て来たよ」
二時間くらい経っただろうか、太田虎彦が部屋から出てくるのを早奈が見つけた。
「部屋の番号を見に行こう。出て来た部屋はわかるか?」
「すぐそこだよ」
太田虎彦がエレベーターに乗ったのを確認して部屋の前まで行くと、そこには一〇三二号室の表示があった。
「太田はコテージとこの部屋を行き来しているのか……。これは誰の部屋だ?」
早奈はよくわからないという顔をした。
太田虎彦はいったんコテージに戻ったが、しばらくすると、またコテージから出て来た。
早奈と隼人は十階に先回りし、先ほどと同じように非常口の扉を少し開けて、その隙間から廊下を眺めていると、やがて、エレベーターを降りた太田虎彦が、一〇三二号室に入っていくのが見えた。
「間違いない。太田はこの十階の部屋とコテージを行き来して何かをしている。昨日の夜は、この部屋に泊まったのかも知れない」
「そうだね。太田はノックも呼びかけもしないで、平然と部屋に入って行く。中には誰もいないんだ」
隼人はその後、監視が楽になるようにホテルに掛け合って、部屋を十階に変更してくれるよう頼んだが、満室でそれは出来ないと言われた。
仕方がないので、二人は太田虎彦がコテージから出て来る度に十階に先回りし、非常口の外で彼が来るのを待った。
結局、その日は合計四回、一〇三二号室に太田虎彦が入るのを確認した。
彼に違う動きがあったのは、その翌日、十二月二十日の早朝である。
「早奈、太田が出掛けるぞ。バッグを持っている。行き先は一〇三二号室ではない」
早奈と隼人がロビーに降りると、太田虎彦はチェックアウトを行っていた。
「どこかに行くみたいだね」
その後、太田虎彦がタクシーに乗り込んだので、隼人たちも後を追った。タクシーは南に向かって走り、やがて、スワンナプーム国際空港に着いた。
「国内線のようだ」
空港ロビーに入ると、太田虎彦がカウンターでチェックインをしている。それが終わるとまた歩き出し、そして国内線の保安検査場の中に消えていった。
早奈と隼人はここで足止めだ。保安検査場に入るには航空券が必要だが、太田虎彦がどこに行くのかがわからないので、航空券の買いようがないのだ。搭乗口での航空券の変更は不可能とのことだった。